5.A brand new communication.―1
瞬間、坂月は現実世界の認識から一瞬にして切り離されて、森羅万象の事象が綴られる亜空間に意識を落す。
――先の未来。
坂月は願い。歩む。数歩進んで、事は動いたか、と思い、更に数歩進んで、そろそろ終わってしまったか、と思ってしまう。中々浮かび上がらない文字の羅列を眺め、進みながらそう思う。思ってしまう。心の隅で、早く終わってしまえ、と思う自身に気付かないふりをしながら。
(……、あった)
恐ろしく重なる文字の羅列。そこに、浮かび上がる文字、そして、光景があった。坂月はそこへと手を伸ばす。求め、欲する。
――教えろ、と渇望する。
そうして、恐ろしいばかりの情報が坂月の中へと流れ込んでくる。文字が、映像が、情報が、言葉や文字程度では表現しきれない程の、求めた未来に関する森羅万象の事象が坂月の脳裏に焼きつき、記憶として刻まれ始める。
「……、めんどくさい事になりそうだ」
未来を見た坂月はそう静かに呟き、文字の並ぶ空を見上げ、静かに瞼を下ろした。
そうして、戻ってきた坂月が見た光景は――何も変わらない。
「は?」
坂月は間抜けにそう声を漏らし、目を見開く。
予知には時間が掛かる。それが、坂月の知識だ。ユイナからそう言われただけでなく、ユイナが予知に時間を要してしまっている今、それを体験しているのだから間違いがない。
ユイナは坂月に伝えなかった。敢えて、そう。その理由はユイナだけの物だが、坂月は故に知らない。
――自身の力が、恐ろしい程の異常、だということを。
(どういう事だ……?)
光景が変わっていない。と、なれば、時間が進んでいない。光景が、事が進んでいない場合も考えには浮かぶだろう。だが、現状は人を殺す、殺さないのソレ。挙句、ソーサリーは無防備な状態で、――何かの考えを持った状態で――銃を構えるDFの前で抵抗の意思を見せているのだ。
――坂月が予知していたのは坂月の体感で大よそ五分。実時間は八分とちょっと。その間、二人は全く動かず、坂月の帰還を待っていたというのか。いや、ありえはしない。故に、坂月の考えは嫌でも一つに纏まってしまう。
『予知が一瞬で終わっているのか』と。
まさか、そんな、と坂月は思う。だが、『予知には時間が掛かるの。その時間は個人差があるけど、漫画やアニメの様に一瞬なんてのはないの』と、ユイナから伝えられていたのだ。坂月は信じる事が出来ないでいた。
そんな事を考えている坂月を他所に、事は動き出す。
ソーサリーが先に動いた。それは、ただ、右手を突き出すというだけの事。だが、それは異常で、異質だった。
ソーサリーの右手が、ズブリ、とまるで奴にでも突っ込んだかの如く、DFの腹部に、めり込んだのだ。
「な、なん……」
坂月はありえない眼前の光景に思わず身を引いた。何回も瞬きをして、光景を改めて確認するが、光景は変わらない。動きはしない。
だが確かに、沈んでいる。ソーサリーの右手は、DFの腹に突っ込まれている。
どういうことだ、と考えている間もなかった。
DFの手は振るえ、銃を撃つのも忘れ、ただ、ソーサリーの腕が突っ込まれた自身の腹部を見下ろしている。当然、動けない。
「終わった」
そう、ソーサリーが静かに呟いたと同時だった。
DFの身体が、『消し飛んだ』。
それはまるで、右手ではなく、爆弾でも突っ込まれてしまったかの如く。ただ、分散された。血を撒き散らす事もなく、ただ、引き裂かれる紙切れの如く飛散し、最初からなかったかの如く、それは消滅した。
「はぁ!? えぇ、なんだよコレ!!」
DFが消えてしまった事で自然と、意識せずに安堵を得たのか、坂月は声を発してしまった。そう、間抜けに驚き、すぐにソーサリーに近づいた。一方でソーサリーはDFに突っ込んでいた右手を払って、ゆっくりと坂月と向き直る。そして、言う。
「これについては帰りながら説明しよう。どうしてか、飛行機は動いている」
「わ、分かった」
そうして二人は来た道を戻る。
ちゃんと客席に戻れるかどうか、二人は不安を感じていたが、どうしてなのか、乗務員すらその事には触れず、二人は無事に席まで戻る事が出来た。二人が席まで戻る直前で、乗務員達がソーサリーの空けた穴の修復に向かった様だった。そこに疑問を抱くが、それより、と二人は席に戻る。まだ、ユイナは予知しているようだった。
坂月は眉を顰めつつも、ユイナを越えて席へと戻る。自身の予知について問うつもりでいたからか、心の中に潜むもどかしさは消えそうになかった。
周りの一般客は二人の登場でやたらと静かになった。声が響くから、と二人は囁くような抑えた声色で会話を交わす。
「さっきのあれ、何なんだよ!?」
「……あれはな」僅かに俯きながら、続ける。「俺の力だ。未来予知の弊害とでもいうか……。ディラックの海に干渉する感覚と似ているんだが、見えない何か、この空気中に漂う何かに干渉して、それを操作する事が出来るんだ。それが、さっきの光景。DFの存在に干渉して、操作して、消してやった。そういうこと」
「……なるほど、よくわからなかった」
「……はぁ」
溜息が漏れる。二人の、である。