37 万能とは
畑の土は今日もふかふかで、指を入れるとほろりと崩れる。
陽の光を浴びた葉っぱが、きらきら揺れていてとても綺麗だ。
「よし、このトマトは今日のお礼用に入れよう」
籠に色々な野菜を並べながら、私は太陽の高さを見て、そろそろかなと思う。
今日は町長さんのお使いの人が町外れの道を通る日だ。
いつも同じ男性が来ていて、もう何度もお願いしているから、勝手にちょっと親近感を持っている。
「師匠、今日は町長さんのお使いの方との約束の日ですか?」
背後からケンちゃんの声。
振り返ると、籠を覗き込んでいる。
「うん。いつものお肉とか、図鑑と......ケンちゃんが読みたいと言ってた薬学の本とかね」
「ありがとうございます。ですが、前々からひとつ疑問が」
ケンちゃんはすっと隣に腰をおろした。
さり気なく、腕に着いている土をはらってくれる。
「師匠は、魔法で“イメージしたものを作り出せる”のでしょう?
でしたら、色々なもの、それこそ薬学の本も作れるのでは?」
――盲点だった。
「......たしかに」
思わず声が漏れた。
ケンちゃんがぱちぱち瞬きをする。
「どうかしましたか?」
「いや......ほんとに盲点だった......。
そうだよね、多分作れちゃうんだよね、私......」
ケンちゃんは少しだけ得意げに微笑む。
「では、薬学の本も――」
「いや、それは無理」
「......え?」
「だって、私、薬学の知識なんて、ひとっつも持ってないからね。
“イメージしたものを作る”って言っても、
中身がスカスカの薬学本ができあがるだけだよ。
ページめくったら全部“詳細は別途参照”って書いてあるよ、きっと」
ケンちゃんの目がまんまるになる。
「それは......たしかに本とは呼べませんね」
「でしょ。だから、ちゃんと知ってる人が作った本が欲しいの。
私の魔法は便利だけど、“知らないものを知ったふりして作る”ことはできないんだなって今思ったわ。
それに、私がお肉が欲しいっていったらどうなると思う?」
ケンちゃんは、ふむ、と首を傾げた。
そのまま、少し考え込むように視線を落とす。
「師匠のお肉の“イメージ”ですか......」
ぽつりとつぶやいたあと、ケンちゃんの眉がゆっくり寄っていく。
「まず......牛の出産から始まるのでは?」
「え、そこから?」
「はい。師匠は“命の流れ”を大切にする方ですから。
きっと、赤ちゃんの牛が生まれるところを想像して......
その後、師匠が一生懸命に牛を育てて、毎日ブラッシングして、名前をつけて、
“よしよし、今日も元気だね〜”とか話しかけていそうです」
「育てるの!?」
「ええ。」
「うわ、やりそう......」
ケンちゃんはさらに真剣な顔になった。
「そして、大きく育った牛をお肉にする段階で......」
そこで、ケンちゃんは言葉を止めた。
「師匠は、泣いてしまうと思います」
「うん、絶対泣くね!!」
「いえ、泣くだけでは済まないかもしれません。
“ごめんね......ごめんね......”と号泣して、そのまま魔法が暴走して、
牛が逆に巨大化してしまう可能性も......いえ、巨大化で済むならまだましかもしれません」
「ちょっと待って、私ってそんな危険人物なの?」
ケンちゃんは真面目な顔のまま、こくりと頷いた。
「ですので、師匠が“お肉を作る”のは......非常に危険だと思います」
「......そうだよね。圧倒的に時間がかかりすぎるしね。
じゃあ、やっぱり町長さんにお願いするのがいいね」
「はい。絶対にその方が平和的です」
二人で同時に深く頷いた。
そしてケンちゃんはふむ、と首を傾げて。
「なるほど......。師匠は万能ではないのですね」
「ちょっとちょっと、ケンちゃん?そこ強調しないで。
でもまあ、そういうことになりますな」
私は人参を一本持ち上げる。
うん、おいしそうだ、と頷きながらケンちゃんに手渡す。
「それにね。
ひとりで全部完結しちゃう世界って、つまらないと思うの。
誰かと関わって、やり取りして、“ありがとう”とか“助かったよ”とか、そういうのがある方が、私は楽しいんだよね。
生活を豊かにするのって、便利グッズじゃなくて、そういうことかなって」
ケンちゃんの表情が、ふっと柔らかくなる。
「師匠らしいお考えですね」
「褒めてる?」
「もちろんです。
師匠は......ひとりで何でもできるのに、
ひとりで完結しようとしない方ですから」
うわ~、なにそれ録音したい。いや、録音機ないけどさ。
「では、僕も手伝います。
町長さんに渡す野菜と、使者の方にお渡しする分ですよね」
「お、いいね。じゃあケンちゃん、色のバランス担当ね」
「色の......バランス......?」
「そう。映えるやつ!」
「映える??が、がんばります」
ケンちゃんは真剣に野菜を見比べ始めた。
その姿がなんだか可愛くて、私はつい笑ってしまう。
――さあ、本当にちょっと急がないと。
麻美、牛のお産で気を失うに1000円




