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くされ学生

私はイモムシ

作者: 電球

 

月曜の朝ほど憂鬱なものは無い。

みんな、口ではそう言うけれど、

私ほど切にそう思っている人は、

その中の一割にも満たないのではないのかしら?


とりあえず、ベットから這い出し、

洗面所で口をゆすいで、

髪を整え、

トイレを済まし、

制服に着替え、

朝食を済ます。


これだけでも既に面倒だが、

憂鬱の種はもちろん、これだけではない。


私は高校生だった。


高校生というのは、つまり、

”高校に在籍している生徒”の略称である。

したがって月曜の朝が訪れれば、

当然、私は高校に行かなければならないことになる。


この高校が面白くなかった。


理由は明白であった。

私には友達が一人も居ないからである。

昔から私は、相手とうまく調子を合わせることができない”たち”なのだ。



いつか、テレビなんかのマスメディアで、こんなフレーズを聞いた。


『人は皆違って、みんないい』


間違っていると思う。

個性なんで無いほうが良い。

圧倒的に良い。


少なくとも私が対象を自分に限って見た場合、

自分の個性の利点を人に説明するのは、ものすごく難しい。

先週出てきた数学Ⅱの公式をチンパンジーに説明するのと同じくらい難しい。

反面、よろしくない点はいくらでも挙げられる。


子供のころからの引っ込み思案で、人見知りが非常に激しい。

物事に常に悲観的で、

自発的に行動するということを徹頭徹尾、回避する。

そして決定的に不味いのが、

話をするということ自体が徹底的に下手だ、という性質だっだ。


自分のこの性格のせいで、私はいつも損をしてきた。

人と接したとき、どうふるまったらいいのか、悩む。

自分の行動が、発言が、人の笑いの種にならないかと、

いつも戦々恐々とした思いに囚われる。

そして例外なく、どうしようもなく疲れるのだ。

もういい、もうたくさんだよ。


16年生きてきた人生で、私が導き出した結論は、

できるだけ他人との付き合いを避けるという、やはりといった感じの消極策だった。


私は特段勉強ができるタイプではなかった。

スポーツも取り立てて得意ってほどじゃない。

既に皆さんお察しのとおり、ルックスもよろしくない。

つまり全く目立たないタイプであった。


一般的に好ましくないこの条件が、私にとっては幸いとして機能した。

誰からも注目を浴びないことにより、私は精神的鎖国モードを維持できたのである。


こうして私は、居るのか居ないのか良く分からない陰気な女子として、

クラスに存在することになった。


クラスメイトとは基本、一言も会話しない。

予想はしていたが、教室の中で浮いた存在となってしまい、

誰もが、腫れ物に触るような感じで私に接した。


でも人に曖昧な愛想笑いを振りまいて、

へとへとに擦り切れた毎日を過ごすよりは精神的にましだ。


誤解はしないで欲しいが、いじめはない、少なくともいまのところは。

これは重要な点だ。

私もあからさまに心無い言葉を浴びせられれば、それは相当こたえるし、

心の平穏を一気にかき乱されるだろう。

それは極力回避したい。

幸いにそういったケースは無かった。


広義には意図的に無視をしたり、会話に参加させなかったりすることも、

立派ないじめと呼ばれるのだろうけども、

私の場合、自ら進んでその立場に立っているという点で該当しない。


クラスメイトたちは、もしかしたら意外と気のいい奴らなのかも知れない。

しかし私にはそれを知る術も機会も意思も無かった。

だた分かるのは、彼らは私に関心が無いということだけだ。

その逆も然り。





「いってきます」


母に挨拶して玄関のドアを開ける。

いよいよ憂鬱な一日の始まりだ。


冷たい外気がスカートの中に無遠慮に浸入し、私のテンションはいよいよ低くなる。

夏は日に日に過ぎ去っていく。

この地方の夏は短い。

季節は着々と秋の装いに移行し始めているが、

私の考えることは毎朝ブレが無い。


(ああ、学校いきたくないよぅ。NASAの宇宙ゴミが校舎に直撃して、跡形も無く消え去ればいいのに……)


私の切実な祈りはしかし、今まで一度として叶われたことはなかった。


自宅から高校まではそれほどの距離はない。

私は毎朝10分ほどかけて徒歩で登校している。

道の端っこをひっそりと、できるだけ物音を立てないように歩く。


憂鬱なこの行程に、唯一つ、私の心をときめかせてくれるものがあった。

途上の民家の庭先に植えてある桑の木だった。

道を行くほかの通行人は見向きもしなかったが、

梅雨になるとその木に実る、大粒のルビーのような果実を、ちょいと摘んで口に入れるのだ。

次の瞬間、控えめな甘さと酸味とともに、

イチゴのようなさわやかな香りが鼻を突き抜け、私はほんの小さな幸福感に包まれる。


今、その木が目の前に迫る。

とっくに旬は過ぎているが、もしや実が残ってはいないかと私は木の下を覗き込む。

桑の実が一粒でもあれば、このつらい現実を一瞬でも忘れられる。

しかし、現実はきびしい。

桑の木は、虫に食べられまくって、ほぼ葉脈しか残っていない葉っぱを繁らせているのみで

案の定、実は一粒も残っていない。


ふと、この桑の木が好きな理由がもう一つ思い浮かんだ。

葉っぱを虫に食われて空っぽのまま。

道行く人は見向きもしない。

カサカサになった私の心とよく似ているじゃないか。




桑の木を通り過ぎてまもなく、向かい角に二人連れの女子高生が見えた。

毎日、この道を通ってくる子達だ。


ケータイを片手に常に談笑しながら歩く彼女たちは、私とクラス違いの同学の生徒だった。

ただ、顔を知っているだけで、名前は知らない。


同じ制服に身を包みながらも、彼女たちは私とは明らかに違う。

サラサラなショーヘア、真っ白なスニーカー、カバンにくっつけたゴツめのキーホルダー……。

いや、それはほんの些細なことに違いない。


彼女たちは良く笑い、エネルギーに溢れている。

きっと近くに行けば、私と違って、さぞさわやかな良い香りがするのだろうな。

使ってるヘアスプレーとか、化粧とか、香水とかの問題じゃなくて、

体臭が醸し出す匂いの段階で彼女たちと私は違う、そういう次元での話なのだ。


……うん?

いいや、ちがうぞ!

私は断じて彼女たちに憧れていたりしない!


……そうだ、制服が悪いのだ。

同じ服装をしていることで彼女たちと私は同じ女子高生というカテゴリーで認識される。

むろん、女子高生とひとくくりに言った所で、実際は千差万別。

性格の良い子、容姿端麗な子、おしゃべりが好きな子……。

もちろん、そうでない子というのも大勢居る。

なまじ同じ服装をしているがためにその個性、ふるまいが際立ってしまうというのが現状なのだ。

そして、残念な個性の持ち主の女子高生は、

無意識に自らを恥じ、辛酸を舐める日々に苦悩するはめになる。


かといって制服を脱ぐのはもってのほか、

そのこと自体が(いろいろな意味で)糾弾される口実になる。

制服とは没個性のシステムではなく、個性を際立たせる側の装置であると言える。

けしからん、じつにけしからん!


私が脳内で耐え難い怒りに悶絶していたとき、

気がつくと、件の二人組が私のすぐわきに居た。


気のせいだろうか、私をちらちらと盗み見て、笑っているように思える。

私は一切気に留めない振りを装いつつも、

耳だけはしっかりと彼女たちの会話にそばだてていた。


「――――絶対――――よね――――」

「超ウケる―――――だし」

「やっぱ―――いって。――――キモいよね」


キモい?


もしかして、私?


彼女たちのほうを振り向いたとき、一瞬、目が合った

彼女たちはクスクスと含みのある笑いを隠さなかった。


私は歩みを止めなかった。

何も見なかった、聞かなかったことにし、ただ、ひたすら前を見て歩くことに専念した。

それしかできなかった。


そうさ、彼女たちが自分のことを言ってるとは限らない

彼女たちは確かにこっちを見て笑っていたが、

昨日見たTV番組のくだらない芸人の悪口を言ってるのかもしれないし――


私は少し、早足になっていた。

しばらくすると、背後から声をかけられた。


「川田さん!」


私の名前だった。

振り向くと、先ほどの二人連れだった。


(いったいなんなの?)


彼女たちが私の名前を憶えていたことを意外に思う余裕も無く、

私は一気に緊張した。鼓動が早くなり、冷汗が止まらない。


「ほら、ミッコ、いいなよー」

「えー、私言うのー?」


呼び止めておいたくせに彼女たちは例のクスクス笑いをやめず、

なかなか用件を切り出さない


しかし私は腹立たしいとは思えなかった。

ただひたすらに怖かった。


「川田さん、あのさぁ……」

「は、ハイっ!?」


緊張がピークに達し、自分でも情けなくなるほどか細い声が出た。

昔から、この調子なんだ、私は。


「イモムシ」


二人組はそれだけ言うと、こらえ切れなくなったようで一斉に吹き出した。

そして呆然とする私をよそにクスクス笑いながら走り去ってしまった。







学校に着き、教室へと向かう私の足取りはいつにもまして重かった。


イモムシ


私はイモムシみたいな女ってこと?


そう言われたことが心に重くのしかかっていた。


あの出来事はきっと何かの間違いさ。

物事は忘れてしまえば、最初から無かったことになるのと同じになる。

忘れてしまえばいいんだ、簡単なことだ。

そして今までどおり、何も見ない、何も聞こえないふりをしていこう。

大丈夫、何も悪いことなんで起こらないさ……。


気持ちの整理をして、教室のドアに手をかける。

極力クラスメイトと目を合わせないために、

いつもどおりうつむき加減でそそくさと自分の席に進む。


ほらね、何も問題ないだろ……?


しかし、しばらくすると明らかにクラスの様子がおかしいことに気がついた。

クラスはいつもと同じようにいくつかのグループが形成され、

それぞれが会話に興じているが、

それらの中の数人が明らかに私のほうをちらちらと見てくる。

いつもならありえない事態だった。

私は常に路傍の石ころのような存在で、彼らの興味の対象になり得ないはずなのだ。

カバンから教科書を取り出し、無関心を装いつつ、私は逆に彼らを注意深く観察した。

こちらを指差している男子が居る。

やはり、彼らは私のことを話題にしているようだった。

その男子と話していた別の男子は、私を見たとたん、

先ほどの二人組と同じように笑い出した。

それは明らかに冷笑といった類の笑い方だった。

別のグループの女子は明らかに不快そうな表情で私を睨みつけていた。

また、別の女子は遠慮しつつ哀れむような視線を私によこしていた。


クラスの喧騒の中で私の頭の中は急に静かになった。

しかしそのせいで聞きたくない単語ほど鮮明に聞こえてしまう


……川田……。

 

……まじキモっ……。

 

……イモムシ……。



またイモムシ?


私に新しく名づけられたあだ名だろうか?


なんとも侮蔑的なその響きに私の心は音を立てて軋みだす。

同時に、妙に私を言い当てているなと納得してしまう自分が悔しい。


しかし、今日に限りこんなに白眼視される理由が分からなかった。

昨日までは無関心の壁は分厚く築かれていたはずだ。

私のほうからクラスの連中に悪さをするといった事態はそれこそ誓ってあり得ない。

学校の裏掲示板とかで、私のことが書かれたとか?

そういったものがあること事態把握していけど。


それとももしかして、気づかなかっただけで、

昔から私は影でイモムシってよばれていたのかしら?

ああ、ありえるかも。

私クラスに、とことん無関心だったからな……。



そういえば昔、”変身”っていう外国の小説を読んだことがある。

主人公が何の前触れも無く突然巨大なイモムシになると言う設定で、

読んでいてとても気持ち悪く、途中で投げ出してしまった。


ハッとして、私は自分の手を見た。


大丈夫、ちゃんと人間の手だ。


ではなんでイモムシなの?


もしかして、あの小説も、今回も、イモムシとは何かの暗喩なのかしら?

そう考えると何かつかめてくる気がする

そう、そうよ。

私は何か、とても大きな見落としをしてる気がする……。





「よう、川田、おまえのあだ名は今日からイモムシ女な!」


肩を、叩かれた。

生野という男子だった。

大柄な体に脳ミソが伴っていない、がさつで、馬鹿な男子だった


私はこの空気の読めないアホに、思考の中断を強要された事に、今日一番の怒りを感じた。

あともうすこしで何かがつかめるところだったのに!


気がつくと私は立ち上がっていた。


「……イクノッ!!!」


椅子がガタンと後ろに倒れた。

その騒音により、それまで喧騒に包まれていたクラスは急に静まり返った。

私は生野の胸倉につかみかかり、奴の顔を睨み付けた。

身長差により私は奴の顔を見上げる形になる。

しかしもはや憎悪の暴走を止めることはできるはずもなく……。


「ちょ…やめ……!」


アホはなんか言ってたが私は聞く耳持たない。

私は奴の右足の内側に自分の右足を滑り込ませ、それを重心に体をひねらせ下にもぐりこませる。

次の瞬間、その勢いを駆って奴を投げ飛ばした。

私の得意技、内股が炸裂した。

さすがに体重差のせいで綺麗に背中から投げ飛ばすことはできなかったが。


「おんどりゃ、今なんてぬかしたボケ!!あ?イモムシ?どっちがイモムシや?お前か?うちか!?あ?」


倒れたアホは半べそだったが、私はうまのりになって奴の胸倉をつかんで言った。


「なんで?なあ、なんでイモムシなん?なんでうちがイモムシ女なんや!?

うち、なんか悪いことしたか?おまえらになんかちょっかい出したか?なんもせんやろ?なんなんや?なんなん、もう……」


私も半べそだったのかもしれん。

クラスはしん、と静まり返ったまま、生野のうめき声だけが響いた。


やがて見かねたクラス委員長が進みだしてきた。

さっきまで私に哀れむような視線を投げていた女子だ。


「あ、あのね、川田さん、イモムシってのは……」


そのとき、HR開始のチャイムが鳴った。

委員長はまだ何か言いたげだったが、私がキッと睨むと、

怯えた子猫のように従順に自分の席に引き返した。


倒れた椅子を戻して席に着く。

クラスの連中が固唾をのんで私の一挙手一投足に注目しているのが分かる。

こいつらは皆生野と同じだ。

こんな奴らと同じ空気を吸っているのかと思うと非常に不快だった。

生野はまだ転がっていたので蹴飛ばしてやった。


ほどなくして担任の先生が入ってきた。

クラスの異様な空気に先生は気づかなかったようだ。

HR当番が号令をかける。


「起立、礼…」


「ん?」


先生が号令を中断させた。


「おい川田」


興奮冷めやらぬ私はうんざりした。

先生まで私を馬鹿にするのかと。

先生は頭を指さしている。


「頭、頭、おまえ、頭にでっかいイモムシついてるぞ!」


!?


「ひゃあぁぁあ!!!!」


安っぽいロックバンドのボーカルに匹敵するほどのヘッドシェイクをすると、


ボトッ


私のノートの上にでっかいイモムシが落ちてきた!


川田さんはその後、桑の木には近づきませんでしたとさ

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