誘拐1
何と言う事でしょう。先ほどまで自由にしていた手は縛られ、への字に結んでいた口には猿轡。彩りを映していた瞳にはきつく目隠しがされています。どうしてこんな状態になったのかというと、その発端は2日前に遡ります。
「レインお兄様お帰りなさい!」
「エミルただいま!」
ヴォルスト家の次兄アルスレイン兄様が帰ってきた。レイン兄様は4歳年上の17歳で今は王都第三騎士団に所属している。ショートにした母譲りのふわっとしたミルクティ色の髪と父譲りの紫色の瞳、顔立ちは母に似ていて柔らかく中世的なJ系アイドルのようなイケメンだ。
レイン兄様を出迎える私のテンションがいつもと違うのには理由がある。この家族の中で私に良くしてくれていたのはレイン兄様だけだったからだ。長兄に嫌味を言われているところを庇ってくれたり、話し相手にもなってくれた優しい自慢の兄様だ。
レイン兄様は出迎える私をギュッと抱きしめ、「久しぶりだね」と頭をなでてくれる。嬉しいけどちょっと恥ずかしい。
そんなレイン兄様と学園の事を話したり、騎士団の事を聞いたりとお茶をしながら話をしていた。騎士団に居るレイン兄様は断罪イベントの事を知らなかったらしく、大層驚いて私のために怒ってくれた。以前と変わらないレイン兄様の優しさが嬉しい。まるで二次元の理想の兄像のようだ。
そんな私達が仲良く談笑していると、レイン兄様の横に小さな影が近寄ってきた。
「レインお兄さま、帰ってきてからエミル姉さまとばかりお話していてずるいわ」
「ああ、ごめんねハル」
そう言ってレイン兄様は、ぷくっと頬を膨らませたハルこと妹のハルティアを抱き上げ膝の上に乗せる。あざとかわいい。
ハルティアはミルクティ色のストレートの髪を肩の下辺りまで伸ばし、少しきつめな水色の瞳をもつ6歳の妹だ。
今まで触れなかったのは妹が苦手だったから。
妹は我儘で気位が高く、着飾る事が大好きなザご令嬢。長兄の影響か私に冷たいので、あまり接する事が無かった。
今日に限って接触してきたのは、ハルの大好きなレイン兄様が私と話しているのが面白くなかったのだろう。
「エミル姉さまと何のお話をしてらしたの?」
「明日エミルと街に買い物に行く話していたんだ。お店が休みに入る前に僕も買っておきたい物があったからね」
ハルが可愛らしく首を傾げると、レイン兄様は笑顔でハルに答える。6歳にてこの計算高さ、私にはとても真似できないぜ。
「レインお兄さま!わたしも、わたしも行きたいです!」
「うーん、そうだね。お父様とお母様の許可が取れたら一緒に行こう。それでいいかい?」
「はい!お父さまとお母さまにお願いしてきますわ」
こうして、父と母の承諾を得たハルも一緒に近くのエディバラの街へ行く事となった。
エディバラは屋敷から馬車で2時間ほどの、そこそこ大きな街で学校や役所、商店や民家が立ち並ぶ街だ。王都ほどの華やかさは無いが暮らすには何不自由ない。治安は普通だけどこの世界の普通なので、日本と比べると治安は悪い。
というわけで、馬車の中にはレイン兄様、ハル、ハルの侍女チコナ、私、セシリア。馬車の外には護衛の男性2人が馬で着いてきている。ハルはレイン兄様の膝の上に座っているのでそこまで狭くない。
「エミル姉さま本当にそのお洋服でいかれるのですか?」
「ええ、目立ちたくないもの」
「貴族の令嬢として恥ずかしくありませんの?」
「恥ずかしくないわ」
「わたしはそんな格好のエミル姉さまと歩くのは恥ずかしいですわ」
「そう、なら別行動しましょう」
「まぁまぁ、2人とも折角の外出を楽しもうよ。ね?」
ハルは汚いものを見るかのような目を私に向けてつっかかってきた。ハルは物心ついたときからこの調子で、長兄と同じように私のことが気に入らないみたいだ。ハルと私のやり取りにレイン兄様は困ったような笑いを浮かべて仲裁に入る。
私とセシリアは前に下町で購入した女物の街着を着ていた。今日はただの買い物だしお洒落するよりかは目立たず過ごしたい。一方ハルは高級生地で作られたドレスに、キラキラと輝く宝石のアクセサリーを着けていた。いか
にも貴族のご令嬢といった感じだ。レイン兄様はシンプルながらも質の良い街着を着ている。
先ほどの様な会話を繰り返し、エディバラの街に到着した。早速、別行動をしようとしたところレイン兄様に止められた。
「エミル、侍女と2人だけで行動するなんて危ないからダメだよ。折角一緒に来ているのだから皆で行動しよう」
「私は学園で剣も体術も習っておりますし問題ありませんわ。この人数で動くと効率が悪いですし……」
「エミル、皆で行動しよう。いいね?」
「……はい」
同じ言葉を繰り返したレイン兄様の顔は笑っていなかった。こえぇ。仕方ないので頷く。レイン兄様は私が魔法を使えるようになった事をまだ知らないはずなので、か弱い女性2人で行動するのは騎士として許せないのではないかと予想。
そんな事を考えながら、手をつなぐレイン兄様とハルの後ろをついていく。大通りから少し外れた洋品店の前で、ハルが足を止めた。ショーウインドウには子供向けのリボンがあしらわれた花柄のワンピースが飾ってあった。
「レインお兄さま、わたしこのお店に入りたいわ!」
「うん。いいよ」
ハルとレイン兄様に続いて店の中に入ると、にこにことした人のよさそうな店主が出てきた。
「いらっしゃいませお嬢様。何かお探しでしょうか?」
「あそこに飾ってあるワンピースを見せていただきたいの」
ハルはショーウインドウに飾ってある花柄のワンピースを指差した。店主は「かしこまりました」と頷いて侍女からサイズを聞くと、奥から同じ柄のワンピースを持ってきた。
店主はハルにワンピースを渡すと、今流行の型でとかオリジナルの布でとかセールスポイントを言い「宜しかったらご試着なさいますか?」と、ハルに試着を勧めた。さすがプロの技販売への持っていきかたが素晴らしい。
「はい、しちゃくさせてきただきますわ!」
「それではお待ちの間、お連れ様方はこちらへ。お茶を用意いたします」
「ありがとうございます。ハル、チコナと一緒に行って着替えておいで」
「いいえチコナはお茶してまっていてちょうだい。私はこの方に手伝ってもらいますわ」
「え?」
平民服を着ている私を店主の前で姉と呼びたくなかったらしいハルは私の手を取ると、強引に試着室へ歩く。振り返ってレイン兄様の顔を見ると仕方ないなぁ、といった少し困った顔をしていたが、特に止めることはなくハルの好きにさせる事にしたようだ。
通路の奥にある広めの試着室へ入ると、ハルがキッとした表情で話しかけてきた。
「わたしはレインお兄さまとお買い物がしたいのですわ。あなたはじゃまなので、早くちがうところに行ってください!!」
「私もそうしたいのよ。でも言う事を聞かないと怒られてしまいますわ」
「お兄さまのいうことは聞かなくてもいいのよ!あなたが勝手にいなくなればいいの!わかった?」
「勝手に居なくなったりしたら、捜索していただくことになるわ。そうしたらお買い物どころじゃなくなるけど、それでも宜しいのかしら?」
「うぅ~~~!!!!」
言い負かされたと思ったのか、ハルは顔を真っ赤にして目に涙を溜めている。ちょっと言い過ぎたのか?あまり接していないから加減がわからない。
とりあえず試着はするようなので、ハルの着替えを手伝っていると壁からゴソゴソという音が聞こえてきた。そこそこしっかりとした店なのに、随分と壁が薄いなと思っていると壁越しに「彼の者達を眠りに誘え、スリープ」と詠唱が聞こえてきたと同時にハルの体から力が抜けて膝から崩れる。
「ちょ……ハルっ!?」
ハルの体が床に叩きつけられる前に小さな体を支えることが出来た。対応できた私を褒めたい!と、それはさておきハルは誰かの魔法で眠らされたと言う事は、この場所から早く離れた方がいい。私がハルの体を肩に担ぎ上げた瞬間、出入り口と反対側の壁だった場所が開き男達が乱入してきた。
「…………!!!!」
助けを呼ぼうとしたが声が出なかった。気づかないうちに消音系の魔法がかけられていたのだろう。男達は動く私に驚きの表情を見せたが、逃げようとする私達を捕まえ物理的に私の意識を奪った。
こうして、某リフォーム番組ナレーション風の冒頭へと戻る。