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機械仕掛けの方舟  作者: 回めぐる
DateⅠ安寧の日々
1/4

01

十歳の誕生日にお母さんがくれたプレゼントは、喋って動くお人形の友達だった。


名前を付けてあげて、とお母さんが微笑む。



「……じゃあ、今日から君の名前は――」




***




 物使いの荒い奴は嫌いだ。


『――さて、先日起こったこの、ハーティッドドール破壊事件ですが』

『ハーティッドドールの破壊は、傷害ではなく器物損壊に分類されるんですか?』

『そうですね。人間に近い姿形をしているとはいえ、やはり機械人形、ロボットですからね』

『ハーティッドドールに人権が認められるというのは、この先あり得ることなのでしょうか?――』


 人形を使い捨ての駒としか考えない人間は最低だ。……人形に肩入れするわけではないけれど。

 そもそもハーティッドドール達に本物の自我があるのか、というのが疑問だ。きっと彼らは、プログラミングされたこと以外を考えることは許されていない。いくら動こうが喋ろうが、彼らは結局棚に並べられた布製のお人形と変わらないのだ。自由のない、ただの玩具。消耗品。飽きたら棄てられ、また新しい人形へ。人形達は、「棄てないで」と主張する権利すらもらえない。


『続いてのニュースです。大手人形製造会社〈ヴァタニス〉が、新型ハーティッドドールを発表しました。これまでのシリーズよりも更に感情システムなどに優れた新型に、早くも注目が集まっています。――続きまして、』


 ブチッ。


「おはようノア。何見てたの?」


 朝食の準備をしてテレビを消したところで、二階から制服姿の彼が降りてきた。既に洗顔を終えているらしく、優しい目元はいつものような眠たげな色を宿してはいない。

 目覚めの良い彼とは珍しい。普段の彼は目覚まし時計が鳴り響いても熟睡し、揺り起こしても逆にこちらをベッドに引き摺り込んでくるというのに。彼は、学校では優等生の猫を被っていてその裏、かなり寝汚いし私生活はだらしない。俺はその本性を知る数少ない一人であると同時に、彼の世話係である。


「はよ、深楽しんら。新型ハーティッドドール発表、だってさ。人気だよな、あれ」


 深楽の席にトーストとサラダ、そして砂糖たっぷりのミルクティーを用意しながら答える。本人が気にしているので深く追及はしないが、恐らく深楽はコーヒーが飲めない。よって朝は、毎日紅茶だ。


「また新作?人間に近付き過ぎて、僕はちょっと気持ち悪いかな、あれ。そういうのなんて言うんだっけ?不気味の谷現象?」

「さあな」

「僕としては六、七年前に出たモデルが一番好きだな。ビジュアル的にも性能的にも」


 六、七年前と言えば、まだ今ほどハーティッドドールが普及しておらず、性能――記憶データや感情システムも低かった時代である。


「明らかに新型の方が性能良いのに、何で?」

「良すぎるとやっぱりキモチワルイって。愛でるための人形は少し出来が悪いくらいが丁度いいんだよ」

「そういうもんか……?」


 腑に落ちない俺が首を傾げていると、深楽は楽しそうに笑んだ。


「そういうものだよ。――いただきます」


 俺の向かい側の席に着いた彼は、丁寧に手を合わせてから食事を始めた。ただトーストを食べているだけなのに、こんなところからも育ちの良さが滲み出ている。

 赤月あかつき深楽しんら。成績優秀、スポーツ万能で教師の覚えもいい典型的な優等生タイプの高校一年生だ。人の良い柔らかな雰囲気や、無駄に紳士的な振る舞いもあり、高校入学からまだ一ヶ月も経っていないというのに、女子生徒からはかなりの人気を博している。――して俺の親友で、血の繋がらない家族。

 ……しかも父は、人形業界で有名な会社〈ヴァタニス〉の社長であるというのだから、天は二物どころか三、四物与えてしまっている。

 俺こと赤月ノア――旧名五月雨ノア――は、そんな彼の家、赤月家に引き取られた養子なのである。


「……ん、これ美味しいね。流石ノア」

「ただ切って焼いただけのトーストに誰が作ったとか関係ないだろ」

「あるよ」

「なにが?」

「愛情が」

「クサいぞ」

「ええ~?そうかな?」


 というか何故そんな台詞が平気で言えるのか理解できない。そしてそんな台詞を吐いても何故様になるのかも理解できない。

 ちなみに朝食は俺が作っているが、それ以外の家事全般は家政婦さんがやってくれている。そういった人達を雇ってくれるのは、たまにしか帰ってこない深楽の母、深子みこさんだ。


「ああ、そういえば深楽。次の月曜日、久しぶりに深子さんがうちに帰ってくるって。予定開けとけよ」

「月曜日って、三日後……五月十二日?いきなり何で?」


 目をぱちくりとさせる深楽に、思わず溜息が零れた。こいつは自分の誕生日を忘れたのか。


「何でって、誕生日だろ」

「あ、そっか。ナイチンゲールの誕生日か」

げーよ!お前の誕生日だよ!」

「……ああ、僕の誕生日ね。母さん忙しいんだから、わざわざ来なくていいのにさ」

「冷めてるな、お前……」


 先日電話を掛けてきた時の嬉しそうな深子さんを思い出し、少し不憫に思う。深楽は遅めの反抗期にでも入ったのだろうか。

 その深楽の母である深子さんは、ハーティッドドールを愛してやまない人形収集家だ。会う度にハーティッドドールを連れているし、この家にもあるハーティッドドールのコレクションルームがあり、そこでは電源を落とされた無数のハーティッドドール達が眠っている。

 そもそもそのハーティッドドールとは、先程テレビで放送していた通り、深楽の父が経営する会社、〈ヴァタニス〉が販売している、人間そっくりの、意志を持った人形のことだ。人間と共に成長し、人間に近い賢さを持つ、〈ヴァタニス〉のヒット作である。昔はヒト型愛玩人工動物としてペット感覚で飼われていたが、人と同等、またはそれ以上の知識すら持つようになった今、ハーティッドドールと人間の関係は、友人、家族、娘息子の代わりなど、多種多様となってきている。

 しかし、良いことばかりかと言えばそうでもなく、都合良く悪用されてしまったり、ストレスの捌け口としてとして乱雑に扱われてしまうことも少なくない。――例えば、今朝のニュースのように。

 俺は人形を持ったことはないし、人形と親しくなったこともない。だけど、人形を粗雑に扱う奴は嫌いだ。理由は分からないけれど、怒りを覚える。胃の、奥の奥の最奥がふつふつと湧き上がるような気がするのだ。理由は、分からないけれど。

 ところで閑話休題、今では街に出るとよくハーティッドドールを連れているひとを見かける程、その人形は生活に浸透している。それくらい、動いて喋る人形は人々の心を掴んでいた。


「誕生日か……もうすぐ僕も十六歳ってわけだね。母さん、またあの子達連れてくるんだろうな」


 深楽は自分で言いながら、自分の言葉に眉を顰めた。

 深子さんはいつも、特にお気に入りの双子型ハーティッドドール二体を連れ歩いている。そういえば深楽は、そのうちの一人との中が険悪だった。双子の片割れ・クロエと深楽の犬猿の仲は、彼が小学生のときからの年季が入ったものである。


『しんらさーんしんらさーん』

『どうしたの、クロエちゃん?』

『しんらさんってー、学校の成績がクラスでいちばんなんですよねー?』

『え?あ、うん、まあね。勉強は好きだし自信はあるよ』

『それくらいのことで鼻にかけるなんて、さっすがしんらさーん。器もちっちゃければ人間としてもちっちゃいですねー。クロエはハーティッドドールとしてひとつ学びましたー、こんな人間にはならないようにしないとー』

『…………ああ、そう……?』


 今となっては微笑ましい幼き日の思い出だが、まだ小さかった俺からしてみれば、普段は優しくていつも笑っている深楽が、火花を散らして黒いオーラを背負っているのが、恐ろしくて仕方がなかった。


「あー、やなこと考えるのはやめとこ。それにしても、誕生日の何がめでたいんだか。年に一度は訪れる通過儀礼みたいなものなのに」


 何故そんなに無頓着なのか。

 しかし、そう言われると、祝う方は俄然やる気が出てくる。思いっ切り祝ってやろう。

こう言うと偉そうに聞こえるかもしれないが、俺は深楽にとって一番家族らしい存在でいてやりたいと思うのだ。昔から両親ともに多忙な深楽と、ずっと一緒に暮らしてきた。


『初めまして、僕は深楽っていうんだ!ノアは今日から、僕の家族で友達だよ!』


 幼い俺を笑顔で迎え入れてくれた深楽。でも、深楽の方だって本当は寂しかった筈なのだ。父も母も滅多に帰ってこない、やけに広くて冷たい家で毎日を過ごす日々は、果たしてどれほどの孤独だったのか、計り知れない。

 それでも、親と死別したばかりの俺が泣かないように、いつも気丈に振る舞った。そのお陰か、俺は赤月家に来てからこの方、寂しい思いをしたことは一度もない。

 でも、施してもらうだけでは駄目なのだ。俺は、今度は深楽の寂しさを埋めてあげたい。深楽の家族らしくいたい。例え血が繋がっていないとしても。

 そんな思いで毎年深楽を祝っていたが、今年は今まで以上に喜ばせたい。深楽が、来年の誕生日を待ち遠しく思えるくらいには。


「深楽、折角の誕生日だろ。何かリクエストとかないのか?」

「リクエスト……じゃあ、三段のデコレーションケーキがいいな?」

「三段って……高校生男子に求めるレベルかよ」

「そう言いながらも結局作ってくれるノアが大好きだよー」


 にやにやと笑いながら目を細める深楽。そう、俺は誕生日云々を抜きにしても、なんだかんだで深楽のお願いごとは何でも叶えてしまうのだ。深楽のお願いに弱い自分がちょっと情けなくて今度は俺の方が眉を顰めて、手元の食事に集中してみる。


「もう、別に不貞腐れることじゃないんじゃない?」

「俺、何でお前の世話ばっか焼いてんだろうな……」

「へ?ノアの方も僕が大好きだからじゃない?僕等親友だし。心の友だし」

「勝手に言ってろ」

「それ以前に、家族だし。あ、ちなみに同い年だけど誕生日的に僕の方が年上だからね」

「だから?」

「お兄ちゃんと呼びたまえ弟よ」


 こんなお兄ちゃんは要らない。

 白い目で深楽を眺めていると、ふと、深楽の背後の時計が目に入った。それが示している時間に目を剥く。


「おい、深楽……!」

「なに?」

「じ、時間、時間っ!」

「……あれ、もうこんな時間だね」

「んな悠長なっ!まずい、遅刻するぞ!」


 このままでは普段乗っている時間の電車に間に合うか怪しい。

 だというのに、目の前で呑気にトーストを齧っているこいつはどんな神経をしているんだ。


「大丈夫。遅刻したって怒られないよ」

「はあ!?」

「すみません、ノア君が途中で持病の発作を起こしてしまって、介抱していたら遅れました」

「言い訳雑だろ!つか、俺を巻き込むな!」

「雑でも通るんだよ。だって僕、優等生だしね」

「自分で言うな!」

「ノアは取り敢えず咳き込んで体調悪そうに僕におぶられてればオッケーだよ」

「んなわけあるか!ああもう、どうでもいいこと言ってないでさっさと食え!遅刻する!」

「ノアってば、母さんより母親ぽーい」


 あはは、と笑う深楽を急かしながら、俺達の慌ただしい一日は始まった。




***




 〈System:K〉インストール完了しました。


 感情データ蓄積確認。

 感情データ:F チャージ完了しました。

 感情データ:H 感情データ:A 感情データ:S が不足しています。

 不足分チャージ完了次第〈System:K〉を起動します。

 直ちに不足分をチャージしてください。

 直ちに不足分をチャージしてください。

 直ちに不足分をチャージしてください――




***


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