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その翌日。御子と良平は、空港のロビーにいた。礼似が由美の護衛に回ってしまったので、仕方なく二人がクスリを買った娘の地元のマチへ、足を運ぶ事になったのだ。
「あーあ。礼似は奥様達とスキ―三昧。私達は名前も聞いた事のないところで、地道に調査。随分な差ね」
礼似に負けず劣らず、寒さの苦手な御子は不満を口にした。
「しかし、礼似さんが貿易会社の件と、中里と田沢の事は調べてくれたし、調べるマチもほんの小さな町らしいから、半分以上、済んでいるようなものだろう。あとは買った人間を洗って行って、二人の所在をつかんだら、R国とのパイプを切ってしまえばいいんだ。そうすれば元が断てる」
良平はなだめた。
「そうね。二人のうち、どちらかがパイプ役だろうから、そいつを警察に突き出せば、全ては一件落着か。案外スムーズに済むかもね。そうしたら、観光でもして行こうかな? 寒いのは嫌だけど、せっかく美味しい物の多い所に来たんだし」
御子も何とか理屈をつけて自分を納得させようとする。礼似の尻拭いだと思うと癪だから……
札幌から高速バスに乗り換えて、小さな町へ一気に出る。礼似が検討していたルートだ。由美達がいるY市からも、それほど離れてはいないらしい。交通の便はすこぶる悪いが、距離的にはそうでもないのかもしれない。
そもそも、炭鉱町としてさかえていたY市とともに、昔はそれなりに栄えた町だったようだが、Y市の閉山とともに、今はすたれる一方のようだ。タクシーに乗り込み、山間の温泉宿泊施設に向かう途中で、運転手が話してくれた。
「このマチだけじゃありませんよ。この辺の小さなマチや集落はみんなそうです。炭鉱時代に小金をためた奴は、みんな札幌や内地に行ったし、残っているのは農家や年寄りばかり。これから行くところにも店なんかロクにありません。土産物以外に買い物があるなら、こっちで済ませておいた方がいいですよ」
確かに車窓から見る様子では、小ざっぱりとはしているが、ファミレスも、ファーストフードも、カラオケさえ縁のなさそうな、商店街が雪に埋もれるように連なっていた。厚着の老人達がポツリ、ポツリと歩道を歩くのが見える。
温泉に向かう国道に出ると、バス停に高校生らしき集団がいる。近くに学校があるらしい。
そこにいる少女達の足元を見て驚いた。いわゆる「なまあし」の状態だ。ミニスカートにコートを羽織っているが、隙間から太ももの素肌が見える。外は氷点下の十度を下回っているはずだ。
「こっちの女の子って、すごいのね……」
御子が思わず、感嘆の声をあげた。
「今の子は何でも東京の真似をしたがりますからね。これで家に帰れば寒い寒いと大騒ぎして、バカみたいに暖房の温度をあげるんだから、どうしようもありませんよ」
運転手も苦笑している。
「まあ、おしゃれに関心の高い年頃でしょうしね」
御子が相槌を打つと、運転手は話を続ける。
「男の目が気になるんでしょうねえ。遊ぶところなんか何もないせいか、そんな事ばかりマセて……。今の子は外でも平気でベタベタするし、あっちこっちで『路チュー』ってやつもするし。以前は大人の目も行き届いていたんですが、今は、高齢化の上不景気だ。ジジ、ババも孫を見たり、近所の子の様子をうかがう余裕がなくて、自治の仕事も働かなきゃならなくなった年寄りと、数少ない若い者で押し付け合ってる。以前は仕事は若い者に任せてそういう事は目上の者が監視出来たんですけどねえ」
途中からは完全に愚痴になってしまっていた。
例の娘も「田舎で楽しい事なんか何にもない」と、言ってたそうだけど、この環境では健全過ぎて、若い子には刺激が足りないかもしれない。親の安心が裏目に出ている。しかも、そういう事情で大人の目が行き届かなくなっているのであれば、なおさら、悪い遊びに手を染めやすいのかもしれない。何より、好奇心旺盛な年頃だし。
これから、そういう子たちの噂を聞いて回らなければならない。何となく良平と目を見合わせて、御子は軽いため息をつく中、車は真新しげな温泉施設に滑り込んで行った。