3.街道で
昨日の雨は上がったものの、快晴とは言えないどんよりとした厚い雲が空を覆っていた。せっかくの祭日だと言うのに、なんとも言えない雰囲気である。それでも村では朝早くから籠や袋、それぞれ供え物を持っていそいそと隣町へと向かっているようだった。
「ソル、アルマ、僕等もそろそろ行こうっ!町ではこの村には無い露店も出てると思うからさっ!」
うきうきとするリオンは本当に楽しみにしていたことが手に取るように分かった。しかし、その頭にはフードを被り、彼の可愛らしい耳が見えない。なんて勿体ない。
「ちょ、アルマなんでフード取ろうとするのっ?!」
「や、見せないとだめでしょ。見せるのが獅子族の誇りでしょ」
「そんな誇り獅子族には無いからっ!」
獅子族にあるまじき泣きそうな顔をして抗議をするリオン。どうやらこの村では問題は無いものの、隣町では獣人の差別があるらしい。獅子族は更に少々怖がられているとも付け加えられた。白い羊の領地だから余計に捕食者と見られるのだろうか。こんなに可愛いのに。
「そんなこと思うのアルマ位じゃ」
「俺も可愛いと思うけど」
兄妹揃ってうんうん、と頷く様子にリオンは照れたようにそっぽを向いた。
「ふ、二人とも変わってるんだよっ!この村の人達だって最近になって僕の事受け入れてくれた位だもの」
成程、周囲が少々危険になりだしてから、獅子族の力を借り始めたという感じだろうか。そんな考えを見抜いたのかリオンは慌てて「み、みんないい人だからね!」と忠告してくるあたり、本当にこの獅子族の青年は人が良すぎる。ヒトではないけど。獅子族だけど。
「それに神殿の巫女様も優しい人だから、ちゃんと皆でお供え持って行ってあげたいんだ」
最近奉納事態が少なくなってきてるから、と言いながらよいしょ、と自分の物と昨日採取してきた他の人用のお供え物を背に担ぐ。うん、凄い量になってるけど。顔色一つ変えないリオンの様子に感心した。
「それじゃ出発ー!」
意気揚々としているリオンの背中に倣うように私達は隣町へと出発することにした。
……出発したのだが、村を出てから少ししか経たない街道で村人たちが立ち往生している。
「どうしたんだろう・・・・・・?」
リオンが怪訝そうな表情をしていると、前に居た老夫婦が私達に気付いてこちらを向いた。
「おやリオン、荷物いつもすまないね、ありがとう。・・・どうやら先の街道で巨木が倒れてしまっているみたいだよ、困ったねェ…迂回する道は山道だし、魔物が又出てくるやもしれんし」
ふぅ、と少しばかり疲れたような表情を浮かべる老夫婦。山道をこの老夫婦が歩くのはそれは確かに難しいものがあるだろう。自分達も迷子になったばかりだ。え?迷子は関係ない?そんなリオンからのツッコミは置いておき、巨木が倒れたというのは昨日落雷でもあったのだろうか。この時期にそんな災害じみたことが起きるのも異常なことのように感じる。
「ちょっと待ってて、僕見てくる!」
「おい、リオン」
老夫婦の様子に対して、リオンは元気づけるように声をかけるとソルの静止の声も聞かず人だかりを縫うようにして前へと行ってしまった。私も人をかき分けソルと一緒に問題の場所へと向かうと老夫婦が告げたように、樹齢も相当だったであろう巨木が見事に街道を封鎖してしまっていた。村の男手が何十人かでその木をどかそうとしていたが、一向に動く気配が無い。リオンの姿を見つけた村人その1が「リオンいい所に!ちょっと手伝え!」と声をかけ、リオンも一緒に手助けに加わる。が、皆の掛け声だけが周囲に響くだけであり、流石の獅子族の力であってもリオン一人が加わるだけではその巨木は動かない。
「これはどうしたことかね、白羊宮様が神殿に向かうなとでも言っているみたいだ」
「何を言うか、今日は白羊宮の祭日じゃぞ!」
「でもこれじゃあ先に進めないわ。山道に今から行ったら辿り着くのにどれだけかかることか」
「山道はやめた方がいいって!この前も魔物がいたぞ」
一向に動かない巨木を前に、村の人達が口々に騒ぎ始める。群衆のパニックは伝染するというが、んー、これは中々面倒くさい。せっかくのお祭り日に騒ぎは見たくないものだ。
ソルも面倒くさそうな表情でそのやりとりを見ていたが、私の方に視線を送ってくる。はいはい、分かってますよ。
「リオン、ちょっとどいてて」
「え、アルマ?どうするの?」
四苦八苦していた男手達をどかしてもらう。「何だお前」とか「リオンに拾われた奴らだろ」「おいおい、嬢ちゃんに何ができる」とかあまり歓迎しない口ぶりが聞こえたが、とりあえず邪魔なので無視。少し巨木と距離を取り、腰に据えた二刀を抜き放つ。全てをどかす必要はない。
「あんな細い太刀であの巨木を切るつもりか?」
「いやいや無理だろ、止めとけ止めとけ!」
外野が煩い。が、私は巨木の中心となる一点を見つけ出す。全てのものには流れがある。それは世界の生命の流と同じように、この世に存在する全てのものに言えること。なぎ倒されても個体として形を保つのであれば、未だそれは流れを持つ。
――――――見つけた
ぐ、と軸足に力を込め、両手に魔力を込めた。そしてその一点に向けて双剣を交差させ衝撃と炎を送り込む。
「火炎斬ッ」
ごうっ!
「ぅわぁっ?!」
辺りに衝撃による突風と炎の熱風が舞い上がる。下がれ、という忠告を無視した村人がその風に煽られ驚きの声を上げていたが、自業自得。そして一瞬の内に消えた炎の後には街道の部分だけぽっかりと道を開けた巨木が横たわっているのが確認できた。
「ウラガン、散らばった木片、躓くと危ないから燃やしといて」
キン、と鞘に双剣を戻しながら肩口の幼竜ウラガンに声をかければ「きゅ」と軽い声が響き、その後にはばさばさと翼を羽ばたかせて手当たり次第に竜の吐息を吐いて大きな木片を燃やしてくれた。うん、いい仕事した。
「ア、アルマ、君、凄いね・・・・・・」
「・・・・・・少しやり過ぎだ」
リオンの賞賛の言葉とソルの呆れた声が聞こえたが、これで無事進めるようになったんだから結果オーライ、ということでいいでしょう。呆然としていた村人たちも、街道が使えるようになったことを認識すれば「す、すげぇっ!」「なんだ今の!剣技か、いや、魔剣技かっ!」と騒いでいたり「あぁ、これで神殿に参拝できるわっ」等と喜びの声も聞こえる。中にはウラガンの姿を見て「な、なんだあの生物・・・?」「トカゲ??」等と聞こえた。のんびりした村では竜の存在は知らないのだろう。良かった良かった。密猟者になる者もいなさそうだ。
「アルマ、もしかしてウラガンは竜なの?す、凄いっ……!」
あ、気付くのが居たわ。
ばさり、と肩に戻ってきたウラガンは褒めて―と言わんばかりにその小さな顔を頬に摺り寄せてくる。そんな姿をきらきらとした瞳で眺めるリオンの視線が痛かったのでとりあえず肯定はしておいた。
「なんか二人とも凄いなぁ…」
開通した街道を村人たちが無事に通った後、その後方を進みながらリオンがほぅ、と感嘆の息を吐く。
「昨日会った時も僕の事助けてくれたし、今もあっという間にあんな剣技で、しかもあれ魔剣技でしょっ、魔力無いとできない技だし、伝説の生物なんか連れてるし二人って本当は何者??旅してるとか言ってたけどどこに向かってるの???もしかして魔術学院から派遣されてる人とか何かっ?!それとも……」
リオンの知識欲を突いてしまったようだった。彼の質問攻めにも近い口上は隣町に到着するまで続いたのである。
適当に流して相手にしなかったけれど一人楽しそうだったから問題無いだろう。