ver.1番外編
「是非発見したときをみてみたいわ」
という友人のリクエストに応えて書いた作品です。
「ま…こと…?」
真っ赤だ。
ただそう思った。
白かったはずの浴槽は、流れるシャワーで薄まった血液で絶えずコーティングされている。 どのくらいそうしていたのだろう、血を流し過ぎた青年の顔は蒼白であった。
「真っ!?おいっ、真!!」
青年の名を読んで、服が濡れるのも構わず駆け寄る。
血の気が失せた彼は、冷めきった湯に腕を浸けたまま、シャワーから流れる暖かな湯を頭から浴び手首から血を流していた。
「っ!?」
───冷たい。
慌てて掴んだ真の腕は、恐ろしく冷え切っていた。
「な、んで……」
ガチガチと歯が鳴り、体が瘧のように震える。冷たくなった友人を前に固まってしまった身体は、救急車を呼ばなければと思うのに動いてくれない。
目が覚めたとき、彼が寝ているであろう客用の布団は、自分が敷いたときのままで、誰かが寝た様子はなかった。
昨夜突然家に押しかけてきた友人である彼が、何故いないのだろう。不思議に思い部屋のなかをウロウロとしていると、シャワーの音が聞こえてきた。
前の晩も入っておいて人の家で朝風呂もかよ、と呆れつつ二人分の朝食の準備をしていたのだが、その準備が済んでも、友人が姿を見せない。
さすがに心配になって声を掛けたのだが応答はなく、名前を呼びながら扉を開けたら血にまみれた友人の姿があった、そういう次第だった。
呆然とそのまま浴室の床に座り込むと、手に何かが触れた。
「なっ……!」
一本のカミソリだった。
刃の部分は真っ赤に染まり、刃こぼれさえしている。
「真……お前、まさか」
自分で切ったのか、小さく呟いて、頭が真っ白になった。
───その後のことは、あまり記憶にはない。
なんとか救急車を呼んだことだけはボンヤリと覚えている。 次々に質問され、真の家族に連絡を入れたのは病院側の人間だった。
真の親族にはものすごく責められた。当然だろう、人の家で自殺を図るなんて、その人物を恨んでいるとしか思えない行為だ。
当然、彼らは自分こそが友人の自殺の原因だと考えた。
……しかし、当の本人である俺には全く覚えがなかった。
何故彼は、この場所で亡くなったのか。
昨日は普通だったはずだ。ケンカらしいケンカだってしたことはないし、仲は良かったと思う。辛いときはお互いを頼るぐらい互いを信用もしていた。
なのに。
それなのに。
「何なんだよ……お前」
何か言えよ。
葬式で死に化粧を施された友人は、穏やかな死に顔を浮かべている。
「ふざけんなよ、勝手に、死んでんじゃねぇよ…!!」
恨んだし、怒った。
恨まれる覚えもないのに殺人者扱いをされ……もちろん、完全な自殺なのは警察が証明してくれたが……大切な友人をなくした。
どうして俺なのだ、と俺の方までおかしくなりそうだった。
俺がお前に何をした。
あの日俺に見せた笑顔は嘘だったのか。
本当は辛かったのか。
───あの日わざわざ寝ようとした俺を引き止めて告げた『おやすみ』がまさか永遠になるなんて、誰が思うのだろう。
「ふざけんなよ……、ふざけんなっっ!!」
泣いたし、叫んだし、憎んだ。
何年も何年も、それだけだった。
笑うことも出来ず、何年もただ、人形のように生きていて───。
「……さん、おとーさん?おとーさんってばっ!!」
ハッ、と気付いて顔を上げれば、息子がふてくされた顔で自分の顔を見つめていた。
「あ……、ごめんな。ちょっとボーっとしてた」
「ふんっ、もういいよ。お風呂お母さんと入ってくる」
「あ、いいよいいよ。お父さんと入ろう」
勇は、学生時代のようにはスムーズに動かなくなった体で立ち上がる。
───あれから15年以上の月日が経った。
どんなに辛く苦しい日々を過ごしても、生きている限り時は流れていくものだ。
俺はあの後に結婚もし、一人の息子にも恵まれている。
妻は就職先で出会った同僚で、今は二人目の子どもを妊娠中だった。
真の死のあと、真が実は椎名に告白されていたことを知った。
しかし彼は、俺の好きだった人に告白されていたことを俺には告げずに、振られた俺を何も知らないフリをして慰めた。
挙げ句の果てには俺の家で命を絶ってしまった。
俺を慰めながらも、心の内では俺を憐れんで笑っていたのかと。本来なら、俺が憎むのが筋であろう?
彼がどうして俺の家で命を絶ったのか、それは未だに分かっていない。彼は一人ですべてを抱えてあの世まで持って行ってしまったから。
お前は、どうして死んだ?
俺に何も相談してくれなかった?
俺が嫌いだったのか?
友人だと思っていたのは、俺だけだったのか?
……そんなにも、何がつらかった?
俺は、15年以上たった今でも尚、それが分からない。
今でも恨んでいないと言えば、嘘になる。
……けれど彼は、俺に何かを伝えたかった。今になれば、それだけは分かるから。
俺はそれを見抜けなかったけれど、彼という存在を忘れてはいけないと、ただそれだけは思った。
……そして俺は、自分の息子に「真」という名前を付けた。
その名前を呼ぶ度、浴槽を見る度、彼の存在を思い出す。
「……真」
なあに?と大きな瞳で応える少年は、彼はと全然似ても似つかないだけに、俺は彼を思い出す。
その名前を呼ぶ声は、穏やかな愛に満ちていた。
END
今回の番外編、友人のリクエストがきっかけではありましたが、毎回のごとくちゃんと目的を持って書きました。
番外編では、本編で残された疑問の回収と、勇から見ての真という人物を書いてみようというのが目的……というより目標ですかね。
真は、勇に覚えて居てほしかった。恨んでもいいから、自分という存在を勇の中に残しておきたかった。
そういうラストでした。
果たしてその後、勇は真を恨んだのか?
彼はきちんと真を覚えているのか?
真が何故死に場所をここにしたのか、勇は分かるのか?
そういった疑問は読者の皆様のご想像にお任せするという形のラストを取りました。
まあ今回友人から是非発見したときを見たいとのリクエストがあったので、どうせなら種明かしっぽくかいてみようかなとww
勇は真の望み通り、真のことは15年たった今でも忘れてはいません。
息子に「真」という名前を付けてまで、彼の存在をこの世に繋ぎ止めています。
それは多分彼なりの真に対する贖罪なのでしょう。
自分が真の苦しみに気付いてやれれば、真は死ななかった。
勇はそう考えます。
まあ実際には、真の苦しみを知ったら勇の方が苦しむ羽目になったと思うし、知ったところで勇には何も出来なかったと思います。
ましてや傷を深くすることしか出来なかったかもしれません。
それでも勇は、真の『忘れないで欲しい』という気持ちだけはキチンと受け取って、今でも、そしてこれからも彼を覚えているのでしょう。
決して、真への想いは恋ではなかったけれど。
確かに真には、確かな友情という名の好意はあった。思いがありました。
それを、ラストの一文で表現出来ていたらいいなと思っています。
息子に真と名付けるなんて息子が可哀想……と思われる方もいるかもしれません。
初め書いていて私も思いました。
けれどそれもまた、勇なりの愛の形ではないかと、私は思っています。
つまり『今度は守る』。そういう決意です。
苦しみに気付き、正しい愛情を与え、決して死なせたりなんかしない。
そういう、過去があってこその勇の決意だと思っています。
真と勇の物語としては、私がこれが最高のハッピーエンドだと思うのですが、皆様はいかがでしょうか?
愛情の種類は違っても、確かに思い合っていた2人。
死しても尚、愛した人の記憶の中に残っていられるというのは、真にとっては最高の幸せだと思います。
結ばれることがないのならせめて……。
そんな思いは正しく勇に届きました。
『人間が本当に死ぬのは、人に忘れられたとき。』
そういう言葉がありますが、その言葉を借りるなら、真は一番覚えていて欲しい人の中で、彼が死ぬそのときまで、彼の中に生き続けるのでしょう。
それは最高の幸せだと思いませんか?
……なーんて。
結構クサいことを書いた気がします///
でも、いつもちゃんとこういうことまで考えて書いているんですよ!
ただ楽しく書いているだけじゃないよ!
まあ楽しいのが一番だけどね!←
ではでは。
私の目標が達成されているのかどうかは、読者の皆様にお任せします。
真と勇が、少しでも読者の皆様の心に残ることを祈っております。