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ver.1 前編

さまざまな人の想いが交差する恋愛のお話です。

一部流血シーンがあるため15歳未満の方の閲覧はお断りいたします。

バットエンドですのでご注意ください。

「真くんが……好きなの」


 俺の名前は(まこと)、現在大学三年生。

 肌寒くなってきた十一月の中旬の大学の中庭で、その告白劇は繰り広げられていた。

 同じく大学三年生で、真とは同じサークルに入っている彼女、椎名(しいな)が告白主である。


 俯いている彼女の顔は赤く、微かな体の震えは寒さのせいではないのだろう。

 つまり、気持ちは真剣そのものと云うことだ。

 真剣な気持ちには、真剣に答えを返してやらないといけない。───たとえそれが、拒絶の言葉であったとしても。


 彼女には好感を抱いている。明るくて気さくで、しかし女らしい部分もキチンと持ち合わせていて、軽い関係を好む人ではない。

 誠実で努力家で、その上ちょっとそこらではお目にかかれないくらいの美人から告白されたとなれば、確かに嬉しい。

 しかし真は、告白された瞬間一人の人物が頭をよぎった。

 だから、彼女の気持ちに応えることはできなかった。

「……ごめん。俺、椎名のことは好きだけど、そういう風には好きじゃない」

「っ、」

 ビクリ、と自分の言葉に傷付く姿を見るのは、拒絶する側としてもつらかった。

 しかし、かといって試しに付き合ってみようかな、という軽い気持ちで付き合うのは、彼女に対して失礼だ。

「他に……好きな人でもいるの?」

「……ああ」

「そっか。……じゃあ、しょうがないよね」

 振られちゃったなぁ、と大げさに言って見せる声は震えていて、真は彼女の傷の深さを痛感する。

「……ごめん」

「謝らないで」

 ピシャリと彼女は言い切って、真に向き直った。

「真くんは、ちゃんと断ってくれた。人を好きになるのは悪いことじゃないんだから、あなたが私に謝る必要なんてどこにもないわ」

 くやしいけどね、と笑う彼女の方が、自分より余程強い人間だった。

「……友達で、いてくれるでしょう?」

「椎名が、それで良いなら」

 差し出してきた手のひらを、強く握り返す。

 俺達はサークルの仲間で、そして──友達だ。


「……お前、良い女だな」

「今頃気付いたの?」


 遅いぞ、と茶目っ気たっぷりに返す言葉に、もうあの震えはない。



 この告白がすべての始まりだと、そのときの真には知る由もなかった。





 告白劇から二週間くらい経ち、夜の二十一時を回った頃、一人暮らしをしている真のアパートのチャイムが鳴らされた。

(誰だ?こんな時間に……)

 ドアののぞき穴から覗くと、そこには……。

「勇っ?」

 ドアの向こう側には、友人である(いさむ)がコンビニ袋を手にぶら下げて立っていた。

「い、今開けるから……」

 思いがけない友人の姿に、真はもたついた手でドアに掛かった鍵とチェーンを外し、友人を自宅へと招き入れた。

「……悪い、こんな時間に押し掛けてきちまって」

 迷惑だったよな、という勇の顔色が余りにも悪くて、真はすさかずフォローを入れる。

「平気だよ。テレビ見てただけだし」

 家に上がるように告げて、徐に差し出して来たコンビニ袋の中身に目を向ける。袋の中身はは酒とつまみ。こりゃ相談事が愚痴だなぁと踏んで、真は狭いリビングに座布団を敷き、勇を招き入れた。

「……振られ、たんだ」

 狭いリビングの入り口に上着も脱がずに立ち竦んだまま、勇は告げた。

「振られた?」

 お前がか?と疑ってしまうのは、しょうがないことだと思う。

 勇は身長一八〇センチを越す長身で、顔立ちも整っている。一時期は、スカウトされてメンズ雑誌で読者モデルをしていたというから、勇の格好良さは世間的にも認められているだろう。

 それに加えて彼はその経歴を鼻にかけた態度をとるでもなく、幼い頃から祖父母と共に住んでいたという勇は常に謙虚だ。

 言うまでもなく彼はモテるし、振られたことも信じられなければこんな時間に友人の家へ押し掛けてくるのも珍しかった。

 まあだからこそ、訝しむような声を上げたのだけれど。


 問う言葉に勇は力なく頷くと、敷かれた座布団に座った。高校から六年の付き合いになるが、珍しく本当に落ち込んでいるらしい。

 腹立つことに、振られなれていないからだろう。まあ、勇はそれほど惚れっぽい訳ではないけれど。

「相手、聞いてもいいか?」

 相手も知らなければ上手く慰めることも出来ないと聞いてみれば、勇は少しの間の後に小さな声でその名を口にした。


「……椎名」

「えっ?」


「……そんなに、驚くことか?」

「えっ、あ、いや……」

 思わず、驚いたような声を上げる。だって、その名は先日俺に告白してきた相手の名前であったから。

 そして、あの時に真の頭をよぎった人物を鑑みれば、ツライ現実であることを真は知ってしまった。


───椎名から告白されて、一番最初に思い浮かんだのはこの勇の顔だった。


「っ……」

 つまり、椎名と俺と勇を繋ぐ矢印は、綺麗な三角形となるのだろう。


(なんだよそれ……三角関係、ってやつか?)


 勇にも言ったことがなかったが、真はバイセクシャルであった。

 勇にも紹介したことのある元カノの前には、男の恋人がいたこともある。勇はノンケであるが、同性愛に関して偏見のあるような人間ではないため打ち明けようとしたこともある。

 だが、勇を恋愛対象として見ていることに気付いてしまったため、言い出せなくなってしまったのだ。

「……そんなに落ち込むくらい、椎名のこと本気だったんだ」

「ああ」

 好きだった、と呟く勇の瞳には椎名が俺に向ける瞳と同じ熱を湛えているのを見て、胸が苦しくなる。


……どうする、言ってしまうべきか?


 真は迷う。

 椎名が好きなのは俺で、でも俺は、勇が好きだから断ったのだと、言ってしまって良いのだろうか。


───いや、言っても栓のないことか。

 俺は、こいつを困らせたい訳じゃない。……だとしたら、俺に出来ることは。


「今夜は、付き合うよ」

 愚痴れ。と笑顔で言ってしまうあたり、自分も大概お人好しだなぁと思う。

 ただ、自分の気持ちを隠すことで勇の傷を癒すことができるのなら、それはそれで良いかなぁと思う。


 勇の差し入れの缶ビールを開けて、勇に差し出す。自分も一つ拝借して、思い切りビールを飲み込む。


───本当に伝えたい、言葉と共に。





 真が今日の講義を終え帰り支度をしていると、サークルの友人が声を掛けてきた。

「なぁ真、ちょっといいか?」

「?どうしたんだよ」

 手招きをされて二人して廊下に出ると、友人は俺の肩を寄せ耳打ちするように問い掛けた。

「お前、椎名のこと振ったって本当?」

「……なんで知ってるんだよ?」

 怖い顔で睨むと、友人は悪びれもなく言った。

「椎名本人に聞いたんだよ」

「本人に?」

 あいつそんなに口軽かったっけ、と思った。人の相談や噂も椎名は誰かに内容を広めたりしない、他人のことは勿論、自分自身のことに関しても秘密主義なところがあった。

 胡乱な表情を浮かべていると、友人は勘違いするなと手を振った。

「あいつの様子があまりにおかしかったんで、俺が問い詰めただけだよ」

「おかしかったか?」

 真は今朝も椎名と顔を合わせたが、特におかしなところはなかったと思うが。

 逆だよ、逆。と友人は笑った。曰わく、普通すぎておかしかったのだと。

「真は気付かなかったと思うけどさ、結構あいつわかりやすかったと思うのよ。真に対しては好き好きオーラっていうかさ。だけどここ最近そのオーラがないし顔もどこか表情がないし。変だなぁってさ」

「あぁそっか。お前椎名と幼なじみだったっけ」

 確か小学生からの腐れ縁だと言っていた。

「……勇は、そのこと知ってるのか?」

「勇?いや、あいつが好き好んで話さないこと広める趣味はないし。俺はお前にしか言ってないよ」

 一番気になることを聞いてみれば、なんで?とキョトンとした顔で聞かれて、なんでもないと答えておいた。

「とりあえず、俺は椎名と付き合うつもりはないよ」

 じゃあな、と手を振って友人を見送ると、真は嘆息した。


 そして、今更気付いた。

 椎名に告白されたことが、勇の耳に届いたらどうする?


……もし、罵られたら?

 お前が振った女に振られた俺を、慰めるフリをして心の底では笑っていたのかと勇に罵られたら……俺はきっと、生きていけない。


 だって……俺は、勇が好きだったから。


 友人として俺を慕ってくれたお前を好きだったから、伝えることなんて出来なかったのに。


 結局は、その思いが巡りに巡って、勇を傷付けてしまった。


───俺の、せいで。



「っ……勇」



 好きだよ。



 伝えることの出来ない言葉は、涙にして流してしまいたいと思った。

 けれど、いくら流してもあいつへの思いは流れてはくれなくて。


 窓ガラスに映る自分の瞳に。

 椎名が俺を見つめた瞳と、勇が椎名のことを語るときの瞳と同じ熱を湛えているのを見つけて、皮肉だと笑った。



 そして、真は、残酷な選択をしたのだった。






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