サニーサイドアップ
カーテンの隙間から差し込む光。
そのかすかな温度で、私の意識はゆるゆると覚醒していく。
日が差してきたと言っても、まだまだ朝は早い。部屋には薄ぼんやりとした夜の残り香が漂っている。
まどろみを振り切って目を明けると、鼻先には彼の背中。
なんでそっぽ向いてるのさと口を尖らせてから、起こしてしまわぬようにそっとベッドを抜け出した。
部屋の温度は低く、素肌だけではまだ寒い。
やはり物音を立てないように気をつけながら、私は身支度を整える。
最後にシャツを羽織ってボタンをとめて、それからふと首筋を指で辿る。そこは昨夜彼が情熱を示した場所で、きっと痕になっている。
「見えちゃう、かな……?」
ふたりだけの事の余韻を、余人に見られたくはなかった。
幸い今日は揃っておやすみだから、出来るだけ外出はしないでおこうと心に決める。
寝室を出て、向かうのは勿論台所。
ガスの元栓を開けて換気扇を回して、フラインパンを火にかける。冷蔵庫を開けて食材を取り出して、一連の動作をこなしながら、手馴れてきたなとおかしくなる。
ひとり暮らしの時は、まるで料理なんてしなかったのに。我ながら現金なものだと思う。
けれど自分以外に対象のいる行為は──つまるところ人を喜ばせる為にする行為は、やはり楽しい。それが恋人になら尚の事。他愛ないけれど、それだけで意外なくらいに頑張れてしまう。
まぁ元々手先の器用さには自信があるし、呑み込みも覚えも早い方だと自負もしている。
彼の「おいしい」の笑顔は、きっとお世辞だけじゃあないはずだ。レパートリーを増やそうと、図書館で料理ものの本を借り出してくるようにもなった。
彩りを考えて、味付けを考えて、好みを考えて。
朝は、お弁当は、晩御飯は何にしよう。
そんなちいさな思案が増えていって、だけど思っているのはただひとりの事で。
それがなんだか、とても幸福。
卵を割って、十分に熱されたフライパンに落とす。続けて、もうひとつ。
熱くなった鉄の上、一息に固まる卵の白身。
──まだ寝ていていいよ。
弱火に落として、歌うように思う。
焼き方はサニーサイドアップに決めている。お日様のようなキミが、曇ってなんてしまわないように。
──支度が済んだら起こしてあげる。
彼の寝顔を思い浮かべて、胸の中で囁く。
まだ固まりきらないで、ゆらり震える目玉焼き。ふちはこんがり狐色。
恋心のように静かな熱で、ゆっくりゆっくり熟してく。