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湯船に肩まで沈んだ瞬間、思わず声が出る。
「ふぅ〜〜〜、生きかえる」
身体が勝手に脱力した。
今日一日の疲れが、暖かいお湯に溶け出て湯気と一緒に天井へ昇っていくようだ。
「異世界転生したら、住むなら温泉付きのお城がいいなぁ。侍女がいて髪の毛洗ってくれてマッサージまでしてくれるやつ、マジで最高すぎる。
あ〜〜、今日もよく働いた。私、ほんと偉い。」
なんて自画自賛しながら、そんな妄想をして、ぼんやりと湯気を眺める。
ふと、足先がじんわり痺れるような、温まっているのか冷えているのか分からない妙な感覚がした。
あれ、今日そんなに冷えたっけ。
そう思っていたら、胸の奥でドクン、とひとつ、妙に主張の強い鼓動がした。
――ん?今の、動悸?湯につかり過ぎたかな?
続けて、耳の奥で「ピーーー」という機械音みたいな音が鳴る。
いや、これはいつもの耳鳴りとはちょっと違うかも。
湯気がいつもよりモクモクして、まるでサウナのロウリュ後みたいに視界が白い。
「ちょっと待って、これって......疲れすぎ?
それとものぼせてる?」
今日なんて、子どもたちの宿題チェックで脳みそフル回転だったし。
そう思った瞬間、視界の端がスーッと暗くなっていく。
湯船の縁がぐにゃりと歪んで見えて、天井がやけに遠い。
「......あれ、水面、揺れてる?」
いや、私が揺れているのか。
なんだか体がふわっと軽くなって、湯船に沈んでいるのか浮いているのか分からなくなる。
でも、たまにこういう日もあるよね。
そう思って、深呼吸しようとした。
――あれ、なんかちょっと、息しづらい......
胸がぎゅっと締めつけられるような感覚がして、
視界の白い湯気が、ゆっくりと灰色に変わっていく。
「......ちょっと待って、これ、もしかして......」
ようやく頭の片隅で“ヒートショック”という単語が点滅する。
でも、その瞬間に浮かんだのは、
子どもたちの明日のお弁当のことだった。
――あれ、彩り用のブロッコリー残っていたっけ。
そんな日常的すぎる心配を最後に、
視界はすとん、と落ちた。
暗闇に沈む直前、
湯気の向こうで、誰かが呼んだような気がしたけれど、
それが現実なのか、私の願望からくる空耳だったのか......
確かめる前に意識は完全に途切れた。
お風呂は、ヤバい。




