4.follow me.―3
「マズいな……」
それに一番に気付いたのは通路側に腰を落ち着かせていたソーサリーだった。彼女の視線は鋭く変わり、眉を顰めて忌々しげに糸切り歯をむき出しにして向かってくるDFを見据えている。ソーサリーは知っている。予知を無理矢理に中断させる事が出来ない、という事を。だから、気付いてユイナを起こそうとする坂月の動きを片手で制して止めた。
「おい……」
そんなに視線を投げていたら見つかるぞ、という坂月の必死の声がソーサリーに掛けられるが、既に遅かった。DFは既に坂月達を捉えていて、こちらへと向かってきているのだった。
「無理だな。逃げるしかない」
静かに、周りの席に聞こえない程度の声でソーサリーが言う。
「ユイナはどうすんだよ!?」
慌てつつも、坂月も音声を抑えて返す。
ユイナは起きない。予知を終えるまで目を覚まさない。彼女を背負ったまま、この狭い機内を走り回るのは無理だろう。故に、目覚めを待つしかない。だが、起きる様子もない。
「もう待てない。一人捨ててでも数多くが残るのが有意だ」一息ともいえない間を挟んで、ソーサリーは続ける。「それに、俺達二人で逃げれば、こっちを追ってくる可能性があるだろう? ユイナは予知中で俺達を捕縛してからでも戻って捕まえる事が出来ると考えるだろう。つまり、だ。俺の今考える最善はコレ、なんだ」
ソーサリーは言って、席から立ち上がった。有無を言わせる隙を与えない。坂月は言葉に考える時間を欲したが、考える時間はない。故に、それが最善だと思い、立ち上がるしかなかったのだった。
通路へと出て、DFを睨むソーサリー。そして、ユイナを越えて通路へと出た坂月。二人を見つけ、訝しげに眉を顰めるDFの一人。
「後ろだ。最後列まで行くぞ」
ソーサリーの呟きと同時、チェイスの開始。
即座に踵を返して駆け出したソーサリー、そしてソレに続く坂月、DF。当然、光景に機内は騒然とし、喧騒を生み始めた。猛速度で通り過ぎる景色の所々で、CA達が驚愕の表情を間抜けに浮かべ、三人を止めようとするのだが、DFの影がマイナス要因になったか、強制力を持てず、何も出来ずに道を譲るしかなかった。
「少しで良い。時間を稼いでくれ」
最後部まで後少し、という所でソーサリーは駆けたまま、振り向く事もなくそう言った。
「はぁ!? DF相手だぞ!」
気だるさが癖にもなっている坂月でも、声を上げて反論せずには居られなかった。だが、返ってきた答えは、「DFでも、だ」
今現状で、ソーサリーが坂月よりも力を持っている事はハッキリとしている。故に、坂月はこの窮地を乗り切るために、ソーサリーの指示にしたがって更なる窮地へと踏み込まねばならなかったのだ。
くっそ、そう吐き出して、坂月は疾駆を突然止め、踵を返して向かってきたDFと向かい合う。その後ろで、ソーサリーは最後部まで一気に駆けて行った。
「う、うぉおおおおおおおおおおおお!!」
ほんの一瞬の躊躇いを挟んで、坂月は向かってくるDFへと飛び込んだ。もしや、と思ったのだ。互いに。DFは「坂月が飛び込んでくる!?」と感じ取り、思い。坂月は「腰に銃が装備されているかも」、と思った。
そして二人は衝突。脇に一般の乗客が座る席が並ぶ通路で、派手に二人はぶつかった。やはり、訓練されている経験の差と勘の差か、DFが坂月を受止める形となった。
だが、まさか銃を奪うとまでは考えていなかったのだろう。DFの腰に抱きつくような体勢となった坂月は、手を伸ばし、腰に装備された銃を手中に収めていたのだ。そして、無理矢理に、意固地にまでなった坂月はDFを振り切り、抜け出し、僅かながら距離を取って離れた。
気だるさ満点の性格が故に、坂月はその場その場で一般人と比べて、だが、冷静に周りを見る事が出来るのだ。当人はそれに気付いてなどいないし、気付ける場面も今までに経験していない。だが、確かにそうだったのだ。
「動くなよ!」
一瞬の、だが、極度ともいえる緊張のせいで荒れた呼吸を隠さずに、坂月は機内に響く程の大音声を上げた。機内は騒然とする。だが、何故なのか、飛行機は動き出したようだ。機長にまで、現状が行き届いていないのか。
そして、飛行機はタイミングよく、揺れた。
坂月も、DFも、突然の揺れに対応できず、体制を崩し、近くの席に手を掛ける形になってしまう。
そこからの再起が早いのは、当然、訓練されてきたDFである。これはチャンスと見たか、DFは坂月の指示を無視して、坂月に向かって飛びかかってきたのだ。
「ッ!?」
これには坂月の反応も考えも追いつくはずがない。
だからか、――坂月は、引き金を、引いてしまった。
機内に近未来化もとい沈静化された発砲音が僅かに響く。そして、乗客が生み出していた喧騒も止まる。
そして見えてきたのは、DFの胸元から上がる焦げる様な硝煙。そして、そのすぐ上のDFの表情。
坂月は相等締まらない、間抜けな表情をしていた。銃を、人に向かって撃ってしまった、と。そんな驚愕の表情を。だが、DFの表情もまた、負けていない。だが、しかし、DFの表情に張り付くのは、何故なのか、『やってしまった』という後悔の色。それは、決して、『撃たれてしまった』という死に際の表情ではない。ただ、禁忌を犯したような、そんな表情。
「く、くっそ!!」
どうしようもなく、焦燥に駆られてしまった坂月は、とにかくこの場から離れようと、銃を捨て、踵を返し、ソーサリーの後を追うように駆け出した。その間も、DFとは別の『やってしまった』という考えが頭から離れなかった。
そして、坂月が去ったその場で、DFは――表情を変えた。それは、無機質な、ロボットの様な、作り物の様な、そんな表情。胸を最新鋭の銃で撃たれたというのに、倒れる事もなく、ただ、そこで突っ立つDF。飛行機も滑走路へと向かって移動を続けていて、機体は揺れている。だが、DFの体は微塵も揺れなかった。
一言、異質だった。思わず、周りの一般人も、CAも、黙り込んでしまう程に。