5話 同棲
朝、目覚めると、カーテンの隙間から朝日が漏れる。
まだ朝9時で、こんなに早く起きたのは久しぶり。
でも、まだ寝ている正樹の顔は子供のようにかわいい。
私が下から正樹の顔を覗き込んでいると、目をこすり話しかけてきた。
「今、何時だ?」
「朝9時。なにか、朝ごはん作ろうか。」
「気持ち悪いし、いらない。」
「体のためには朝ごはんは食べた方がいいわよ。」
「俺に命令するのか?」
「そんなことはしないよ。私は、なんでも、正樹の言うことは聞くから安心して。」
私は、まだ寝ようとする正樹に口付けをしてベッドから起き上がる。
音を立てて起こさないように、部屋に散らばった昨晩の服を静かに片付けた。
一段落すると、近くのスーパーへと買い物に出かける。
正樹って、どんな料理が好きなのかしら。
昨晩は鳥カラとポテトフライだったから、ハンバーグとか好きかな。
カレーとかも好きかもしれない。
一人暮らしを始めて、料理の楽しみを知った。
だから、最近は、いろんな料理を作っている。
春巻きとか、スペアリブとか、凝った料理も正樹はきっと喜んでくれるはず。
私が作った料理を、ブスッとして食べている正樹の姿を浮かべ、おもわず微笑む。
正樹は恥ずかしがり屋なんだから。
ひき肉やジャガイモ、カレーのルーとかを大量に買い込む。
正樹が私の部屋で過ごせるように、歯ブラシやシャンプーとかも買う。
洗面所に私と正樹のカップが並び、その中に歯ブラシが揺れる姿が目に浮かぶ。
レジのおばさんは怪訝そうに見つめていた。私はニヤけていたのだと思う。
男が暮らす時に使うものって何があるのかしら。
Tシャツや下着とかも買って、荷物がすごい量になってしまう。
でも、正樹と暮らすためなら、このぐらいは大丈夫。
家に帰る道では、重い荷物を持ちながらも、知らぬ間にスキップをしていた。
こんなに可愛らしい自分がいることを、これまで知らなかった。
これまでは、ずっと、同居する芽衣に脅され、自分を殺していたから。
目の前の小川には小さな魚が何匹も泳ぎ回る。
蝶々も楽しげに飛び回り、1匹がもう1匹を追い回す。オスとメスなのかもしれない。
小川のせせらぎと、風に吹かれ揺れる草木の音が心地よい。
こんなに、私の周りは楽しげで、清々しい空間が広がっていたんだ。
私は、心地よい空気をいっぱいに吸い込み、家に辿り着く。
部屋に戻ると、正樹は、TVをつけ、ベッドに寝そべっていた。
正樹は振り向き、鋭い目つきで私を見上げる。
「お昼は、ハンバーグにするわね。」
「昨晩は、世話になったな。お金も出してくれたんだろう。」
「そんなこと気にしないで。これからも、正樹にはいつでも私が払うから。」
「そうか。それと、昨晩は、おまえとやった記憶はないけど、どうだったっけ?」
「私がずっと、正樹の横にいただけ。でも、とっても嬉しかった。これからも、ずっと、ここにいて。なんでもするから。歯ブラシや、着る物も買ってきたよ。」
私は、ハンバーグを作り、テーブルに並べる。
「正樹は、これまでどんな風に生きてきたの?」
「その話しは、また今度な。」
「そうなんだ。いいよ。話したくなったら聞くから。さあ、食べよう。」
「週末とか何しているんだ?」
「何してるかな。部屋を掃除して、洗濯して、1週間分の食事を作っていると、もう終わっているって感じ。正樹は、どうなの?」
「俺は、日帰りで山登りとかしてるかな。」
正樹のプライベートを聞いたのは初めてだった。
ボクシングでもしてそうだった正樹が山を歩いているのは意外。
でも、険しい山に挑むことで心を無にし、これまでの苦悩を忘れたいのかもしれない。
私も一緒に山登りとかしたいけど、そんな1人の時間を邪魔してしまうと思う。
でも、そばにいて、正樹の役に立ちたいという思いを止められなかった。
「すごい。私も一緒に登れるかな。」
「その気があるのなら、今度、低い山を一緒に登ってみるか?」
「いいの? 行く、行く。楽しみ。リュックとか、登山靴とか、どんなものを持っていけばいいの? 買い物、一緒に付き合ってくれないかな。」
「わかった。この週末の土曜日、付き合ってやる。」
とんとん拍子に話しが進んでいることに、有頂天になっていた。
こんな私の横に、素敵な正樹がいて、一緒に話している。
私は、陽気に、ずっと正樹に話し続けていた。
正樹は、いつものように笑顔は見せずに、昨晩と一緒でずっと先を見つめている。
この人には、これまで語り尽くせない辛い時間があったに違いない。
私は、どこまでも正樹の味方で、鎧をかぶった体をほぐしてあげる。
これって奇跡でしょう。
こんな私に、こんなに素敵な男の人が声をかけてくれたのだから。
私にも、やっと幸せが巡ってきたと思えた。




