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竜を撃て! ライラ・グリンガム

掲載日:2026/06/16



私の名前は、ライラ・グリンガム。


 十八歳。


 職業、冒険者。


 得意なことは、魔法、値切り、早食い、逃げ足、そして敵の心をへし折ること!


 苦手なことは、説教、我慢、安い報酬、あと子ども扱いしてくる大人全般!


 赤橙色の髪に、黒と金の軽装鎧。紫のマントをひらめかせ、宝石飾りの魔導具を片手に今日も元気に稼働中。


 世間では私をこう呼ぶ。


 天才魔導師。


 火吹き娘。


 歩く爆心地。


 ギルドの胃痛。


 最後のやつだけは納得してない。


「で、そんな私に喧嘩を売った感想は?」


 森道のど真ん中で、私は腰に手を当てて笑った。


 目の前には盗賊。


 正確には、さっきまで盗賊だったけど、今は地面でぴくぴくしている炭焼き未満の人たち。


「ぐ、ぐええ……!」


「熱い! 尻が熱い!」


「なんで火の玉が横から曲がってくんだよ!?」


「私に聞くな! 曲げたの私だけど!」


 私は胸を張った。


「ファイヤーボールが真っ直ぐ飛ぶだけだと思った? 残念! 私のファイヤーボールは曲がる! 追う! 逃がさない! つまり性格が悪い!」


「自分で言うな!」


「魔法は使い手に似るのよ!」


「じゃあ最悪じゃねえか!」


「いま気づいたの? 遅い!」


 盗賊頭らしき大男が、木の陰からこそこそ逃げようとしていた。


 私は当然、見逃さない。


「はい、そこの筋肉だるま! 逃げ足だけ妙に可愛い動きしてんじゃないわよ!」


「うるせえ! 誰が筋肉だるまだ!」


「訂正するわ! 借金まみれの筋肉だるま!」


「なんで分かるんだよ!?」


「腰袋の中身が銅貨三枚と借用書だったからよ! あと字が汚い!」


「見たのか!?」


「見たわよ! 盗賊から奪ったものを確認して何が悪いの!? 私が奪った時点でそれは戦利品! 法律は知らん! あとでギルドに聞く!」


 盗賊頭は、震える手で斧を構えた。


「小娘ぇ……! 調子に乗るなよ……!」


 私の笑顔が、ぴたりと止まった。


「小娘?」


 盗賊たちの顔から血の気が引いた。


「お、お頭……! それ地雷だぞ!」


「黙れ! 俺は地雷を踏み抜く男だ!」


「じゃあ吹っ飛びなさい」


 私は指を鳴らした。


「フレイムチェーン!」


 足元から赤い炎の鎖が立ち上がり、盗賊頭の身体をぐるぐる巻きにした。


「ぬおおおおおっ!? 熱い! 熱いけど燃えてない! なんだこれ気持ち悪い!」


「加減してるのよ! 感謝しなさい! 本気なら今ごろ肉汁が出てたわ!」


「それ感謝できる言い方じゃねえ!」


「盗賊のくせに注文が多い!」


 さらに私は片手を掲げた。


 指先に小さな炎が灯る。


 炎は花びらのように分かれ、鳥の形になって空を舞った。


「フレアバード!」


 炎の鳥たちは盗賊たちの周囲を飛び回り、剣や短刀だけを器用に焼き落とした。


「ぎゃああ! 俺の剣が飴みたいに!」


「高かったのに!」


「盗んだ剣でしょ!? 持ち主に謝れ! あと私にも謝れ! 襲う相手を間違えた手間賃として!」


 盗賊たちは一斉に土下座した。


「すみませんでしたあああっ!」


「声が小さい!」


「すみませんでしたああああああっ!!」


「よろしい!」


 私は満足げに頷いた。


 それから盗賊頭の腰袋を拾い、馬車の荷台から宝箱を二つ引っ張り出す。


「さて。被害者の商人さん、これはあなたの?」


 木の陰で震えていた太った商人が、涙目で飛び出してきた。


「そ、それです! ありがとうございます! あなたは命の恩人です!」


「命の恩人? いい響きね! で、謝礼は?」


「えっ?」


「えっ、じゃないわよ! 命の恩人でしょ!? 命って安くないでしょ!? 私の昼ご飯、肉が三枚から五枚になるかどうかの瀬戸際なのよ!」


「は、はい! もちろんお支払いします!」


「話が早い商人は好きよ! 値切る商人は焼くほど嫌いだけど!」


「焼かないでください!」


「値切らなきゃ焼かないわ!」




 その後、私は盗賊を縄で縛り、商人の護衛と一緒に町まで引きずって行った。


 盗賊たちは口々に泣き言を漏らした。


「なんで俺たち、こんな目に……!」


「真面目に働けってことよ!」


「お前にだけは言われたくねえ!」


「はあ!? 私は真面目に盗賊を燃やしてるでしょ!」


「それ仕事なのか!?」


「ギルドに登録してるから仕事よ!」


 町の門番は、縄で数珠つなぎにされた盗賊たちと、得意顔の私を見て、ため息をついた。


「またお前か、ライラ」


「またとは何よ! 人聞き悪いわね!」


「先週は野盗の馬車を三台燃やしただろ」


「燃やしたんじゃないわ! 車輪だけを温めすぎたの!」


「それを世間では燃やしたと言う」


「世間の語彙が狭いのよ!」


 門番はもう一度ため息をついた。


「まあいい。盗賊捕縛ならギルドへ持っていけ。報奨金が出る」


「来た! 報奨金! その言葉、甘い焼き菓子より好き!」


「お前、もう少し善意で動けないのか?」


「善意だけで宿代が払えるなら考えてあげる!」


 私はマントを翻し、冒険者ギルドへ向かった。






 冒険者ギルドの換金窓口には、今日も疲れた顔の職員たちが並んでいた。


 その中で、私を見るなり頭を抱えたのは、受付係のエルナだった。


 薄茶色の髪を後ろでまとめ、丸眼鏡をかけた真面目そうな女性である。


「ライラさん……また何か燃やしましたね?」


「失礼ね! 今日は控えめよ!」


「控えめの定義を教えてください」


「森は燃えてない!」


「最低限ですね!」


 私はカウンターに盗賊頭の賞金札、回収した宝飾品、商人からもらった謝礼袋を並べた。


 ちゃりん。


 どさっ。


 きらん。


 エルナの目が細くなる。


「これは?」


「盗賊から取り返したもののうち、持ち主不明だったやつ! あと盗賊の隠し財産! あと謝礼!」


「持ち主不明品はギルド預かりです」


「えっ!?」


「規則です」


「規則って、いつも私のお財布にだけ厳しくない!?」


「ライラさんのお財布が規則の隙間を全力疾走するからです!」


「褒めてる?」


「違います!」


 エルナは手早く査定を始めた。


 私はカウンターに頬杖をつきながら、ぶつぶつ文句を言う。


「宝石一個くらいくれてもよくない? 私、頑張ったし!」


「だめです!」


「じゃあ二個?」


「増やさないでください!」


「融通が利かない女ねえ!」


「ライラさんに融通を利かせると、翌日ギルドの金庫が空になります!」


「私を何だと思ってるの!?」


「高火力で口が悪くて金貨の匂いに敏感な災害です!」


「災害に報奨金を払う職場、だいぶ終わってるわね!」


「自覚してください!」


 数分後、エルナは袋に銀貨と金貨を詰めてカウンターに置いた。


「盗賊捕縛報酬、商人護衛への臨時加算、回収協力金。合計で金貨三枚、銀貨八枚です」


「ほほう!」


 私の目が輝いた。


「金貨三枚! 銀貨八枚! これは肉! 肉とパンとスープと焼き菓子! あと宿代! いや宿代は明日の私が何とかする!」


「先に宿代を確保してください!」


「エルナって母親みたいなこと言うわね!」


「あなたが子どもみたいな金銭感覚だからです!」


「私は十八歳!」


「十八歳ならなおさら計画性を持ってください!」


「計画ならあるわ!」


「聞くだけ聞きます!」


「まず肉を食べる!」


「終わりましたね!」


 私は報酬袋をひったくるように受け取り、ギルド併設の食堂へ向かった。






 ギルド食堂は、昼時を少し過ぎても賑わっていた。


 木の卓。


 鉄の皿。


 肉を焼く匂い。


 酒の泡。


 冒険者たちの笑い声。


 その中央に、私はどかっと座った。


「おばちゃーん! 今日のおすすめ、肉多めで! あとパン! あとスープ! あと甘いの!」


 食堂のおばちゃんこと、料理長マルタが厨房から顔を出す。


「金はあるんだろうね!?」


「あるわよ! 今日の私は裕福!」


「昨日もそう言ってツケにしただろ!」


「昨日の私は昨日の私! 今日の私は金貨持ち!」


「その理屈で生きてると早死にするよ!」


「早死にする前に肉を食べる!」


「はいはい! 肉増し一丁!」


 私は満足げに椅子へもたれた。


 そこへ、エルナが書類束を抱えてやってくる。


「食事中に失礼します」


「失礼だと分かってるなら、肉が来てからにして!」


「肉が来たら聞かないでしょう!?」


「よく分かってるじゃない!」


「だから今来ました!」


 エルナは向かいの席に座り、書類を一枚差し出した。


 私はそれを見ない。


「新しい依頼?」


「はい」


「報酬は?」


「いきなりそこですか!」


「依頼内容より大事でしょ!」


「大事ですが、普通は危険度も確認します!」


「危険度は報酬を聞いてから考える!」


「順番が逆です!」


 そこへ、肉皿が到着した。


 分厚い焼き肉が三枚。


 香草を振った焼き芋。


 豆のスープ。


 丸パン二個。


 さらに小皿の蜂蜜菓子。


 私の表情が、ぱあっと明るくなる。


「生きててよかった!」


「あなた、さっきまで盗賊を燃やしてた人ですよね!?」


「盗賊を燃やしたから肉がうまい!」


「因果が物騒です!」


 私は肉を切り、口いっぱいに頬張った。


「んむっ! んまっ! で、依頼は?」


 エルナは深呼吸した。


「北の岩山に、ドラゴンが出ました」


 私は咀嚼を止めた。


 食堂の周囲も、一瞬だけ静かになる。


「……ドラゴン?」


「はい。赤銅竜です。まだ若い個体ですが、すでに羊が二十頭、倉庫が三つ、見張り小屋が一つ焼かれています」


「焼き仲間ね!」


「仲間意識を持たないでください!」


「若いドラゴンってことは、火を吐く?」


「吐きます」


「硬い?」


「硬いです」


「でかい?」


「でかいです」


「報酬は?」


「金貨二十枚。討伐成功で追加十枚。素材権は一部ギルド管理ですが、爪と鱗の一部は取得可能です」


 私は肉を飲み込み、目を輝かせた。


「受ける!」


「即答!?」


「ドラゴン! 金貨三十枚! 鱗! 爪! 肉は食べられる!?」


「食べる気ですか!?」


「ドラゴンよ!? 焼いたら高級肉っぽいじゃない!」


「相手も火を吐きますからね!?」


「じゃあ向こうも料理に前向きってことね!」


「そういう意味ではありません!」


 エルナは眼鏡を押さえた。


「ライラさん、これは単独推奨ではありません。本来はB級以上の複数パーティ案件です」


「ふーん」


「聞いてますか?」


「聞いてる聞いてる! つまり、他の冒険者と報酬を分けろってことでしょ?」


「違います! 生存率の話です!」


「報酬を分けると私の生存意欲が下がるわ!」


「そこは上げてください!」


 隣の席にいた大柄な斧戦士が笑った。


「おいおい、嬢ちゃん! ドラゴン相手に一人で行く気か!?」


 私は肉の骨をくわえたまま、じろっと睨んだ。


「嬢ちゃん?」


「あっ」


 斧戦士の仲間が顔をしかめた。


「それ言うなって……」


 私はゆっくり立ち上がった。


「聞こえなかったみたいだから、もう一回自己紹介してあげる」


 右手に小さな火球。


 左手に冷気の槍。


 足元には風の魔法陣。


 背後には土の杭。


 食堂の空気が、ぴりっと固まった。


「私はライラ・グリンガム。十八歳。天才魔導師。ファイヤーボールで盗賊を焼き、フリーズランスで酒を冷やし、ウィンドカッターで前髪を整え、アースバインドで逃げる男の足を止める女よ!」


「最後だけ用途が怖い!」


「それを嬢ちゃん扱い?」


「わ、悪かった! 悪かったから魔法をしまえ!」


「まだヒールライトも使えるわよ」


「回復もできるのか!」


「焼いたあと治せる。つまり二回反省させられる」


「最低の使い方だな!?」


 私は手のひらの魔法をぱんっと消した。


「いい? 私は小さくても火力は大きいの! 財布は軽くても夢は重いの! 胸より魔力を見ろ!」


「最後のは自分で言ったら駄目なやつでは!?」


「うるさい!」


 小さなファイヤーボールが弾け、斧戦士の髭だけがちりっと焦げた。


「ひげええええ!?」


「安心しなさい! 焼き加減は絶妙よ!」


「俺の髭は肉じゃねえ!」


 食堂がどっと笑いに包まれた。


 エルナは額を押さえた。


「もう……本当に受けるんですか?」


「受けるわよ」


「危険です」


「知ってる」


「死ぬかもしれませんよ?」


「ドラゴン相手に油断するほどバカじゃないわ」


 私は皿に残った最後の肉をフォークで刺した。


「でもね、エルナ。若いドラゴンってことは、たぶん縄張りを探してる途中でしょ? 今のうちに追い払うか倒すかしないと、村が丸焼きになる」


「……はい」


「私は善人じゃないし、正義の旗を振る趣味もないわ。けど、焼いていいのは私の許可したものだけよ」


「その理屈、かなり横暴ですね!?」


「横暴で結構! あの辺の村には、前に焼きリンゴをくれた婆ちゃんがいるの! ドラゴンが焼く前に、私が焼く!」


「何をですか!?」


「ドラゴンを!」


 私は最後の肉を口に放り込み、親指で自分を指した。


「報酬よし! 理由よし! 腹もよし! 行くわよ、竜退治!」


「今からですか!?」


「食べたら動く! 寝たら起きられない!」


「それはそれで問題です!」


「マルタおばちゃん! 蜂蜜菓子、包んで!」


「遠足かい!?」


「竜退治よ!」


「もっと悪いよ!」


 私は蜂蜜菓子を袋に詰め、ギルドを飛び出した。


 エルナの声が背中に飛ぶ。


「ライラさん! せめて作戦書を!」


「作戦ならある!」


「何ですか!?」


「燃やして! 凍らせて! 縛って! 爆ぜて! 勝つ!」


「作戦書に書けないやつですうううっ!」


 ギルドの扉が、ばたんと閉まった。






 北の岩山は、夕焼けのような赤土に覆われていた。


 焦げた草。


 黒くなった柵。


 羊の焼けた匂い。


 遠くには、煙を上げる倉庫の残骸が見える。


 私は岩陰に身を潜め、目を細めた。


「うわ、派手にやってるわね……。私より燃やし方が雑!」


 上空で、巨大な影が旋回した。


 赤銅色の鱗。


 翼を広げれば小屋ほどもある若いドラゴン。


 首は太く、尾は長い。


 口元からは熱気が漏れている。


 ドラゴンは岩場へ降り立ち、ぐるる、と喉を鳴らした。


 私は短剣を抜かず、魔導具を握る。


「相手は火属性。普通のファイヤーボールじゃ通りにくい。硬い鱗。翼あり。正面から殴ると口から丸焼き。腹は比較的柔らかい。目、喉、翼膜が狙い目」


 私は足元に小さく魔法陣を描いた。


「まずは試す」


 指先に氷の光が集まる。


「フリーズランス!」


 氷の槍が一直線に飛んだ。


 ドラゴンの翼膜に突き刺さる直前、熱気で白い蒸気を上げる。


 槍は半分ほど溶けたが、翼膜を浅く裂いた。


「効くけど浅い! やっぱり火耐性だけじゃなく熱量も高いか!」


 続けて私は片手を横に振った。


「ウィンドカッター!」


 風の刃が煙を裂き、ドラゴンの視界を横から叩く。


 鱗は切れない。


 でも、目元をかすめた。


 ドラゴンが苛立ったように首を振る。


「よし、目くらましにはなる!」


 そこへ、背後の茂みががさっと揺れた。


「ひっ!」


 小さな声。


 私は振り返った。


 羊飼いの少年が、真っ青な顔で岩陰に隠れていた。


「ちょっと! 何してんのよ!?」


「ご、ごめんなさい! 羊が……! 逃げた羊がこっちに……!」


「羊!? この状況で羊!?」


「父ちゃんに怒られる……!」


「ドラゴンに食われる方が先でしょうが!」


 少年は涙目で震えた。


 私は舌打ちした。


「最悪! これだから依頼書に『周辺住民避難済み』って書いてあるやつは信用ならないのよ!」


「お姉ちゃん、冒険者……?」


「お姉ちゃんじゃない! ライラ様!」


「ライラ様……助けて……!」


「様をつければいいってもんじゃ……!」


 ドラゴンの首が、こちらを向いた。


 熱を帯びた瞳が、岩陰を捉える。


 私は少年の頭を押さえた。


「伏せて!」


「ひゃっ!?」


 ドラゴンが息を吸う。


 空気が震える。


 赤い光が喉の奥で膨らむ。


「アクアクリスタルガード!」


 私の前に、水の膜が立ち上がった。


 ただの水壁じゃない。


 水流の内側に薄い氷晶を重ねた、対熱用の防御魔法だ。


 ドラゴンの吐いた火炎が、水と氷の盾にぶつかる。


 じゅうううっ、と凄まじい音を立てて蒸気が爆ぜた。


 熱は砕かれ、炎は流され、白い霧となって岩場に散っていく。


 少年が叫んだ。


「水で火を止めた!?」


「水と氷よ! 細かい説明は有料!」


「お金取るの!?」


「命が助かった説明は高い!」


 ドラゴンが吠えた。


 岩場全体が震える。


 私は少年の背中を叩いた。


「いい? あっちの岩まで走りなさい! 振り返るな! 転ぶな! 羊は諦めろ!」


「でも!」


「羊より命! 命があれば羊はまた飼える! 死んだら羊に笑われるわよ!」


「羊、笑うの!?」


「知らないわよ! 走れ!」


 少年は半泣きで走り出した。


 ドラゴンの視線がそちらへ動く。


 私の眉が跳ねた。


「あんたの相手はこっちよ、トカゲ焼却炉!」


 ドラゴンが怒りの唸りを上げた。


「ぐるるるる……!」


「言葉は通じないけど、悪口は通じたっぽいわね! 上等!」


 私は両手を広げた。


 指先に赤い魔法陣が五つ浮かぶ。


「フレアアロー!」


 炎の矢が連続で放たれた。


 一本目は目を狙い、ドラゴンが首を振って避ける。


 二本目、三本目は翼膜へ。


 四本目は爪。


 五本目は鼻先。


 ドラゴンは翼を広げ、炎の矢を弾く。


 だが、すべて避けきれない。


 翼膜に小さな焦げ穴が開いた。


「よし! 飛びにくくなった!」


 私は岩場を駆ける。


 小柄な身体が、石の隙間をすり抜ける。


 ドラゴンの尾が横薙ぎに迫った。


「甘い!」


 私は足元に風を集めた。


「ウィンドリフト!」


 巻き上がる風が身体をふわりと押し上げる。


 次の瞬間、さらに背中側から突風が弾けた。


 爆ぜる風の勢いで、私はドラゴンの尾を飛び越えた。


 空中でくるりと身をひねり、ドラゴンの背後へ着地する。


「こういう時、小さい身体は便利なのよ! 誰がちんちくりんだ!」


 誰も言っていない。


 でも、私は勝手に怒っていた。


 ドラゴンが振り返り、爪を叩きつける。


 私は横へ転がった。


 マントの端が少し裂ける。


「……あ」


 紫のマント。


 金の縁取り。


 お気に入りだった。


「……今、やった?」


 ドラゴンは喉を鳴らした。


「ぐるる?」


「私のマント、やった?」


「ぐる……?」


 私の周囲で、魔力が膨れ上がった。


 赤い髪がふわりと持ち上がる。


 空気が熱で揺らめく。


「許可なく人の装備を破くなあああああっ!!」


 私は両手を掲げた。


 頭上に巨大な火球が生まれる。


 火球は赤から橙へ、橙から白へ、白から黄金へと色を変えながら、ぐるぐると圧縮されていく。


 遠くの岩陰から少年が叫んだ。


「ライラ様あああ!? それ大丈夫なの!?」


「大丈夫なわけないでしょ! だから強いのよ!」


「怖いよおおお!」


「耳ふさいで口開けてなさい! 爆風で鼓膜がご機嫌斜めになるわよ!」


 ドラゴンが本能的に後ずさった。


 私は笑った。


「さすがに分かる? そうよ。これは痛いわよ」


 魔法陣が幾重にも重なる。


 炎が渦巻く。


「クリムゾン・バースト!」


 火球が落ちた。


 直撃の瞬間、世界が白く弾けた。


 轟音。


 爆風。


 岩が砕け、煙が渦を巻き、赤い火の花が空へ散る。


 ドラゴンの巨体が地面に叩きつけられた。


「ぐがあああああっ!?」


 だが、若いとはいえドラゴンである。


 倒れながらも、まだ動く。


 鱗は砕け、翼は焼け、片目を閉じている。


 それでも、喉の奥に炎が灯った。


 私は額の汗を拭った。


「しぶとい! いいわね! 高く売れそうな生命力!」


 ドラゴンが最後の炎を吐こうとする。


 その視線の先には、岩陰から転び出た少年がいた。


 足を滑らせたのだ。


「うわあああっ!」


「このバカ羊飼い!」


 私は迷わず走った。


 自分の方が安全な位置にいた。


 ここで避ければ、ドラゴンにとどめを刺す隙も作れた。


 報酬だけ考えるなら、少年を見捨てた方が楽だった。


 でも。


「寝覚めが悪いのよ、そういうの!」


 私は少年の前へ飛び込んだ。


 両手を突き出す。


「アクアクリスタルガード!」


 水の膜が再び広がる。


 今度はさっきより厚い。


 内側に氷晶の盾を重ね、外側には水流を渦巻かせる。


 ドラゴンの火炎が防御壁に叩きつけられた。


 じゅうううううっ!


 水が蒸気になり、氷が割れ、熱が肌を刺す。


 けれど炎は、私と少年には届かない。


「ぐ、ううううっ! くっそ、重い! 若いくせに息だけは一人前ね!」


「ライラ様あああ!」


「泣くな! 後で助け賃を請求しづらくなるでしょ!」


「請求するの!?」


「するわよ! 命を助けたんだから焼きリンゴ三年分!」


「三年分!?」


「まけて二年半!」


「今交渉すること!?」


「私が余裕ありそうに見えるでしょ!」


「見えないよおおお!」


 私はにやっと笑った。


「正解!」


 次の瞬間、アクアクリスタルガードが砕けた。


 だが、その砕けた水と氷は消えない。


 無数の氷片となり、ドラゴンの吐息の流れに逆らって飛んだ。


「フロストリバース!」


 氷の破片がドラゴンの口元へ突き刺さる。


 ドラゴンは怯んだ。


 喉の火が乱れる。


 私はその隙を逃さない。


「大口開けてるからよ!」


 地面を蹴った。


 短剣を抜く。


 ただし斬るためではない。


 短剣の黒宝石に魔力を込め、刃先へ炎を集中させる。


「イグニッションパイル!」


 短剣から伸びた炎の杭が、ドラゴンの喉元へ突き刺さった。


 ドラゴンの身体が大きく跳ねる。


「ぐ、が……!」


「これで終わり!」


 私は空中で片手を掲げた。


 小さな火球がひとつ。


 それはクリムゾン・バーストよりずっと小さい。


 だが、熱は濃かった。


 真っ赤に圧縮された、拳ほどの炎。


「焦げすぎると素材価格が落ちるからね!」


 私は片目をつむった。


「焼き加減、ミディアム!」


 火球がドラゴンの喉奥へ飛び込んだ。


「インフェルノ・コア!」


 内側から、どん、と鈍い爆発が響く。


 ドラゴンは大きく目を見開き、ゆっくりと崩れ落ちた。


 地面が揺れる。


 煙が立つ。


 赤銅竜は、ついに動かなくなった。


 私はその場に着地し、肩で息をした。


「はあ……はあ……」


 少年が震えながら近づいてくる。


「ライラ様……すごい……!」


 私は振り返った。


 顔には煤。


 髪は少し乱れ。


 マントは破れている。


 それでも、得意げに笑った。


「当然でしょ? 私は天才魔導師ライラ・グリンガムよ!」


「ありがとう! 本当にありがとう!」


「感謝はいいから、焼きリンゴ二年半ね!」


「本当に請求するんだ!?」


「当たり前でしょ! 私は善意だけで動くほど安くないの!」


 少年は少し考えた。


「でも、村のリンゴ、今年はドラゴンに焼かれて少ないかも……」


 私はぴたりと止まった。


「……は?」


「倉庫も焼かれたし……」


「……」


「だから、二年半は難しいかも……」


 私はドラゴンの死体を見た。


 焼かれた倉庫を見た。


 泣きそうな少年を見た。


 そして、ものすごく嫌そうな顔をした。


「……分かったわよ」


「え?」


「今年は免除!」


「ほんと!?」


「ただし! 来年から三年分!」


「増えた!?」


「利子よ! 利子!」


「優しいのか怖いのか分からないよ!」


「怖くて優しい天才魔導師なのよ!」


 私は胸を張った。


 すると、少年の膝に血が滲んでいるのが見えた。


 さっき転んだ時に切ったのだろう。


「ちょっと、足見せなさい」


「え?」


「いいから」


 私はしゃがみ込み、少年の膝に手をかざした。


「ヒールライト」


 淡い金色の光が灯り、擦り傷がゆっくり塞がっていく。


 少年が目を丸くした。


「回復魔法も使えるの!?」


「天才って言ったでしょ」


「すごい……!」


「ただし骨折とか重い毒は専門外。そういうのは神官に行きなさい。私は焼く方が本職」


「焼く方が本職って言い方、怖い!」


「褒め言葉として受け取るわ!」






 その時、遠くからギルドの討伐隊が駆けつけてきた。


 先頭には、馬に乗ったエルナの姿があった。


「ライラさあああん!」


「あ、エルナ!」


「無事ですか!? まさか本当に一人でドラゴンを倒したんですか!?」


「倒したわよ!」


「作戦書もなしに!?」


「作戦ならあったって言ったでしょ!」


「燃やして凍らせて縛って爆ぜて勝つ、は作戦ではありません!」


「勝ったから作戦よ!」


 エルナは倒れたドラゴンを見て、口を開けた。


 討伐隊の冒険者たちも呆然としている。


「赤銅竜が……本当に……」


 斧戦士が髭の焦げ跡を撫でながら言った。


「嬢ちゃ……いや、ライラ。お前、化け物だな」


 私はにこりと笑った。


 手のひらに、小さなファイヤーボールを浮かべる。


「今、何て?」


「ライラ様は偉大です!」


「よろしい!」


 エルナはドラゴンの状態を確認し、書類を取り出した。


「討伐確認。村人救助あり。周辺被害拡大防止あり。これは追加報酬が出ますね」


「追加!?」


 私の目が、星のように輝いた。


「いくら!? ねえ、いくら!? 金貨!? 銀貨!? 肉券!?」


「肉券はありません!」


「作りなさいよ、ギルド肉券!」


「なぜ私が制度を増やすんですか!?」


「私が幸せになるから!」


「理由が個人的すぎます!」


 少年がくすくす笑った。


 私はそれを見て、ふんっと鼻を鳴らす。


「何笑ってんのよ!」


「だって、ライラ様、怖いけど面白い!」


「怖いけど強い、に訂正しなさい!」


「怖いけど強くて面白い!」


「よし!」


「いいんですか、それで!?」


 夕日が岩山を赤く染めていた。


 倒れたドラゴンの鱗が、赤銅色に光る。


 焼けた大地には焦げ跡が残り、砕けた岩からはまだ煙が上がっている。


 私は破れたマントを見下ろした。


「……これ、修理代も請求できる?」


 エルナは即答した。


「できません!」


「なんでよ!? 業務中の損害でしょ!?」


「単独突撃したのはライラさんです!」


「じゃあドラゴンの素材から天引き!」


「素材査定前に勝手に決めないでください!」


「私のマントを破った罰よ!」


「相手もう死んでます!」


「死んでも責任は取れる!」


「取れません!」


 私は腕を組み、倒れたドラゴンを見下ろした。


「まあ、いいわ」


「珍しく引きましたね」


「鱗、爪、報酬、追加報酬。あと村から焼きリンゴ三年分」


「二年半では?」


「利子で三年」


「命の恩人が利子を取らないでください!」


 私はにやりと笑った。


「私は善人じゃないの。天才魔導師なのよ」


 エルナは呆れた顔をした。


「でも、見捨てなかったじゃないですか」


「聞こえない!」


「助けたじゃないですか!」


「聞こえないって言ってるでしょ!」


「照れてます?」


「クリムゾン・バースト食らう?」


「すみません!」


 少年がまた笑った。


 討伐隊も笑った。


 私はそっぽを向き、破れた紫のマントを翻す。


 その頬が少し赤いことに、誰も触れなかった。


 触れたらたぶん燃えるからだ。






 こうして、赤銅竜討伐依頼は完了した。


 盗賊を燃やし、肉を食べ、依頼を受け、ドラゴンを倒し、焼きリンゴの長期契約まで取りつけた天才魔導師ライラ・グリンガム。


 その日のギルド記録には、こう残された。


「赤銅竜、討伐完了。被害拡大なし。村人一名救助。討伐者、ライラ・グリンガム」


 そして備考欄には、エルナの几帳面な字でこう書かれていた。


「爆発音が町まで聞こえたため、次回から作戦書の提出を強く推奨」






 翌日。


 私はその記録を読んで、ギルド中に響く声で叫んだ。


「だから勝ったんだから作戦でしょおおおおっ!?」



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