7.the end of everything.―1
それは、物凄い勢いで侵攻し、あっという間に、坂月達の手前まで侵食してきた。最早、空だけでなく、周りの景色さえ、真っ黒、漆黒に染まりあがっている。
「そん、な……」
昨日、佳境ながらのほほんとした一日を送ったからか、気が緩んでいたのだろう。坂月は思わず、早い、と思ってしまった。まだ、猶予があっても良いじゃないか、とエラーの存在を恨んでしまいそうだった。
「だから、ね」
静かに、俯いて表情を隠したまま、ユイナが、静かに、呟いた。
「何だ!?」
大慌てで坂月が問う。
エラーの進行は止まらない、後、一分もしてしまえば、坂月も、ユイナも、いや、この町全てが飲み込まれ、最終的にはこの世界全てが飲み込まれて消滅してしまうだろう。
ふざけるな、そう思う余裕すらなかった。
あちこちから悲痛な悲鳴が聞こえてくる。それも複数。全てが重なり、この町の人間全てが同時に声を上げているようだった。だが、そんな声も二人には届かない。この危機的状況で、二人の世界が出来上がっていた。
静かに、俯いたまま、ユイナは告げる。
「……お別れだよ、明人」
とん、と、ユイナが、坂月の胸元を軽く押した。
突然の出来事に坂月は対応できない。
「え」
よろめいて、後方へ数歩下がってしまった坂月は――『飲み込まれた』。エラーではない、何か、に。
「なんだ!?」
坂月の体が、ズブリ、と沈む。首だけで見てみれば、空間が半透明の渦に歪んだ、エラーと対をなす様な何か。エラーが黒なら、これは白だ。坂月の左半身はその白に飲み込まれていて、動かす事が出来ない。コンクリートで固められたかの様だった。
「なんだよコレ!」
そう叫びつつ、体を動かして抵抗してみるが、無駄。更に、ズブリ、と坂月の体がその穴に沈んだ。坂月の上半身のみが、ただ、そこにある様な形となってしまった。勿論、抜け出す事は出来ない。
「オイ、ユイナァ!!」
叫ぶが、ユイナは特別反応を示さない。示そうとしない。
暫く、その状態で、沈黙が続いた。エラーはその間にも進行していて、残りが少ないのが見て分かった。当然、坂月はそれどころではないが。
ふと、ユイナが、俯かせていた表情を、ゆっくりと上げた。
そうして見えてきた大きな瞳に、涙が溜まっている事に気付いて、坂月は思わず息を呑んだ。そして、思ってしまう。可愛い、と。だが、そんな状況じゃない。
静かに、涙を溢れさせ、ユイナは告げる。
「明人は、明人の力は、きっと、『この世界』だけじゃなく、『他の世界』でも一番にあると思う」
「何、言ってんだよ……」
初めて会った時の様な、理解しがたい言葉に、坂月は眉を顰める。その頬に冷や汗が伝う。
「だから、だから、ね。私は決めた」
そこで一瞬の間、沈黙。そして、決断。
「明人は、生きるんだよ」
そう言って、ユイナは一歩、坂月に迫った。
「お、おい! 待て! ユイナ、……お前は! お前はッ!?」
坂月が叫ぶ。何をされるか、理解して故の焦燥。
ユイナは首を横に振る。相変わらずの可愛らしい小動物の様な仕草だが、現状、それを感じ取っている余裕等ありはしない。坂月の表情も決して、緩まなかった。
「私のアカシック・チャイルドとしての力を全部使って、明人を『送る』。だから、私は、」
エラーの波が、ユイナのすぐ背後にまで迫っていた。
「ユイナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、ユイナの右手が伸びて、ポン、と、坂月の額を押した。
ズブリ、と坂月の体が沈む。完全にその身が白に飲み込まれる直前に、坂月は見た。ユイナの真っ白な姿が、エラーという漆黒に上塗りされる光景を。
「ッ!!」