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高速に乗ってから、目的の「Y市」に入るまでは早かった。ところが、そこから由美達のいる山間のスキー場周辺までは結構遠かった。空き腹をカーブに振り回されながら、どうにか目的のホテルにたどり着く。
ロビーに入った途端に、タエの、大げさなほどの声に出迎えられた。
「まあ! 礼似さんじゃ、ありませんか! 偶然ですこと!」
あんたのおかげで、私はここに来たんじゃないの。そう言いたい気持ちをおくびにも出さないようにする。これでも元は詐欺師。一応のプライドはある。いつものようにこてつを連れた由美も気がついて(当然だ)声をかけて来た。
「こんばんは。こちらへはスキー旅行ですか?」
「ええ、たまには女一人で滑るのも、悪くないかな? って思って」
愛想よく適当な返事をする。由美は礼似の荷物を見ると、
「今着いたばかりですの? お腹が空いたんじゃありません? よろしかったらお食事、ご一緒しませんか?」
それはもう空腹だ。夕食時にいきなり移動させられたのだから。礼似は本気で頷いた。
「私達もこれからなの。タエさんが何だかぐずぐずしているんですもの。ちょっと変わったお食事が楽しめるのよ」
タエがぐずぐずしたのは、自分の到着を待っていたのだろう。しかし……変わった食事?
「じゃあ行きましょうか」
由美は荷物を預けた礼似を、そそくさと引っ張って、華やかにデコレートされた(!)自家用車に、こてつもろとも乗せた。こてつは当然な顔押して助手席に収まっている。車はすぐ、目的地に着いた。
「ここ・・・、学校?」
礼似は建物を見て唖然とする。
「学校を改造して宿泊所にした所なんですって。今はいろんな合宿を行っているそうなんだけど、ここでお食事をとろうと思うの」
由美は楽しげに言うが、何だか嫌な予感が……
出された食事は、学校給食だった。それも、今時の、こったものではない。ふた昔以上前の、素朴な給食。
揚げパン。ビンの牛乳。竜田揚げ。クリームシチュー。みかん。これらの物がアルマイトの食器に入れられ、トレーの上に乗せられて、先割れスプーンまで添えられていた。
一日中、寒い思いをして調べ回った挙句、夕食がコレ?……ほとほと、こなきゃ良かった。こんなところ。
由美は揚げパンをちぎっては、懐かしそうに味わいながら、
「こてつ、お前は食べられなくて残念ねえ」
と、こてつ用に用意された食事を満足げに味わうこてつに、一方的に話しかけている。どうやら由美は、この素朴な食事を楽しんでいるらしい。
「今度主人にも、これを作ってあげようかしら?喜ぶかしらね?」
由美の言葉に、一瞬、会長が、学校給食の皿を前に、唖然とする姿が、礼似の脳裏に浮かんでしまった。
「やっぱり、付けられているわね。視線を感じる」
スキー場に隣接されたホテルの部屋で、由美が温泉に入っている間、礼似はタエと話していた。ベッドの上ではこてつが例のごとく、真っ直ぐに寝ている。
あの後、あの食事ではさすがに寂しいと、ホテルのレストランで食事をしなおしたのだが、その時から視線はずっと感じている。近くの席に落ち着きのない感じの、若い男が二人、座っていた。彼らの視線に違いない。
「それにしても、ここ、どう考えてもペット可って感じじゃないわ。会長が無理やり手をまわしたんでしょ? こんなことするから、奥様がかえってつけ狙われるのよ。会長もどれだけ奥様とこてつに甘いんだか……」
「それより、私、スキ―、初心者でろくに滑れないんです。とても奥様に張り付いてなんていられません。突然で申し訳ないんですが、何とか、奥様を守ってあげて下さい」
タエはすがるように頭を下げた。