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礼似は携帯を睨み続けていた。横にはぐるぐる巻きにしばられた男が二人転がっているが、礼似の目には入っていない。その視線は、あくまでも携帯電話に注がれている。
確か前にもこんな事があった。その時は御子と良平はまだ結婚前で、それでも二人はつけ狙われてしまったが、同じ街の中での出来事だったし、いつでも応援の手配が出来た。それに、ハルオにだけはきちんと連絡を残していたし、行き先もはっきりさせていた。ところが今度は見知らぬ土地で、悪天候の中、連絡を途絶えてしまっている。
真柴組はこの間、家宅捜索を受けたばかりだ。自分が奥様の護衛に回らなければ、あまり、派手な行動は避けたかったはずの二人が、こんな風に長い時間連絡を断っているのは不自然だ。
イライラと携帯を睨んでいると、ようやく着信音が鳴った。
「れ、礼似さん、で、ですか?」
言わずと知れたハルオのどもり声だ。
「た、大変です。み、御子と、りょ、良平が、た、田中達に、つ、連れ去られたみたいです!」
あの二人が? ああ、こんな時はハルオのどもりがもどかしい。だからあんなに気をつけろと言ったのに!
「で、出来れば、み、港に、む、向かう事は、で、出来ませんか? お、俺達も、そ、そっちに向かってるんです。い、今、空港です。ひ、飛行機が遅れてるんで、い、いつ着けるか、わ、分かりませんが」
「何としても行くわよ! 奥様はここに残していくしかないから、誰かこっちに呼んで来て頂戴! いい? 誰かが吹雪だ、悪天候だと、四の五の言っても、絶対に飛行機飛ばしてここに来るのよ! どんなに脅してもかまわないから!」
「あ、あの、れ・・・」
無理難題を言い放つと、礼似はハルオの返事も聞かずに切ってしまった。何としても港に行かなくっちゃ。こうなったら、奥様の車、借りてしまおう。
やむを得ず、礼似は由美に、御子と良平が誰かに連れ去られたので、車を貸してほしいと頼み込んだ。
「あの二人なら私も心配だわ。私も行きます」
由美はきっぱりと言った。
「ダメ! 口論している暇はないの! ちょっとあんた!」
礼似はしばられている男の片割れを引っ張った。
「あんた、地元の人間でしょ? 港まで運転しなさい! 言う事聞かないと、もう片方の命はないわよ!」
「じゃあ、タエさんは見張り役ね。私とこてつと礼似さんで、この男を運転させましょう」
由美が勝手に決めてしまう。
「だから、ダメだってば! 奥様はここに残って下さい!」
礼似はもうヤケで叫ぶ。
「だって……それは無理よ。これはこてつの車なんだもの」
由美はさらりと言い放った。
「こ……こてつの車?」
「ほら、もうこてつは助手席に座っているでしょう?ここはこてつの指定席なの。この車はこてつのためのものなんだから。もう絶対に動かないわよ。こてつの行くところは私も必ずいなくてはならないの。この車に乗るのなら、私も連れていくしかないわ」
そんな……そんな無茶な理屈があるのか? しかし確かにこてつは助手席にしっかり根を下ろしたかのように座り込んでしまい、びくとも動く気配はない。それに、本当に口論なんてしている場合じゃないはずだ。
「もういい! 解ったわよ! こてつ車でも、こたつ車でも、何でもいいから、行くわよ!」
もう礼似は、半べそをかきたい気分で男を車に乗せた。由美はこてつに話しかける。
「いーい? こてつ? お母さんは今日は運転しないの。後ろの席に座るから、こてつの車を、この人に貸してあげてくれる?こてつだって、あのお姉さん達は心配でしょ? お前も必ず連れていくから」
こてつは「しかたがないな」とばかりに由美の目を見ると、後部座席の由美の横に並んで座った。ようやく礼似が助手席に乗り込む。
……少しこてつの視線が痛かった。