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こてつ物語6  作者: 貫雪
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「ゲホッゲホ、ううっ……」


 良平は咳きこみながら意識を取り戻した。目の前にはごてごてとした壁が見える。後ろに人の寄りかかる気配。


 どうにか身を起こすと、顔色の悪い御子と、二人分の吐しゃ物。強い薬品臭。良平はやっとすべてを理解した。


 身体全体がしびれている。しかし意識ははっきりしていた。ここはどこだ? ぐるりと見渡す。


 かなり古いが、うす暗く、派手派手しい部屋。装飾過多な壁紙に円い大きなベット。今時、こんな前時代的なラブホテルがあったのかと、あきれるような部屋。


 成程。家宅捜索の入った組の夫婦が、クスリを飲んで、こんな部屋で変死したところで、真相など闇から闇へ葬れるという訳か。悪知恵の働く奴らだ。なかなか身体の感覚も戻らない。かなりの量を口にさせられていたのだろう。御子が吐かせていてくれなければ、どうなっていたか……。良くやった。御子。


 その御子の顔色が悪い。自分と同じ量を飲まされたのなら、体格の小さな御子の方が、クスリの影響は大きい。


 ひたいには脂汗。呼吸も浅い。自分でさえ、身体が思うに任せない。あいつらが、御子に遠慮して量を控えるなんて事はないだろう。このままでは御子が危険だ。連絡を取って病院に運ばなくては。


 だが、やはり、携帯は見当たらない。部屋の電話も線が切られている。それに嫌に息苦しくないか?クスリのせいだけではなさそうだ。何かいぶされるような匂いも広がってきた。


 部屋の向こうのクッションを見て良平はあせった。煙が出ている。あいつらご丁寧に火まで着けて行きやがった!


 大きな火の手は上がってはいないが、どんどん煙がが充満してくる。このままでは中毒死する!


 身体の動きは鈍い。御子を置いては逃げられない。こんな部屋だ。窓は部屋の端に小さなものが一つだけだ。何とか窓を開けなくては。良平はのろのろと窓に向かって這い出した。急がなくては……


 その時「ガシャーン!」と、大きな音がして、突然ガラスが割れて、窓から何かが飛び込んできた。なんだ?


 そこには良く見慣れた柴犬がいた。独特の風貌を漂わせながらも、今は自分が飛び込んだ事に驚いて、目を丸くして呆然とたたずんでいる。やがて、ぶるりと毛を起たせて、身体を震わせた。


「こ・・・こてつか?」

 良平はあっけに取られた。


 窓からは冷たい風と新鮮な空気が入って来た。すると、火が燃え上がり、こてつは驚いて甲高い声で鳴きだした。


 とりあえず、呼吸は楽になった。身体も多少は感覚が戻ってきた。しかしまだ力は入らない。


 こてつのおかげで、少しはマシになったとはいえ、状況はあまり好転していない。犬一匹増えた所で、何が出来るという訳では・・・まてよ? こてつがここにいるという事は、必ずくっついてくる人が……。


「こてつ! ここなの?」

 バターンと、大きな音を立てて、いきなり出入り口の扉が開き、由美が飛び込んできた。


「こてつ、良かった。どうなる事かと……きゃあ!」

 こてつを抱きしめた由美が、ようやく燃え盛る火に気が付いた。


「か、火事?」

 由美は驚いて火を見つめるばかり。こっちもあんまり役には立たないか。


「ちょっと! どうなってんの? これ? ……あれ? 良平?」

 今度は礼似が飛び込んできた。助かる!


「礼似さん! 御子を助け出してくれ。早く逃げないと、火が回る!」

 声を振り絞って叫ぶ。


 言われて礼似は御子を背負う。急ぎ、部屋を出ようとしたが、今度は良平の足がおぼつかない。由美が思わず肩を貸してやるが、かなり重そうだ。こてつは火を見たパニックで、キャンキャンと鳴き叫びながら、由美の周りを駆けずり回っている。そのうちに火は天井まで広がってしまった。またしても煙が立ち上がる。


「礼似さん……御子と奥様をつれて、先に逃げてくれ」

 良平が珍しく弱気な事を言う。


「冗談! そんなことしたら、一生御子に恨まれるわよ! あきらめないの!」

 礼似は良平を一喝した。


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