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礼似と土間は早速、娘の後をつけていた。小ざっぱりとした身なりで、見るからに優等生の風情。自分達の学生時代とは(土間は男子だった訳だが)正反対のタイプだ。
冬の陽は短い。この時間でも、辺りは夕暮れ時の様子を漂わせていて、人通りも全くなかった。
娘の行く手に一台の車が止まっている。良くある白のセダンタイプ。しかしガラスの色は極端に濃く、中が伺いにくくなっていた。娘はその車の横で立ち止まる。おびえた表情を見せている。
車の窓が開き、男が顔を出した。一言、二言の言葉のやり取り。娘は何かを受け取った。ゆっくりとうなずく。
男が車を発進させようとした時、いきなり目の前に刃が現れた。身体が思わずのけぞる。
「ちょっと話を聞かせてもらおうじゃないの」
土間はすごみ、礼似は少女の小袋を持った手の手首をつかんだ。
「だ……誰だ? お前ら?」
目の前の刃に脂汗を流しながら男が聞いた。
「疾風の礼似。この名前に聞き覚え、ない?」
礼似が尋ね返した。
「ド……、ドレミ三婆……!」
男が思わず口走る。
「ちょっと! 今なんつった?」
礼似は男の胸ぐらをつかんだ。
「この世界でそういう呼び方を、陰でされているのは知っていたけど……。私の目の前でいい度胸ね」
勢い余って礼似は男の首元を締め上げる。男は息をつまらせて、目を白黒させた。
「ちょっと、つまんない事でカッカしてないで、その子からも話を聞いてよ」
土間に言われて仕方なく、礼似は少女に向き直って聞いた。
「あんたね。このクスリを学校に広めたのは」
「ひ、広めたなんて、そんな……。隣の席の子に、少し分けただけです。そしたら、その子もハマっちゃって……」
「言い訳しないの。渡せばハマる事は承知の上だったんでしょう? その子が自分と同じように、クスリ代欲しさに広める事は、見当がついたでしょうに。その子が同じ苦しみを味わってもよかったの?」
「だって……。転校したてだったし、その子のこと、良く知らなかったし。どうしてもクスリが欲しかったし……」
「転校したてって……。いつからクスリをやってたの?」
「一年前、二年生の冬から。友達にもらって」
少女は小さく震えながら答えた。頭はいいのかもしれないが、こうしてみると、やはり中学生だ。幼さは隠しようもない。真っ青になって半べそをかいている姿はいかにも子供っぽい。
「じゃあ、北海道にいた時からって事ね。これじゃ、母親が束縛する訳だわ。そんな友人関係、危なっかしくてしょうがない」
「その子、そんな悪い子じゃないんです。一番仲の良かった子だし。それにその子だけじゃない、結構何人かの子がやってたんです。田舎で楽しい事なんか何にもないマチだし、同じくらいの年の子も少ないし。ちょっと興味をそそるクスリだったの。貿易会社の社長やってる人が、R国から手に入れてるから、すぐに手に入るって有名だったし……結構普通だったんです」
「普通ね。同級生のお母さんが警察に連れて行かれたり、こんな男が脅しに来たりする事が普通だと思うの?」
少女は黙り込んだ。と、いうより、とうとう本格的に泣きだした。張り詰めた物が切れたようだ。
「泣いてないで、しっかりするのよ。これを持って、ちゃんと親に話して、警察に行きなさい。一生がかかっているのよ。受験よりも、もっと大事な事がかかってるの。こんな物に頼る身体のままじゃ、あんたの人生、滅茶苦茶よ」
そう言いながらも礼似は、少女の涙を拭いてやり、小袋をバックの中にしまわせた。
「いい? 勇気を出して。大事に育ててくれた人を、これ以上悲しませないようにしなくちゃ。一時叱られても、きっと最後はあんたを助けてくれるから」
そう言い聞かせて、背中をポンと叩く。
「さ、帰りなさい。自分の足で」
そう言って少女を見送った。
「大丈夫かしら?あの娘一人で」
土間が心配そうに言ったが、
「あたし達は警官でも、相談員でもないわ。それに、ここはあの子が自力で決心する必要があると思う。自分の人生、切り開くためにもね」
礼似は考え深げに言った。
「さて、今度はあんたの番。まずはあんたの頭の事から白状してもらいましょうか」
土間が男を睨んだ。
お鉢がこっちに回ってきたとばかりに、男は顔色を青くして首をすぼめた。