4.メサルティムの白羊宮神殿
「巫女様こんにちはっ」
「あらまぁ、リオン、今日も沢山の奉納どうもありがとう」
巨木をのけた後は事件も無くのんびり数時間程街道を歩き、辿り着いたのは隣町のメサルティム。白羊宮領の主都、ハマルに比べれば小さいが、白羊宮の神殿があるだけあって、小さいながらもその界隈は賑わいを見せており、整然とされている。町にはそこかしこに露店が並び、確かに祭りらしい賑わいと喧騒があった。リオンは先に荷物となっている奉納品を供えてくると言ってそれらの露店には目もくれずに神殿へと向かう。あぁ、あの焼き鳥美味しそう・・・・・・
ふらふらと匂いに釣られて行きそうな私の首根っこをがっしりと掴んだリオンは「後でね、ソルも!」とずりずりと私達を引きずっていく。なんか昨日会ったばかりにも関わらずリオンが保護者化しているような気がするが気のせいだろうか。
「あら、こちらのお二人は?」
元気よく挨拶を交わしたリオンに、巫女様、と呼ばれた女性がこちらを見る。見るからに優しそうな老婦人は淡い薄桃色の上質なローブを身に纏い、胸元には白羊宮の印が浮かぶ火の魔力が込められた宝玉が輝く。その身なりは火の元素を媒介とする白羊宮の巫女であることを表していた。
「あ、こちらの二人はソルとアルマ。僕のことを助けてくれた旅の方なんだ」
リオンは嬉しそうに私達の事を紹介する。むしろ助けてもらったのは我々のような気がするのだが、お言葉に甘えてその通りにしておいてもらおう。にこにことまるで孫を眺めるようにリオンの紹介を聞いていた彼女は、目尻の皺を一層深くして優しい笑みを浮かべた。
「まぁ、リオンを助けて下さったのね。私はこのメサルティムの白羊宮神殿の巫女、セレッサ。リオンに代わり私からもお礼を申し上げます」
巫女と言えば神殿に仕え、時には魔導師として調律師の職を手伝う高貴な位に位置する存在。更に自分達よりも年上の方に恭しく頭を下げられてソルと私は慌てて巫女様、セレッサに声をかけた。
「いや、大したことしてませんからっ」
「むしろ我々が彼に助けられまして」
「そんなことないよっ、魔物も退けてくれたし、さっきは街道でも巨木をどかしてくれたんだっ」
慌てる私達の声に被せるようにリオンが告げると、今度はセレッサが困惑したように反応した。
「まぁ、魔物ですって?それに巨木とは又雷でも起こったの?この時期に」
おかしいわね、と口元に手を当て思案するセレッサ。何か思う所があるのか、リオンが訝しげにするが、彼女は心ここに非ずの状態であった。ソルと顔を見合わせ首を傾げていると、背後から町の参拝者が背後でリオンの姿を目にし「又来てる…」「あれ獅子族でしょ、なんでここに」とこそこそと話す声が聞こえてきた。リオンは何も言わずにそ、とフードを被り直す。すると参拝者の背後から穏やかな声が響いた。
「おやおや、せっかくの祭日なのですから皆さん心安らかにしてください」
「し、神官様っ」
神官と呼ばれた相手もセレッサと同じような薄桃色のマントを羽織り、神官用の白いローブをまとっている。痩せ形の年の頃は40過ぎ位か。巫女と同様に神官も魔導師でなければなれない、となると目の前の中年男性もセレッサと同様この神殿の魔導師だろう。参拝者を祭壇の方へと促してからこちらへと歩を進めた。
「やぁ、リオン。今日も奉納をありがとう、このご時世奉納品が多いのは助かるよ。しかし魔物だのといった物騒な話はこの善き日には止めて頂きたいものだね」
口調は柔らかなものだったかが、その視線は見下すような感情を湛えている。あの参拝者と同じような負の感情。
なんだこいつ。
思わず掴みかかろうとしてしまったがソルに思いっきりマントの裾を引っ張られた。その前に神官と私達の間に割って入るようにセレッサが割り込んだのである。
「ダウト殿、リオンの報告は実際問題以前から申し上げている事です。生命の流に異常が出ていることは、貴方も既に分かっているではありませんか?」
「ですからセレッサ様、それは以前もお話したでしょう。無闇に生命の流に手を加えるのは白羊宮に対する冒涜だと。それに私の能力ではまだ貴女に合わせるのは心もとない。せめてもう一人魔導師が来てからにして頂きたいとね。さ、私は参拝者の方々に挨拶をしてきますので失礼」
カツンカツン、と大理石の床に足音を響かせダウトと呼ばれた神官は横を通りぬけていく。その後ろを彼の守護者であろう一人の青年が従うように付いて行った。同じ神殿に仕えるセレッサと違いこれだけ感じが違うというのも如何なものなのだろう。
「リオン、ごめんなさいね、こちらでさっきの話もう少し教えて頂戴。貴方達もいらして?」
身内の粗相を申し訳なさそうに詫びるとセレッサは奥の部屋へと案内する。ぱたん、と扉を閉じると席を進められ、セレッサは御茶と菓子を置くと真剣な面持ちで口を開いた。
「本当にごめんなさいね。彼らも悪気はないと思うの。ダウトあんな事を思う子では無いと思うのだけれども……自分達と違う者に恐れを抱くのが人間だから、許してやってね」
大丈夫ですよ、といつもの明るい口調で返すリオンだが、やはり気分はよろしくないだろう。しかし、目の前の巫女様は本当にリオンの事を可愛がっていることが感じ取られ、その気持ちが伝わってくる。その気持ちの方がリオンにとっては大事であり、心優しい彼は些細な差別等気にしない事にしているのだろう、できた獅子族だ。
「ところでえぇと、さっきの話だけれども」
「魔物のこと?」
リオンの言葉に「えぇ」と返すセレッサ。魔物化の情報はこのメサルティムにおいても目撃されており、彼女自身も何度か討伐に出向いたらしい。巫女は12宮から神託を受ける巫女であると同時に生命の流を調節する魔導師でもある為、その魔力は折り紙つきだ。巫女として、この町を守る役目も担っている。そしてその現状を神殿の祭祀である神官―――先程のいけ好かない奴、ダウト―――にも進言し、状況打破の訴えを首都にいる調律師へと伝えてもらうよう告げたようなのだが。
「未だ連絡も無い?」
「そうなのです。更に近頃ここらの生命の流に違和感を覚えて調整をするべきだと神官に告げているのですが、あの通り何かしら理由をつけて何故か取り合ってもらえなくて・・・・・」
「セレッサ」
巫女の消沈するような声を遮るように第三者の声が割って入る。入口とは別の扉から、腰に長剣を帯刀した女性が入ってきた。年はセレッサよりも若く、赤銅色の髪を緩く結んだ華やかな女性。その身には肩口に白羊宮の印が刻まれている軽装鎧を身に纏っている。
「あら、戻ってきたのね。この子は私の守護者のグラナーテ。少し異常を調べてもらっていたの」
「こちらは?」
威嚇するように私を見る瞳は敵認識しているようにしか見えなかったが巫女様の二人一組の相手であれば大人しく自己紹介しましょう。えぇ。
「リオンに世話になってますアルマです」
「同じく兄のソルです。以後お見知りおきをグラナーテさん」
にこり、と兄妹揃って食えない笑みを浮かべているとは思ったが、挨拶した相手が面食らったように頬を赤らめてそっぽを向いてしまったのでそのままにする。その後「・・・アルマ?・・・・ソル?」と名前を復唱しているようだったが、セレッサに「それで状況はどうでした?」と促される事で報告を切り出した。
「首都に向かう辺りでは魔物は見当たりませんでしたが、やはりこの町周辺でも魔物化が進んでいるようでした。それから昨日の雨により土砂崩れも先の山の方であったみたいでして、被害が近隣の村に出ている模様です」
「僕たちの村の前でも巨木が倒れていたんだ。後山でも僕たちの目の前でウルススが魔物化してしまったし」
昨日の恐怖を思い出したのか、リオンが僅かにぶるりと震える。獅子族らしからぬ様子にグラナーテは見下したように一喝する。
「リオン、貴様それでも獅子族の一員かっ!もう少ししゃんとしろ!だから人々に馬鹿にされるのだぞ!」
「わ、ご、ごめんなさいっ、」
「グラナーテ」
「っも、申し訳ありません」
セレッサの優しくとも強い声に、グラナーテはリオンへの叱責を止める。守護者は基本的に後衛者達を守る為に腕を振るうことを生業とする。その根本は武人のような強い精神を持つような人が多い。となるとグラナーテはその典型例である生粋の武人なのだろう。強さこそ正義、といったところだろうか。
なんというかグラナーテさんの想いも分からないでもないけれど、リオンはリオンだしなぁ、と私は思うのだけれど。
そしてセレッサに更に促されるとグラナーテは続ける。
「セレッサ、考えたくはありませんが、早急に生命の流を把握し、調整しなければ、魔物化した獣や動植物がここにも侵入し、近隣の村もこの町も危険な状況に陥るかもしれません。神官と共に一刻も早く調律の機会を取る事をお勧めします」
彼女が示唆する魔物化。これは生命の流の滞留によって、その土地では抱えきれない程の生命の息吹が大地へと溢れることにより、周囲の環境に影響を及ぼす事によって生じている。正常な環境の場合であれば暫くの間はより良い豊穣をもたらすが、人の持つ負の感情といったものが淀み始めれば、それは生命の流を汚染し形となって現れるのが魔物化とされている。近年の状況に少なからず近隣の住人には不安が生じているだろう。となれば、魔物化がこれ以上悪化していくのも容易に想像ができるというものだ。
「分かっているわ。……今日は祭日で人も多い。何かがあっては遅い。リオン、怖い思いをさせてごめんなさい。早急にこの異変を集束できるように努力するから、どうか今日は楽しんでいって頂戴ね」
セレッサは母のような、祖母のような優しい笑みを浮かべてリオンの頭を撫でる。私も撫でたい、と思いつつも、どうやら色々と深刻な状況になりつつあることが推測された。セレッサは神官ダウトと話をしに行ってくると席を外す。当然グラナーテもそれに並んで退出すると、さっきの重苦しい雰囲気から一変、礼拝前に宿を取ってから露店を見て回ろうというリオンの提案に乗って神殿の外に出た。神殿の外はお祭り騒ぎで人々が楽しそうである。先程の魔物化の話等一見無かったかのようだ。
かくいう私もお祭りの雰囲気を楽しもうとソルにウラガン、リオンと一緒に先程お預けを食らったかぐわしい香りの焼き鳥を早速購入して口に頬張り、宿を探すリオンの後姿を追う。うん、焼き鳥の肉は程よい弾力とタレが絡まって大変美味しゅうございます。
「なぁ、アルマ」
「何?」
もぐもぐ、と焼き鳥を口に頬張りながらソルが隣に立つ。
「なんか、あそこ変じゃなかったか?」
感じたのは神殿とは思えない重苦しい気配。
「そだね」
一欠けウラガンに焼き鳥を食べさせながら暗雲立ち込める空を見上げた。
何事も無ければいいけれど。