学園の医務室
エミルは倒れてから二日後に目を覚ました。
「エ、エミル様っ!!!!大丈夫ですか?何かほしい物は!?喉渇いてませんか?あぁ、医師を呼ばないと!ちょっと行って来ますね!動かないで寝ていて下さいね?わかりましたか?!」
エミルの侍女セシリアが矢継ぎ早に話しかけ、エミルが頷くとものすごい勢いで扉から出て行った。
打った頭自体は問題なかったが、地球の日本人だった前世の記憶が流れ込んできたため、2日間夢うつつの状態で記憶の整理がなされていた。
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見知らぬてんじょ・・・ってそのネタはもう古いか?
うーん、まだ少しぼーっとするけど、今までの記憶と前世らしき記憶はうまいこと融合できてるみたい。別に今までの私の人格が無くなったわけじゃなくて、記憶を思い出しただけというのが正しいのかしら?
まぁ、これからの新しい私に乾杯的な感じかな。
と、ここで記憶のおさらい。
前世の私は地球の日本の中流家庭に育ったアニメオタクでやや腐女子。もちろん漫画もラノベも大好きだった。恐らく死んだのかなんなのかで、こちらの剣と魔法の中世的ファンタジー異世界の貴族令嬢として産まれて、引きこもり&やや人見知りな感じで育ち、学園に入学して1年後に乙女ゲームの悪役断罪イベント的なのに巻き込まれて今に至る。
そんな風に考えていると、出て行ったときと同じようにセシリアが部屋に飛び込んできた。ドア大丈夫かな・・・。
「エミル様!医師を呼んで参りましたわ。あ、お水飲まれますよね。どうぞ!」
私はセシリアに支えられながら半身を起こし水を飲んだ。生き返る。
「ありがとうセシリア」
私がお礼を言うと、セシリアは私に抱きつき泣き出してしまった。おいおま苦しいんだが。
セシリアの肩をタップすると「ほら、嬢ちゃんが苦しそうだ。嬉しいのは分かるが離れてあげなさい。」と、60歳すぎくらいのお爺さんがベットの横の椅子に座って話しかけてきた。白衣っぽいのを着ているのできっと医者なのだろう、知らないけど。
30分ほど診察を受けて異常なしとのことで、とりあえず寮の自室に戻ることにした。
終業パーティも終わっているので、ほとんどの生徒は帰省や旅行をしていて学園内に残っている生徒は極少数のワケ有りな生徒だけらしい。うぐぐ、私もワケ有りですね。私のせいじゃないけどね!
寮に戻ると3通の手紙が机の上に置いてあり、セシリアによると断罪イベントの参加者から渡されたらしい。「捨ててもよかったんですけどね!」とセシリアは檄おこだった。
年上だが可愛らしい容姿の彼女が頬を膨らませる様子はとても和む。女の子はいいものだ!
手紙はギルバルト以外の3人からで、王子とショタ魔術師は「早とちりでした疑ってごめんなさい、てへぺろ。怪我は大丈夫?」を丁寧に書いた内容だった。ヒロインちゃんことリスティからの手紙は「私のドジのせいで迷惑かけてごめんなさい。私は誤解を解こうと皆に話したんだけど信じてもらえなくて、か弱い私がいじめられていると思い込んでしまったみたいなの。才能に恵まれていて可愛いって罪ですよね☆本当にごめんなさい♪」原文ママ、と書いてあった。ヒロインって言うかビッチ臭が半端ないな。次から心の中でビッチちゃんと呼ぼう。
ちなみに、ここは乙女ゲームの世界ではないのでヒロイン補正とかは無いと思われる。
ところで、私を突き飛ばした犯人の騎士の息子からは何も無いのね。彼はかなりビッチちゃんにご執心だったみたいだし、謝る気がないのかもしれぬ。彼のお陰で記憶を取り戻したとも言えるわけだし、別にいいけどちょっと腹立つのも本音。女子に手を上げるなんて騎士の風上にもおけぬ!ご両親の耳に入って叱られるといいと思うのです。
「エミル様・・・?」
おっと、手紙を見ながら考えていたらセシリアが不安そうな顔で見てきた。私が起きるまで心配してくれてたんだよね。夢うつつだったけど寝ている私に頻繁に声をかけてくれてたのは覚えてるよ。立場的には雇い主と使用人だけど私は家族だと思ってるから!今までの私とかけ離れすぎちゃうから口にはださないけどね。
「ん、大丈夫よセシリア。起きたばかりだけど疲れたから今日は休みたいわ」
「はい、エミル様。ただいまお仕度いたしますね」
セシリアに着替えさせてもらって布団に入ると私はすぐに寝てしまったようだ。
起きたら朝で、セシリアが私の荷物をトランクに詰めていた。
「セシリアおはよう。何をしているの?」
「エミル様おはおうございます!帰省の準備をしております。ただいま朝食をお持ちしますね」
といってセシリアは部屋から出て行った。って、帰省するの?え、やだ帰りたくないお・・・。
覚醒済みな私だってばれたらやばいんじゃないか疑惑。それこそ精神病院的な施設に連れて行かれたり、怪しげな祈祷師のところに連れていかれたりとかしちゃうのではなかろうか。
それに、屋敷にいるであろう父ゲオルグと長兄ジークは苦手だ。学園で問題を起こしたことがバレたら長兄に何を言われるかわからない。胃が痛くなる。実際には濡れ衣だけどね!
父は濃紺の髪をオールバックにしていて鋭い紫の瞳に口ひげと、かなり見た目はマフィアのボスっぽいダンディなおじさまだけど、無口で何を考えてるのかさっぱりわからない。笑ったところも見たこともないし、父の目には私が映っていないように思う。私も前までは感情の起伏が少なかったから人のことは言えないけど、能面っぷりがマジコワ1000%だった。
兄ジークは父と同じ濃紺の髪に母と同じ水色の瞳、見た目はインテリ系イケメンで剣術もかなりの腕前らしい。私のことがあまり好きではないらしく、事あるごとに母似の美しい姉と比べられてきた。7年前に結婚をして今は父の元で領地経営を学んでいるはず。
私が朝食を食べ終わるとセシリアは引き続き帰省の準備に戻る。
ちょっと暇なので学園の魔法実習室に行くことにした。もちろん魔法の練習をしにいくため。ファンタジー世界で魔力があるのに魔法が使えないとかなんの冗談かと!私はあきらめないぞー!!!
寮を出ようとするとエントランスのソファーに騎士の息子ことギルバルトが座っていた。関わりたくないのでスルーして横を通り抜けようとしたけど、やはりと言うべきか声をかけられた。
「ヴォルスト嬢、少しいいか?」
「これから用がございます。急いでおりますので、またの機会にお願いいたしますわ」
超しかめっ面で話しかけてくるギルバルト。そんなに無理して話しかけてこなくてもいいのになーなんて思いつつ、だが断る!を発動すると「待ってくれ」とか言って手首を掴まれる。なんなんだこいつマジでうぜぇ。
「わかりましたわ。ご用件を伺いますので手を離していただけませんか?」
「…………った」
「え、何ておっしゃいましたの?聞こえませんでしたわ」
手は話してくれたけど、何を言っているのか全く聞き取れない。はっきり言えよ。
「……すまなかった」
「それは、私を突き飛ばして怪我をさせたことでしょうか?それとも今手首を掴んだことでしょうか?」
「…………両方だ」
「許しますわ」
「え?は??」
誤ってきたから許したらポカーンとして聞き返してきた。何この子馬鹿ななの?仕方ないからもう一度言おう。
「私を突き飛ばして怪我をさせたこと、そして今しがた手首を掴んだことを許します。怪我の跡も後遺症もございませんし、些細な事故ですものグローグ様がお気を病む必要はございません。私個人といたしましては先ほどの謝罪で十分でございます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。責任を取らせてほしい……その責任を取ってお前とけ、結婚したいと…思う…」
「お断りします。失礼いたします。」
ちょっと何言っているかわからないが全力でお断りしたい。私は淑女の礼をして逃げるように寮を出た。
1週間に2,3話更新したいと思ってます。
女子寮ですがエントランスまでは男性も入れます。
最初の方は恋愛っぽい話がちょこちょこ出てくると思います。
※8/5ギルバルトの最後の台詞を微修正しました。