ver.1 後編
その日の夜二十二時、真は勇の部屋のチャイムを鳴らした。
「真っ?どうした。お前が珍しいな」
何だよ、今度はお前が振られたか?と勇は茶化してくる。
「……まあ、そんなところかな」
小さく笑って、勇のアパートの一室へと上がり込む。勇はどうやら風呂上がりの一杯を飲んでいたらしく、首に湿ったタオルをかけたままだった。小さなテーブルにはつまみと缶ビールが置いてあるのが見える。
「んで、何があったんだ?」
……優しい勇。こんな俺を友達だといい。悩みを聞いてくれようとする、キレイな友人。
そんな男を愛した自分は、なんと醜いのだろう。
どうして、彼を傷つけ、困らせることしか出来ないのだろう。
「……今日は、嫌なこと忘れてパーッとやりたいんだ。付き合ってよ」
俺たちは、そうして他愛のない話をした。
高校時代のこと、進路のこと、サークルのこと、友人のこと……。
深夜の二時を回り、風呂に入っていた勇は寝ることにしたらしい。
「お前は風呂入れよ。タオルは棚に入ってるし……あ、風呂のお湯だけ抜いてきてくれ」
「りょーかい」
二人して酔っ払ったおぼつかない足取りで立ち上がると、ふいによろけた。
「うわっ!?」
「うぉっ!?」
ドタンッという大きな音の後に、気付くと真は勇に覆い被さるように倒れていた。真はたじろいだが、意を決して真は抱きしめるように一度だけ腕に力を込める。
「おいっ…大丈夫か、真?」
「……ごめん、な」
良いって、そう言って二人して立ち上がる。
心配の色を見せる勇の瞳に、先日椎名のことを語った勇を思い出す。
……あんな風に、こいつに、愛されてみたかった、と。
───今の謝罪に込めた思いを、彼は一生知ることはないのだろう。
弱くて、ごめんな。
醜くて、ごめんな。
好きになって……ごめんな。
寝室を目指す勇の背を、真は一度だけ呼び止めた。
「勇!……おやすみなさい」
「あぁ……おやすみ」
───最期に笑ったお前の顔が見られて、本当に良かった。
真は風呂場に入り、持ってきた新品のカミソリを取り出す。
シャワーを全開にして、湯船に手を浸した。
「ごめんな」
酷いことをしていると、分かっている。
……だって、あいつは何も悪くない。
なのに俺はお前に汚く思われるのが嫌で、嫌われるのが怖くて、勝手に死ぬ道を選んだ。
好きな男の家で自殺を図るなんて、馬鹿なことをしていると我ながら思う。
間違いなく第一発見者は勇だろうし、友人の死体なんか見たりしたら、トラウマになるかも知れない。
だけどこれは……俺の、最期の我が儘だから。
この場所で死んだ俺を、恨んでもいい。憎んでもいい。
だから。
だから……。
───どうか忘れないで。
お前を愛した男が居たことを、どうか覚えていて。
憎しみでも悲しみでも、何だっていいから。
忘れないでくれるなら、どんな感情でも受け入れるから。
「死んだら、少しは泣いて、くれるかな」
一瞬でもいい。俺だけを見て、俺のことだけで、いっぱいになればいい。
少しでいいから、お前の存在を、独占させて。
愛されることが出来ないのなら、せめて、忘れないでいてと。
……こんな醜い気持ちで、お前を好きになるつもりは、なかったのに。
───流した涙はシャワーに紛れて、誰にも気付かれることはない。
カミソリを静かに引いて手首を切って、流れていく血をぼんやりと眺める。
不思議と切った痛みは感じなかった。
多分……付けた傷以上に、この胸が張り裂けそうに痛いからだろう。
「ごめんなさい……愛してる」
そこまで言って、真の意識は闇の中へと沈んでいった。
FIN
これでver1はおしまいです。
3まで続く予定ですのでお楽しみに。