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闇夜の女  作者: 一宮 沙耶
第1章 依存

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6話 山登り

今日は、正樹と一緒に武蔵五日市駅からの山登りに来ている。

毎朝、正樹が寝ている間に、朝ランニングで体力づくりを始めていた。

山登りをする時に正樹に迷惑をかけられないから。


駅からバスに乗り、十里木というバス停から山に入る。

橋を渡るときに、素晴らしい紅葉が目の前に広がっていた。

川の音が響き、赤や黄色に染まった木々がシンフォニーを奏でている。


温泉宿のような施設があったけど、朝早いから、ここには正樹と私の二人だけ。

正樹が前を歩き、正樹の後姿を見ながら前に進む。

正樹の背中は大きく、見るだけで包み込まれてしまいそう。


後ろからハグをして、背中に顔を埋めたい。

腕も、これまで気づかなかったけど、かなり筋肉がありそう。


日頃は夜のお店での姿ばかりを見ている私には、正樹の私服姿は新鮮だった。

お店では年齢不詳の冷酷さがただよう正樹が、若い青年に見える。

まだ20歳前後なのかもしれない。


そういえば年齢のことも知らない。

でも、それでいい。私にとって正樹は、お店の同僚だということを知っていれば十分。

これから知っていけばよく、焦る必要はない。


でも、山を歩く正樹の目が澄んでいたことは新たな発見だった。

何にも拘束されずに、自然の中で自由になれているように感じた。

逆に、それだけ日々は過去に縛られ、自分を押し殺しているのだと思う。


私が、固まった鎧を解いてあげる。

まずは、正樹を褒める言葉を探した。


「正樹は、筋トレとかしてるの?」

「昔はしていたけど、最近はしていないな。」

「筋肉すごいから、しているのかと思って。」


正樹の顔は再び無表情となり、私の話しにはあまり反応しない。

これまで暴力を振るわれていた犬が、新たな優しい飼い主にも怯えるような姿。

大丈夫。私は正樹の気持ちを逆なでしたりしないから。


分厚い鎧はがちがちで、心を許すには時間がかかると思う。

でも、ゆっくり、長い時間をかけて私が正樹の心を開放してあげる。

それが、私の生まれてきた意味だもの。


そんなことを考えながらも、私は、正樹の硬い腕で抱きしめられる姿を思い浮かべていた。

逞しい腕から目が離せない。

底辺で暮らす、どこにも魅力がない私だけど、その腕で、この体を溶かして欲しい。


初めての山登りで、息があがっていた。

私のことを気にせず先に進む正樹に、追いつくだけで精一杯だった。


でも、初めて手にした幸せだもの。

男の人と2人きりでこんなに長時間一緒にいたのも初めて。

正樹ばかり見ていたから、今から思うと山の景色の記憶がない。


後悔なんてない。正樹と過ごす時間が今回の目的だから。

大岳山は登るのは大変だからと言われて通り過ぎ、ロックガーデンという沢を下る。

大きな滝が迎えてくれて、その後も多くの岩の隙間を水が流れる。

東京に、こんな自然豊かな場所があるなんて知らなかった。


御嶽山の神社でお参りをして、ケーブルカーに乗り、御嶽駅にバスで向かう。

1日、正樹の顔を見つめ続けることができて、本当に楽しかった。

16時過ぎ、御嶽駅で電車を待っているときだった。


「今日は、まだ時間あるよな。立川で飲んでいこう。」

「いいわね。」


私は、嬉しすぎて、立川に向かう電車の中で、ずっと話し続けていた。

そして、立川駅を降り、近くの2階の居酒屋に入る。

めずらしく正樹から話し始める。


「お前は料理は上手いよな。」

「そうかな、普通だよ。」

「この店のハンバーグは冷凍食品をレンチンしただけのような味だけど、お前の料理は子供の頃に食べたような家庭の味がした。」

「そう思ってくれたのなら嬉しいな。」

「しばらく、お前の家で過ごそうかな。いいよな。」

「いいなんて、私からお願いしたいぐらいよ。」


私は舞い上がってしまい、だいぶ酔っぱらって、その後のことは、よく覚えていない。

夜、ビルから漏れる光や、大通りを通る車のライトが美しかった記憶がある。

シックなカウンターでカクテルを傾けていたような。


バックで、シャンソンが聞こえていたけど、二軒目に行ったのかしら。

何を飲んだとか、どうやって帰ったのかとかよく覚えていない。

そういえば、タクシーの中で、正樹と濃厚な口付けをずっとしていた記憶がある。

バストをもまれ、声も出していた。


タクシーを降りて、正樹の肩に抱えられて私の部屋に戻ったんだと思う。

そして、いきなり私は強い力で抱かれていた。

心は幸せに満ち、こうして、私たちは一つになった。


私にとって、一番、輝いていた時間だったかもしれない。

そんな幸せの中、私は子供の頃を思い出していた。

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