エピローグ
私は、今、精神病棟に隔離されている。
半年前に山梨で警察に捕まり、刑務所で暮らしていた。
でも、しばらくして、食事に出てきたスプーンを凶器に女刑務官の目を刺した。
食事には凶器となるフォーク等は出されないけど、プラスティックのスプーンは出ていた。
だから密かに手元に置き、肢の部分を削り、針のようにする。
そして、いつも私を見下していた女刑務官の目を刺し、成敗してやった。
目玉を取り出したのは、これで2回目だから手際よくできた。
目玉は神経の筋があり、それを引きちぎる。
もう一つの目玉もくり抜かれた女刑務官は、目に手を当て、悲鳴をあげる。
その2つの目玉を窓から放り投げる。
丸い玉が光をあび、くるくる回転しながら空を飛ぶ姿は、とても綺麗だった。
私は、血に染まった手を天井に向けてあげ、大笑いをする。
私は何も悪くないのに、殺した人に懺悔し、反省しろと浅はかな女刑務官は言った。
国家の権力を笠に着て、自分勝手な考えを押し付けるのはやめて欲しい。
そんなやつこそ、私に懺悔し、この世の中から消えればいい。
そして、その女刑務官だけでなく、私が出会った人々は、私の自由な時間を奪った。
私はただ、普通の幸せと自由が欲しかっただけ。
それを邪魔しようと、大勢の人達が私を邪魔したから殺しただけ。
どこが悪いのか分からない。
正当防衛という言葉を聞いたことがある。
なぜ、私の行動を、そのように見てくれないのかしら。
何もかも嫌になり、女刑務官を攻撃した。
その後、目玉を失った女刑務官は自殺したと聞く。
自分の浅はかさに気づき、私に命を差し出して懺悔することにしたに違いない。
その後も、警察は女刑務官の死を償えと迫る。
何を言っているのか分からない。
あの女は私への罪に耐えかねて死を選んだと私は声高々に訴えた。
これまで、私が殺害した人達もそう。
いずれも私を迫害し、殺されるに値する人達だった。
どうして分かってくれないのだろう。
その頃、私の部屋から、何人もの男の体の一部が乾燥した状態で発見された。
世の中のニュースでは猟奇殺人事件として大々的に報道される。
男の体の一部をコレクターとして収集するために男を次々と殺していったと。
これらの事件をきっかけに私は精神疾患者として無罪となり、精神病棟に隔離される。
凶暴だからと、部屋に閉じ込められ、ご飯もドアの隙間から入れる。
1週間に1回、タオルで体をふかれるけど、足と手は縛られて体をふかれる。
タオルで人の首を縛るおそれもあるとして、タオルで自分の体をふく自由は与えられない。
独房にいるときは体は縛られていない。
刑務官が入る時は、後ろにライフル銃を持つ別の刑務官が控える。
怪しげな行動を取れば、いつでも殺していいということなのだと思う。
今日は、珍しく面接の人が来ていると聞いた。
精神病棟にいる凶暴な患者には通常、面接はできないと聞いていた。
どうも、私の被害者として例外的に認められたらしい。
車椅子に手と足を縛られ、面接をするコンクリートに囲われた小さな部屋に入った。
中央にいくつもの小さな穴が空いたガラスを隔てて、目の前に車椅子に座る人がいる。
顔は醜く歪み、髪の毛は抜け落ち、両足はなく、切断されたのかもしれない。
顔や皮膚はどこもケロイド状になっていて、見るのも耐えない。
顔は、一方が皮膚と癒着し、左右非対称な口から出た声から女だと初めて分かった。
何がこの女にあったのだろうか。まあ、私に関係がないこと。
渋谷のテロで生き残った人なのかもしれない。
私は心が広いから、こんな人間のなりそこないの女の話しも聞いてあげる。
「私が誰か分かる?」
「誰だろう? あなたとは会ったことないけど。芽衣の手下の澪とか? 最近は、行方が分からないと聞いているけど、渋谷のテロで逃げ遅れて、怪我したなんて言わないでよ。あはは。」
「私のことなんて覚えていないわよね。私は翠。夫と娘を殺された翠よ。」
「え、まだ図太く生き残っていたの?」
「火事で大火傷をしたけど、なんとか一命を取り留めたの。1年ぐらいは記憶が曖昧だったけど、思い出したの。火事になったとき、あなたが私を見つめて、笑いながら去っていったこと。あの火事はあなたの仕業なんでしょう。」
「そんな昔のこと、忘れたわよ。」
「それに、どうして、夫と娘を殺したのよ。私から奪っておいて。記憶が戻ったら、2人ともあなたに殺されていた。」
もう人間には見えない頬に涙が流れる。
そうか、まだ翠は生きていたんだ。
晃一も陽葵もいない今、翠が生きていても別に害はない。
というより、私にはもう関係のない人。
「陽葵は、私に楯突いて、晃一さんと別れさせようとしたから殺したのよ。私は被害者なの。陽葵が、そんなことしなかったら、殺していないもの。私は悪くはない。そういえば、思い出したけど、陽葵はガラスの置物を取ろうと、自分でベランダから落ちていったのよ。そうそう、私が殺したんじゃないわ。」
「母を奪われた娘が、その奪った女を責めるのは当然でしょう。どうして、そんな自分のことを悪いと思えないの? そして、どうして、そんなに自分の都合のいいように事実を捻じ曲げるの?」
「警察も事故だと言っていたわよ。翠こそ、私を犯罪者に仕立てないでよ。そんな人ばかりだから、私は貶められ、こんな所に監禁されているの。本当に、迷惑なんだから。」
「あれから私は調べたの。そしたら、あのマンションの横にあるビルの一屋から覗きで動画を撮っている人がいて、陽葵が落ちたときの一部始終をカメラに納めていた。あなたが、陽葵の足を蹴り上げ、それで陽葵は落ちていったのがはっきりと残っているんだから。」
「それはおかしいわね。翠が私を陥れるためのフェイク動画なんじゃない。きっと、そうね。私は、誤解されて嫌われやすいタイプだから損しちゃうわ。」
翠の手は震え、火傷で醜くなった顔をしかめ、更にひどい顔になっている。
心が醜い人は顔も醜くなるものね。
「それでも、晃一を殺さなくても良かったでしょう。あなたが欲しかった人なんでしょう。しかも、我が子まで殺すなんて人間とは思えない。」
「そうね。息子を殺してしまったのは心が痛むわ。晃一が助けてくれることを祈っていたのに、ダメだったんでしょう。晃一が、ろくでなしだったということ。結果からみれば、晃一が私の息子を殺したのよ。許せないでしょう。だから、私は晃一に見切りをつけて、捨てたの。あなたも、あの男に騙されていたのよ。別れさせてあげた私に感謝しなさいよ。」
「どこまでひどい女なの。もう人間じゃなくて鬼。」
翠は、大声で泣きじゃくり、私との間にあるパネルを叩く。
刑務官が翠の手を押さえようと近づき、肩を抑えている。
翠、まずは冷静になりなさい。そんなんだから男に騙されるの。
男なんてくだらない生き物。
そんな生き物にすがり、あこがれるから、自分の人生を台無しにする。
あなたも、その枠から出れなかったから不幸になったのよ。
今の姿は、そんなあわれな女の末路でしょう。
私は、男を支配し、てなづけて幸せになろうとした。
それを寄ってたかって邪魔したのが警察。私は、何も悪いことしていないのに。
多分、私が幸せになることを許せなかったのだと思う。
出る杭は打たれるというし、私の存在があまりに大きくて邪魔だったのね。
でも、私も迂闊だった。そんな警察に捕まるなんて。
私の自由を奪うなんてひどい。
父親に犯され、母親に縛られていた小学生の頃。
親に捨てられ、同居人の芽衣の奴隷として過ごした中学生の時期。
正樹に依存し、毎日暗闇で過ごしていた20歳ごろまでの日々。
それから殺人に手を染め、警察に追われる。
私に心が休まる時間はどこにもなかった。
私は被害者なの。もう、開放してよ。
暗闇に1人彷徨うのはもう疲れた。
普通に陽の光のもとで過ごしたい。
ただ、公園のベンチに座り、ボートに乗っている家族をぼんやり眺めているだけでいい。
最近は、そんなたわいもないことが幸せだと気づいた。
そんな時間さえ、私から奪うの?
そんな権利はあなた達にはないでしょう。
こんな独房のような部屋にいつまで閉じ込めておくの?
これだけ苦労して生きてきたんだから、そろそろご褒美をちょうだいよ。
自由に生きるのを邪魔しないで。
ばかな女が目の前で騒ぎ、刑務官に抑えられている。
それを見下し、にやにやしている私の姿を翠は見上げ、脱力し、刑務官への抵抗をやめた。
それを見て、刑務官も翠から手を離す。
そもそも、両足を切断された女が、いくら暴れても、たかが知れている。
刑務官も翠も私が正しいと理解したに違いない。
「そういえば、さっき、あなたの口から話題に出た澪さん、最近、私の元に現れたの。あなたに、よろしくと言って、これをくれたわ。」
澪が、何を言っていたって。
あのテロリストの澪が。
そして、翠は、リップのケースを2本、ポケットから取り出した。
翠はリップのキャップを外し、穴が空いたガラス中央にリップを両手で力一杯押し付ける。
その直後、私は眩い光に包まれた。
ものすごい力が体の中から炸裂し、体が砕け散る。
外では、木の葉はすべて落ち去り、静かに雪が舞い始めていた。
明日は、何もなかったかのように訪れるに違いない。




