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十二宮の調律師  作者:
一章 出会いと始まり
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2.獅子族の青年

トントントン、と小気味良く鳴る包丁のリズムが心地いい。何日も入っていなかった風呂上り、鼻先をくすぐる匂いに釣られて台所を覗いてみると尻尾が楽しそうに揺れている様子が良く見えた。



「あ、アルマ、ちゃんと温まった?もう少しでご飯できるけど、ソルは起きれるかなぁ?」



気配に気づいたのか獅子族の青年―――――リオンが楽しそうに声をかけてきた。



雨の中での救出劇の後、リオンの誘いで彼の家へお邪魔させてもらうことになった。道中、低血糖でやはり昏倒した軟弱兄を軽々と背負ったリオンは猫族ではなくて立派な獅子族だと納得したところであるが、これでは我々が救出してもらったと言って過言ではなくなっている。更には「今日はご馳走するね」と言って台所で調理し、物凄く美味しそうな匂いを立てる料理が着々とテーブルに並べられ始めた頃には、この獅子族の青年が神のように見えてきた。



「リ、リオンさん、お嫁にきませんか」

「アホかお前」



思わず彼の手を握って求婚してみたところ、戸惑うリオンと打って変わって背後からソルの盛大な拳骨を食らった。痛い。



「……ソル、もう大丈夫な訳?」

「いい匂いに釣られてきた。リオン、手間かけさせてすまないな」



半眼で言ってみるも、しれっと返され更には何か手伝うことあるか?と先程ぶっ倒れた奴じゃない感じが憎らしい。リオンはあわあわとお皿をお願いしてみたりと本当に表情がころころと変わる可愛い猫にしか見えない。きっとあの耳も尻尾もふわふわもこもこに違いないと想像は膨らむばかりだったが、ソルの視線が痛かったので大人しく一緒に皿運びを手伝う事にした。



「さっきは本当にありがとう。口に合うか分からないけど、今日は一杯作ったから沢山食べてね」



へらりと後光が差すようなリオンからの笑顔を貰えば「いっただきまーすっ!」「頂きます」「ピィッ!」と早速その手料理に手を伸ばす。手始めに手を出した何かの肉と野菜の煮込み料理を口に運ぶとそのお肉の柔らかさと形容のしがたい繊細な味付けに思わず動きが止まってしまった。


美 味 し い


知らずの内にだばだばと目から涙が零れ落ちた。



「ちょ、アルマ、どうしたのっ?美味しくない?? ってソル、そんながっつくとむせるよ、ってほらっ!言った側から!!ウラガンも落ち着いて零してるからっ!」



げほごほと咽る兄に慌ててお水を差しだし、ウラガンに注意を促す青年リオン。お水を一杯飲むとソルは真剣な面持ちでリオンの手を握る。



「リオン、嫁に来ないか」

「お前もか」



すぱんっとソルの後頭部をはたく。そんなやり取りを見ていたリオンは一瞬驚いたようにしたが、その後は楽しそうに尻尾を揺らして笑い出した。



「ごめんごめん、こんなに賑やかな食事は久しぶりで。ソルもアルマも面白いね。今まで一体どんなもの食べて来てたのさ」

「雑草とか」

「ピギャ」

「獣肉の丸焼きとか」

「・・・・・・た、大変だったんだね」



我先にともぐもぐ口に運ぶ様子を眺めるリオンが呆れたような憐れむような様子でこちらを伺っていた。



「でもなんであんな雨の中果物採りに行ってたの?」

「これだけ食料があったら何も今日でなくても」



ごっくん、と飲み込みながら疑問に思う事を口にする。これだけ沢山の食料があったのならば食料を調達しに行く必要性もなかったのではないだろうか。肩では大きな肉の塊を頬張るウラガンの姿。服に垂らさないでほしい。そんな状況に対してリオンは困ったような表情を浮かべる。



「僕の分じゃないんだ。白羊宮(アリエス)の祭日が近いから、神殿に奉納するお供え物が必要なんだけど、ちょっと色々あって」



「色々?」と小首を傾げてみるが、その先は笑って誤魔化された。


リオンの案内で盛大に迷子になっていた状況から一変、無事に山道を抜け、少し歩いたところ辿り着いたのは白羊宮(アリエス)領にある小さな村、その外れに位置するリオンの家へと招かれた。村から少し高台に当たる彼の家から見た景色は、雨の所為もあるのかと思ったが余り活気があるようには見えなかった。畑には作物が実っておらず、界隈にも人の通りがあるようには見えない。リオンの言う白羊宮(アリエス)の祭日が廻るこの時期は、この領内では白羊宮(アリエス)生命の源泉(フォンス・ヴィーテ)からの恩恵が盛大に振る舞われ、どんなに小さな村にでも豊穣の時期となっている筈なのだが。


ぱくり、とほかほかの味付け具沢山ごはんを口に含んで幸せを覚えるが疑問に思う。

この世界には太古の昔に世界の崩壊を食い止めたと言われる12の存在(ゾディアック)が崇められている。12の存在(ゾディアック)は崩壊を食い止めた後に、今でも世界の安定を支える為、大地に遺物としてその影響を残していった。世界の12か所に生命の流れの源泉を生み出し、その全てが繋がり、循環する事でこの世に安定と平安をもたらしているという。そして彼らは己の名を冠する12の領土を統治した後に源泉のある地に神殿を建て何処(いずこ)かへと姿を消した。しかし夜空に見える星々となって我々を見守っていると言われている。事実、星々の天体の巡りによって12宮(ゾディアック)それぞれの時期が巡ってくると各領地では他の時期よりも遥かに恵みの季節となるのだから、この伝承に関して嘘偽りとは言い難い。

まぁ、それ故に今でもこの世界はこの伝承が語り継がれているのだろうけれど。

そしてこの白羊宮領(アリエス)では、今の時期こそ、その恩恵が大地に巡る絶好の機会の筈なのだ。



「最近ちょっと変なんだ。今の時期は雨もそんなに降らない筈なんだけど、連日降ってるし。作物もここ数年の収穫が良くなければ、山々でも魔物化する動物が後を絶たなくて、村の人達も気軽に採集に出かけられなくなってるんだよ。おじいちゃん、おばぁちゃんに怪我させる訳もいかないし、僕一応獅子族でしょ?人間よりかは少しくらい怪我しても頑丈だから、今日は彼らの代わりに採りに行ったんだ。明日には神殿にお供えしに行かないといけないからね」



ぴょこ、とリオンは耳を誇らしげに立てる。その割には逃げ回ってたような気がするけど。



「そ、それは僕強くはないし…… あ、でも二人は凄いね!アルマは女の子なのに魔物化したウルススを一瞬で倒しちゃってまるで守護者(ガーディアン)みたい!ソルは魔法使って……て、あれ、もしかしてソルは魔導師(セージ)?!もしかしてこの地の生命の流ウェルテックス・ヴィーテを調節しに来てくれたのっ?!」



がったん!と慌てて立ち上りソルに詰め寄るリオン。少し驚いた表情をするソルだが申し訳なさそうに頭を振った。



「いや、俺は魔導師じゃあない、悪い」

「そ、そっかぁ……この土地の変調、生命の流がおかしくなってる所為だろう、って皆が言ってたから、調律師様が派遣してくれたのかと……」



先程とは打って変わりしょんぼりと耳が垂れてしまったリオンにソルは再び申し訳なさそうに「ごめんな」と続けた。リオンは慌てて「ぼ、僕の方もごめんっ」と早合点に謝罪をする。



「そうだよね、魔導師だったらもっと大勢で来るよね。生命の流れを調節するのは大変だから人数必要だっていうし、白羊宮(アリエス)の魔導師はシンボルの礼服羽織って来るもんね。二人が調律師様達みたいに魔と武の二人一組(ペア)だったからもしかして、って思っちゃった」

「よく知ってるねリオン」



興奮したように話すリオンに私は感心する。獅子族は元来彼等よりも肉体的に脆弱な人間を見下している所がある一族だと聞いていた。そして彼の言う調律師や魔導師、更にその下に位置する魔術師は人間が大多数。そんな業種を獅子族である彼が詳しく認識していることに少しばかりの驚きを感じる。



「知ってるよ!凄いじゃないか、生命の流ウェルテックス・ヴィーテを調整して世界を平和にするのを生業としている調律師様!僕も魔力が強ければ調律師は無理でも魔導師を目指してみたかったんだよ」



うっとり、と思いを馳せているリオンはあれだ、世界平和の伝承好きだと確信を持つ。

先に出た12の生命の源泉ゾディアック・フォンス・ヴィーテ、そして生命の流ウェルテックス・ヴィーテは時として流れが滞り循環しなくなることもある。その理由は様々だが、その場合大地に必ず影響をもたらした。滞った場所には必要以上の生命の息吹が注がれる為、始めは豊穣をもたらすがその内腐敗をもたらす。例を挙げれば山中で出くわした動物の魔物化。そして魔物化したものは生命の息吹を吸い取り更なる力を求める為、周囲にその流れは行き届かなくなり痩せ衰える。流れが届かない地も当然の如く痩せ衰え、環境の変化に人も動物も荒む悪循環。12宮(ゾディアック)は始めからその事を認識していたからか、昔からその流れを調整する者が居た。それが“調律者(バランサー)”であった。いかなる循環にも共鳴し、調整し、世界を巡らせる。しかしその能力は時と共に消え失せ、現在は各宮の生命の源泉に共鳴可能となる12人の“調律師(バランサー)”と、各宮に少なからず共鳴することで調整する一端を担う“魔導師(セージ)”が世界の流れを調整している。“調律師”は各宮に愛される者として、絶大なる魔力を有して各領を守っている。そしてその傍らには“調律師”を警護する者が控え、調律時の警護として任を受けた守護者(ガーディアン)による最強の二人一組(ペア)として成立している。その形態を受け継ぐものとして、“調律師”程の能力は無くとも、各宮の循環に共鳴することができ、何人かで調整を行う能力を持つ者達を“魔導師(セージ)”と呼んだ。中には次代の“調律師”と呼ばれる存在もあり、その能力にはばらつきがある。そして彼らの警護として側には守護者がつき、二人一組という形式が通っているのだった。そして最後に“魔術師(メイジ)”。生命の流に共鳴することはできなくとも、元素に感応することができ、その力を行使することができる者達。彼らも基本的に近距離警護を行える守護者を伴い二人一組(ペア)で行動した。これらは全てこの世界の中心に位置する魔術学院、“アルス・マグナ”にて培われてきた伝統であった。



「人間は色んな元素にも精通できるから羨ましいよ」



リオンは心底羨ましいと言った表情で告げてくる。確かに人間は他の一族と違い元素に感応しやすい。というのも、他の一族は元々一種の宮の恩恵を身に纏う為、それに束縛されやすいのだ。獅子族であれば獅子宮(レオ)の恩恵を受けている。となると、恩恵を受ける元素は火に固定化されることから、他の元素に感応できなくなるのだ。人間であれば生まれた時によって恩恵を受ける宮が変わり、更に素質と学ぶ事により様々な可能性が生まれる。他の一族と違い、突出したものが無い代わりの恩恵と言えるだろう。


さて、話を元に戻す。

つまり現在の12人の調律師は全て人間で構成されている。そして彼等によってこの世界の流れが循環していると言っていいのだろう。

ところがだ、リオンに寄ればここ最近の生命の流れがおかしいということは白羊宮領(アリエス)生命の源泉(フォンス・ヴィーテ)に異常が生じているとでもいうのか。しかしこの村が隣町の神殿を通して白羊宮の調律師に変調の報告を願い出たのは既に1年以上も前の事らしい。不作にも拘らず、税率も変わらず搾取され、一向に音沙汰がないというのもおかしな話である。生命の源泉にではなく、ここら辺りの生命の流にだけ異常があるということなのだろうか。



「まぁ、白羊宮(アリエス)の祭日だからあまり難しく考えるはやめよう、って事にしてるんだ。明日は皆で神殿にお祈りに行くし、良かったら二人もどう?」



結構な一大事の筈だが余り気に留めない様子に白羊宮領によくあるのほほん体質か、と私とソルは嘆息した。

うん、お腹も一杯になったし気にし過ぎもあまりよくない、と思う事にする。

急ぎの旅でもなければ、急を要する事もない。

のほほん笑顔のリオンのお誘いを断る理由も無かったので翌日は一緒に神殿参拝としゃれ込むことにして、今夜は屋根のある場所でゆっくり寝ることにした。

説明って難しいです。

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