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こてつ物語6  作者: 貫雪
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 礼似は御子を背負いながら、由美に義足を外させ、良平に肩を貸そうとするが、やはり、思うようにはいかない。


 こてつは、良平に肩を貸す由美の周りで甲高い声をあげながら、ぐるぐると駆けまわっている。視線は由美に注がれたままだ。ところがこてつの動きが急に止まった。一点を見つめる。


「こてつ、ダメよ、早く逃げなきゃ。おいで」

 由美が声をかけた。


 するとこてつは、出口に向かって駆け出していった。火と煙に追われて、本能で危険を察知したのだろうか?


 ところがこてつはまたもや由美の元へと帰ってきた。今度は満面の笑みだ。


「ダメ! こてつ! 逃げて! 戻っちゃだめ!」

 由美は必死にこてつに叫んだが……


「由美! そこにいるのか?」

 意外な人物の声がした。


「あ……あなた?」


 そこに、会長の姿があった。そうか、ハルオが言いかけたのは、この事だったのか。礼似は一人、合点がいった。会長は四人の姿を見ると


「良平は私が背負う。由美は義足を持ってこてつと逃げろ。急いでここを出るんだ。煙に巻かれてしまうぞ」

 そう言って、良平を肩に背負った。


 かなり煙が迫っている。五人と一匹は、なるべく煙を吸わないようにしながら、間一髪必死で外へと飛び出した。


 外はすでに日が落ちて消火活動が始まっていた。野次馬の人だかりも出来ている。闇の中で建物は完全に火に包まれてしまったようだ。消防隊員が、何故か一緒に出て来た柴犬のこてつを見て、目を丸くしている。


「まったく、無事でよかったですよ。こっちの制止も聞かずに飛び込んで行ったんですから。まあ、奥さんが御無事でよかったですが。ところで、この犬は?」

 隊員が会長に聞いてきた。


「うちの家族ですが。なにか?」

 会長は真顔で言った。


 御子と良平は待機していた救急車で運ばれていったが、後で、事情説明が面倒そうだ。全身打撲に、急性の薬品中毒。さらには火事場(しかもラブホテル!)で焼け出されたのだから。


「助かりました。ありがとうございます。でも、よく、私達がここにいるのが解りましたね?」

 礼似は会長に礼を言いながらも、質問せずにはいられなかった。


「港に向かう車の中から、お前達の姿を見かけたのだよ。あのコンビニの前で、由美がこてつを追いかけるのが見えたのだ。何故、由美がここにいるんだ?」


 会長に返された質問に、礼似は思わず青くなったが、今度は由美が会長に聞いた。


「あなたこそ、どうして北海道にいるの? お仕事中じゃなかったのかしら?」


「あ、いや、半分は仕事だ。こっちに急に用が出来たんだ。それに仕事が片付いたら、私もスキ―でも滑ろうかと思ったんだ。お前もこっちにいる事だし」

 会長がオロオロ声で、そういうと、


「まあ! あなたと滑るなんて若い頃以来ね。楽しみだわ。早くお仕事、済ませちゃってね」

 と、由美は嬉しそうにはしゃいだ。こてつもニコニコと、いつもの笑顔を振りまいている。


 たった今、死にかけるような思いをしたばかりだって言うのに、何なんだろう? この、ホンワカとした空気は?


 目の前で燃え盛っている建物とのギャップに、礼似はどっと疲れを覚えてしまった。


 この夫婦、絶対、普通じゃないわ。こてつ組が、何があってもビクともしないのは、会長が、この家庭を持ってるせいじゃ、ないのかしら?


 礼似は半ば、本気でそんな事を考えてしまっていた。


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