王都第三騎士団
私はレイン兄様の容姿も優しいところも大好きだ。今回のエスコート役だって年末年始休みが終わった兄様は一度騎士の仕事に戻ったのに、わざわざ休みをとって領地まで私を迎えに来てくれた。あ、好きというのは家族愛ね。
だけど、レイン兄様はあまり強くないのがネックだと思う。私がそこそこ強いとしても、女で4歳も離れた私に5回に1回は剣で負ける位には弱い。騎士団の中では平均位の強さと言っていたけど、王都第三騎士団の強さがどの程度のものかわからないから何ともいえない。
宮廷舞踏会の後、王都の屋敷に戻った私とレイン兄様は翌日屋敷を出た。レイン兄様は第三騎士団に戻り、私は学園の寮に戻った。休みはまだ二ヵ月半程あるので、とりあえずレイン兄様へのお礼も贈り物を作ることにした。見かけはドッグタグで緊急時に<シールド>が自動的に発動するような魔道具、ついでに位置情報がわかる魔法も付与する。べ、別にストーカーするとかそうゆことじゃないんだからね!
とテンプレツンデレを心の中で発動して言い訳する。だってレイン兄様が危険なときには、ヒーローよろしく駆けつけたいじゃない?……駆けつけたいのよ!!
『へっへっへ。騎士様も縛られたら形無しだな』
『く、くそっ!この卑怯もの!』
『はぁ?悪党が卑怯で何が悪いんですかー?』
『いいから、この縄を解くんだ!今ならまだ大事になっていないから、君の刑を軽くすることもできるから』
『うるせー!これから俺は大罪人になるから関係ないな、騎士殺しとしてなっ!!』
『なにっ!!!!』
『そこまでよっ!!!レインお兄様から離れなさいっ!』
『え、エミル……?』
『お兄様、今私がお助けしますわ<バインド><スタン>』
『ああ、悪人が動きを封じられて、電撃によって動けなくなった!エミルありがとう!!エミルは僕の自慢の妹だよっ!』
『お兄様っ!』
ひしっ!とレイン兄様と抱き合うところまで妄想した。王道展開おいしいです。
と、まぁそんなことを妄想しつつ試作品を重ねて、5日後にはレイン兄様に渡すドッグタグが完成した。ちなみに試作品はセシリアに渡してある。セシリアの身の安全も私が守る!シャキーン!!
王都の騎士団は王都の中央と東西南北の五箇所に一箇所ずつ詰所があって、レイン兄様が所属する第三騎士団は王都の西側にある。私は寮の食堂を借りて差し入れ用のマヨネーズ&ジャムのミルクレープを作り、セシリアがかごに詰めてくれた。ちなみに、セシリアにマヨネーズを試食してもらったら好評だった。今のところ食でどうこうするつもりもないのでレシピは内緒。
守護のドッグタグとミルクレープを持って馬車に乗り、第三騎士団の詰所に到着。家族や婚約者なら受付で呼び出してもらえれば会えるはず。もちろん居ればの話だけど。
重厚な石造りの門をくぐると正面にカウンターがあり、受付らしき女性が座っている。
「失礼いたしますわ。私エミル=ヴォルストと申します。兄のアルスレインに会いたいのですが…」
「はぁアルスレイン様ですか……」
私がレイン兄様に会いたいと告げると受付の女性は困ったような渋っているような表情になった。女性が次の言葉を言う前に奥から出てきたチャラ男っぽい騎士が口を挟んできた。
「あれー?ミーアちゃん、もしかしてまたアルスレイン目当ての女の子?」
「ハスラー様…いえ、その。この方はアルスレイン様の妹様との事で、アルスレイン様にお会いしたいと…」
「えー!!そんな言葉信じちゃうの?妹とか無いでしょ、んー確かに瞳の色は一緒だけど、髪の色も顔も全然違うじゃん?」
受付嬢はミーアと言うらしい。そしてハスラーと呼ばれたイケメンチャラ男は、私がレイン兄様の妹と信じては無いみたいだ。確かに私とレイン兄様とは似てないから信じろと言うのも難しい話なのかもしれない。
それはともかく、レイン兄様目当ての女の子とは一体?レイン兄様目当てで詰所に押しかけてくる女の子が居るくらいもてもてってやつですかね?
「確かに兄のアルスレインとは似ておりませんが、正真正銘の家族です。レインお兄様を呼んでいただければ騎士様の疑惑もすぐに解けると思いますわ」
「今は休憩中だから呼ぶのはいいけどさ、アルスレインに纏わり付かれるのは困るんだよねー。君みたいな子が来るたびに呼び出していたらキリがないんだよ?わかるかな?」
ハスラーはそう言ってミーアさんにレイン兄様を呼ぶように伝えてくれた。
「でも、家族が会いに来るのは問題ないはずですが?」
「えー、まだその設定続いてるの?それよりもアルスレインなんかより俺にしない?君がどこでアルスレインと会ったかはし
れないけどさ、アルスレインは誰にでも優しいだけだよ。ねぇ俺にしなよ」
「レイン兄様は優しいだけではありませ……!!」
絶賛勘違い続行中のハスラーは私の言葉が言い終わらないうちに、私の髪を一房手に取りキスをした。いや、うん。私には未知の領域すぎて思わず固まってしまった。
「エミル様!?」
「ん?エミル?」
後ろに控えていたセシリアが私の名前を叫び、険しい表情でハスラーとの間に割り込んできたその時、受付の奥からレイン兄様が現れた。貴方がヒーローか!
「ハスラー?エミル…妹に何をしていたの?」
「えええ?アルスレイン、今…妹って言った?本当に妹なの?全然似て無いじゃん!」
「僕はお母様似で、妹はお父様似なんだよ。似ていなくたってちゃんと兄妹だよ」
レイン兄様は固まっている私を抱きしめながら、キッとハスラー睨み付けている。
「で、ハスラー。妹に何をしていたの?」
「……」
「ハスラー言えないの?言いたくないの?そう……。ねぇエミル、さっきこいつに何をされたのか教えてくれないかな?」
「レインお兄様、その……髪に口付けをされましたわ……」
「アルスレイン様。正確に申し上げますとそこの騎士様は「アルスレインよりも俺にしなよ」と言い、エミル様の御髪に口付けをなさいました」
「教えてくれてありがとうエミル、セシリア」
私が恥ずかしさのあまり小さな声で答えると、セシリアが状況説明をしてくれた。心なしかレイン兄様の口調がいつもよりもきつい気がする。もしかして怒ってる?あのレイン兄様が!?いやいや、まさかそんな。
「セシリア、悪いんだけどこれでエミルの髪を拭いてくれないかな。バイ菌がついてしまったかもしれないし」
「はい」
セシリアはレイン兄様から渡されたハンカチで私の髪を拭ってくれた。ハスラーはその様子を見ながらそーっとこの場を後にしようと私達に背を向ける。
「……ハスラー?」
「…あー、いやその。本当悪かったって。悪気は無かったよ、うん。ただほら何時もアルスレイン目当ての女の子っていうか女性が尋ねてくるから、妹さんもその一人だと思ってちょっとからかっただけだしさ。もし俺に靡いたならそれはそれでアリかなーとかちょっと思ったりはしたけど、深い意味は無いから!本当だから!迷惑だからさっさと帰ってもらおうとしただけだし!えっと、うん。妹さんごめんね!またね!!」
レイン兄様の声にハスラーはこちらを振り向き、言い訳をして颯爽と去っていった。見かけ通りのチャラ男ってことでよろしいか?腐っても騎士様がこんなのでいいのか?ん、腐っても…?ハッ!!これはレイン兄様×ハスラー?逆もありか?いやいやレイン兄様はノーマルだノーマル。私はレイン兄様を信じてるよ!!
「エミル、ハスラーがごめんね。後でちゃんと怒っておくから」
「いえ、レインお兄様もう大丈夫ですわ。それよりも急に来てしまいましてご迷惑でしたでしょうか?」
「まさか!エミルが来てくれて迷惑だなんてことはないよ。エミルならいつでも大歓迎だよ」
レイン兄様はオーバーリアクション気味に両手を広げて歓迎のポーズをしてくれたので、その腕の中に飛び込んでおく。妹ポジションも捨てたものじゃない。
「あ、そうだ。僕に何の用があったの?」
「レインお兄様少し屈んでくださるかしら」
「ん、これでいいかな?」
「はい」
私は屈んでくれたレイン兄様の首にドッグタグをかける。
「これは?」
「レインお兄様へのプレゼントですわ」
「ありがとうエミル。嬉しいよ!」
レイン兄様は胸元にあるドッグタグを、物珍しそうに目線の高さまで持ち上げて見たあと、花も綻ぶ様な笑顔を向けてくれた。
「うふふ。これはお守りですわ」
「お守り?」
「レインお兄様の身を守ってくれますの。だから肌身離さず持ち歩いて欲しいですわ」
「肌身離さず?」
「はい、錆びたり腐ったりしませんので、湯浴みの時も身に着けてくださいませ」
「うん、わかったよ。エミルがそういうなら肌身離さず大切に身に着けておくね」
「あ、あと。セシリアバスケットを頂戴」
「はい、エミル様」
「レインお兄様、これはミルクレープというケーキですわ。宜しければ皆様で召し上がってください」
「わぁ!エミルの手作り?嬉しいなありがとう!後で頂くよ」
レイン兄様はにこにこしながらバスケットを受け取ってくれた。あまり時間を取らせてしまっても申し訳ないので、ここらでお暇させていただこう。
「レインお兄様、私はこの辺で失礼させていただきますわ」
「え、もう帰るの?残念だな、また遊びに来てくれると嬉しいな。エミルならいつでも大歓迎だよ!」
「ありがとうございます。では」
しゅんとするレイン兄様に礼をして、周囲を目線だけで見渡す。いつの間にか増えていたギャラリーなんていなかったんや……と心に言い聞かせて、私はその場を後にした。
お待たせいたしました。
ご指摘・感想などありがとうございます。
ハスラーは実はいいやつです。全く表面に出てきてないのが申し訳ないくらい。ノーマルですが妄想はご自由にどうぞ。
マヨネーズ:イチゴジャムを1:1で混ぜてクレープの間に挟むと美味しいです。カロリーはお察し。ご興味のある方はお試しあれ。
(料理番組で知ったレシピです)