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「まったく、世話、焼かせて」
礼似は入院中の御子と良平に愚痴っていた。
幸い二人の中毒症状は急性であった分、軽く済んだし、骨折もなく、表面上は打撲程度で済んだようだ。
しかし、激しい体力の消耗があった事と、念のための詳しい検査のために、一応の入院を余儀なくされてしまった。
おそらく極度の心配性の由美の助言があったに違いないが。
「何言ってんのよ。あんたはスキ―で楽しんだでしょうけど、こっちはボコボコにされてこんな目にあったのよ」
御子は御子で、ベッドの上でむくれていた。隣には良平もあちこちのあざを残してベッドで新聞を読んでいる。
「とんでもないわ。あんた達こそ新婚旅行気分で温泉で一泊のんびりしただろうけど、こっちはずっと二人と一匹のお守りで、スキ―どころじゃなかったわよ」
「新婚旅行って……あざだらけで、こんな病院のベットの上で、そんな気分、なれる訳ないでしょ。そもそもあんたの尻拭いに、仕事で来たんだし」
「尻拭いはこっちよ。吹雪にさらされ、火にあぶられ。良平は担がれてただけだし、あんたはただ伸びてただけじゃない。結婚して最初の旅行なんだから、新婚旅行と同じでしょ。いいのよ、あんた達は二人でのんびり入院してれば。どうせ、会長たちがスキ―に満足するまで、誰かが残らなきゃならないんだから。とにかく土間が帰るんなら、私も帰る! こんなところ、もうこりごり!」
礼似はボストンバックを片手に次々とまくしたてる。
「気にすんじゃないわよ御子。礼似は、いい所を全部ハルオに持って行かれて、プリプリしてるだけなんだから」
土間がなだめるように言う。良平はうかつに巻き込まれないように、聞こえないふりに徹しているらしい。
「ハルオ、えらく強かったらしいじゃない? どうなっちゃったのかしら?」御子もそこは興味を引かれて聞いた。
「あんた達がひどい目に会って、すっかり頭に来ていたみたい。しかも、香がハルオのドスを私の刀と同じ研ぎ方をしたから。あの砥ぎ方だと、ぐっと殺傷能力が抑えられるのよ。めったな事じゃ深手にならないと知らせてあったから、ハルオも安心してリミッターが外れちゃったのね。もともと実力はあったんだから」
「ハルオもだんだんサマになって来たわね。良平もうかうかしてられないわよ。このままじゃ追い抜かれるわ」
御子は良平を睨んだ。良平が自分ひとりで犠牲になろうとしたのを、根に持っているのだ。
「そう、嫌みを言うなよ。これでハルオが伸びたのなら、俺達も殴られた甲斐があったってもんさ。だが、気温差の事を考慮に入れていなかったのは、確かにミスだった。大事な義足、金属疲労でも起こされちゃかなわない。帰ったら、倉田さんに見てもらわなきゃな」
良平は決まり悪そうに義足に視線を向けた。
「その倉田さんも、よく、香を仕込む気になったわね。あんなに堅気にこだわっていたのに」
御子は意外そうだ。
「この間の件で、香が心を閉じてしまわないか、心配だったんでしょ。礼似、あんたが香を外すように会長に言われた時、不服そうだったのも、それがあったからでしょう? あんただって、一人慣れしてるものね。だから、余計、礼似は先に帰ってもらわなくちゃ。香にはこっちで御子と良平の世話係をやってもらえばいいし」
土間の突然の提案に、御子と良平は戸惑った。御子は言い返した。
「別に、世話してもらう事なんてないわよ?」
心配性の由美と、検査の事が無ければ、今すぐ退院してもいいくらい二人は回復している。
「そんな事言わないで、香を引きとめておいてよ。その間に、準備、しておくから。礼似、協力して」
「な……、何を? いったいなんなの?」
「まあまあ。そろそろ空港に向かわないと、飛行機に乗り遅れるわ。帰りがてら、話すから」
土間は自分の荷物を片手に、礼似を引っ張って病室を後にした。