9話 恩を仇で返す
そろそろ、おじいさんがいなくても暮らせる。
タイミングが重要。お金を私のものにできる。
最近は、ずっと一緒にいて、少し飽きていたところだった。
昔は会っても、すぐに別れる関係だったでしょう。
今では、朝から晩までずっと一緒だし、私を見る目も嫌らしかった。
だいたい、息が臭い。加齢臭もする。
もう、本来の寿命が過ぎていているのだと思う。
もうあなたから学ぶことは一つもない。
たしかに、暖かく私を警察から隠しておいてくれたことには感謝をしている。
でも、もう、あなたがいなくても、ここにいれば警察に捕まることはない。
しかも、お金をそんなに持っているなら、私のために使う方が有益でしょう。
山にあるトリカブトを採取し、おじいさんが飲んでるお酒に入れることにした。
トリカブトは根っこに多くの毒性があるという。
手袋をして根っこをすりおろし、乾燥させていた。
夜、焼酎にその粉を混ぜる。
おじいさんは焼酎を、水も氷も入れずに飲むので、味はそれほど気づかれないはず。
色も夜で暗いから、いつも変わらないと気づかないと思う。
鍋を食べながら、おじいさんは、お酒をいつものようにいいペースで飲み始めた。
私は強い方でもないし、好きじゃないので、お酒にお金を使うのももったいない。
そう言って、私は、山に来てからずっとお酒は飲んでいなかった。
おじいさんもそんな姿を見て、いつものことだし、勧めてくることもない。
飲み始めて20分ぐらいした頃かしら。
おじいさんは足が痺れると言い始めて、少しすると倒れてしまった。
「お嬢さん、何か入れたのか?」
「そんなこと、するはずないじゃないの。でも、今からお医者さんを呼んでも、いつになったらここに来るかしら。」
「裏切ったな。やっぱり、金の話しをしたのが失敗だった。金に目が眩んだんだな。」
今までに聞いたことがない人を脅すような声でフラフラとしながら立ち上がる。
棚の引き出しから、ドスを取り出し、私に切り付けてきた。
危ないじゃない。
でも、おじいさんは、額からすごい汗が流れ、そのうちに痙攣してくる。
呼吸ができなくなり倒れ、口から泡を出していた。
お酒を飲み始めて40分ぐらいで息途絶え、全く動かなくなった。
なんだったんだろう。あんなドスを持っているなんて。
ドスを持ち出した引き出しを見ると、昔の写真がある。
竹林組と墨で書かれた屏風の下に、このおじいさんを囲んで暴力団員が並ぶ。
暴力団の組長だったのね。何かで逃げてここにいたのかもしれない。
それはそう。普通の人があんな大金を現金でこんな所に隠していないもの。
ここで組員とかは見たことないから、今は引退しているのだと思う。
さっき、私に切りつけようとしていた人が床に転がっている。
部屋は静けさに包まれ、火の中で薪が割れる音だけが響く。
私は、しばらく、呆然とおじいさんを見つめていた。
人間の最後なんてあっけない。
だけど、自由に生きてこれたんだから良かったんじゃないの。
最後には、こんな可愛い女に見守られたんだし。
私は、早朝に、おじいさんの遺体を裏庭に埋める。
大きな穴を掘るのは大変だったけど、死体となった体は早く消し去りたい。
うじ虫がわき、悪臭がする姿は見たくない。
今考えると、長い間、一緒にいられたのは男女の仲を超えた関係だったからかもしれない。
おじいさんはもう性欲もなかったし、私も男として見ることはなかった。
だから、正樹とかとは違い、私を支配しようともしなかった。
でも、最近、こんな貧しい生活には飽きたのよ。
やっぱり、私は都会の女。何不自由なく、過ごしたいと思うのはおかしくないでしょう。
しかも、目の前にはたくさんのお金もある。
それを思い出させてくれたのが、おじいさんのお金。
そのことには感謝する。
私は、おじいさんの遺体を埋めた土に、残りのお酒を流した。
「ここには誰も来ないし、遺体が発見されることもないわね。おじいさんの大好きなお酒と一緒にお眠りなさい。これまで、ありがとう。私は、30歳を過ぎて顔も少し老けたから、詩織とか優美だと気づかれる可能性も減ったし、この山での生活も疲れたから、都会の生活に戻ることにするわね。バイバイ。」
私は、家中から、丁寧に自分の指紋を拭き取り、痕跡となるようなものは全て焼いた。
これで、おじいさんが生きていた証は何もなくなる。
幸いなことに、私がここにいる時には、訪問する人はいなかった。
街への買い出しも、おじいさんがして、街の人に私のことを伝えていないはず。
だから、私がここにいたという事実はなくなったんだと思う。
そこで、帽子を深々とかぶり、マスクをして街に戻り、電車で、名古屋に向かった。
警察の目があるから、それなりに人が多くいる街が、隠れるには都合がいい。
でも、大阪とかだと、東京との人事交流とかで東京の警察が来ているかもしれない。
また、観光地だと、東京の警察がプライベートで旅行に来るかもしれない。
そのバランスを考えて、名古屋に住むことにした。
まず、広くなくていいので、老人が孤独死をし、しばらく放置されていた廃屋を購入した。
数年、死んだのが気づかれなかったと言うから、親しい家族や親戚はいないんだと思う。
この点もいい。変なところで足がつくのは困るから。
不動産屋は、人が亡くなった不動産だと通知して、若い女が大丈夫かと聞く。
家は片付けられ、当時の生活がわかるものは何一つない。
ただ、死んだと言われる部屋の畳には黒い跡が残っていた。
おそらく、ここで、誰にも発見されずに腐っていったんだと思う。
そんな怨念が詰まったような畳は焼いてしまえばいい。
私は、幽霊なんて信じていない。信じられるのは手元にある現金だけ。
この家は解体し、新しい家を建ててしまえば、すべての痕跡は消える。
呪縛霊なんているはずがない。
いたとしても、今の私が怒りを出せば、退散するはず。
今の私には、それだけの凄みがある。
不動産屋には、渋谷のテロで死んだ人を多く見たから大丈夫と表上は答えた。
あまりに冷徹な顔で答えたからなのか、私を裏の社会の人なのではと恐れ始める。
これまで、何人も殺したことがあるのではないかと。
こんな底辺の人には、現金を出しておけば黙らせることができると過去に学んだ。
今回も、そうすれば何も言わずにこの家を差し出すはず。
重要なことは、私にはバックに大物がいて、何かあれば命が奪われると信じさせること。
だから、どこまでも闇が広がるところを見せつけ、不動産屋は私の凄みに圧倒されている。
不動産屋は、この家を売り払い、私の元からいち早く去りたいと、そわそわし出す。
お互いに空虚な会話だと知りながら話しを重ね、物件の説明は終わった。
訳あり物件ということで2,000万円というから、現金をポンと出す。
そうすると、ただ、黙って登記と権利証を出してきた。
多分、もっと安く売るつもりだったんだと思う。
いくらなら、家の解体と新たな家の建設ができるのかを聞く。
1階建てのプレハブなら、バス、トイレ付きで1,000万円でいいと答えた。
私1人なら、それで十分。これまでの生活を考えれば、電気もあるし、天国と言える。
その不動産屋も、裏社会との繋がりがあるみたい。
だから、戸籍と住民票も作ってというと、200万円でなんとかしてくれた。
底辺の人でも、使えるものは使った方がいい。
新しい名前もセットで、結婚の履歴も消えた。
お金があれば、なんでもできるんだと今更ながらに気づく。
ただ、残り4,000万円ぐらいは手元に残っていると言っても、一生これで生きていけない。
長崎で残してきた銀行口座の3億円には手をつけられない。
3億円を現金で手元に置いておかなかったことを悔やむ。
名古屋駅のすぐそばにある会社の面談を受けて、社長秘書として働くことにした。
お金があるおじさんの面倒を見るのは得意だし。
質素で清潔な洋服で、伊達メガネもして、会社に通う。
ヘアもどこにでもいるショートにして、ごく普通の人に紛れて過ごす日々が続く。
ただ、私の美貌は隠すことができない。
電車の中では、誰もが振り向く。ただ、声をかける勇気は誰にもなさそう。
職場の人に飲みに誘われても、お金に困っているからと言って断る。
人とは関係を持たずに、ひっそりと暮らすのがいい。
もう、人と接するのは疲れたし、一人で寂しいとは思わない。
ある人は、そんな引っ込み思案だから30歳にもなるのに一人暮らしだと説教をする。
顔は美人なんだから、もっと積極的に男と話す方がいいと。
こんな多くの経験をしてきた私に何を言っているのかしら。
でも、そんなバカと言い合っても仕方がない。
私は、下を向き、自信がないからと呟き、その場を立ち去る。
会社では、そんな質素な私を、付かず離れず、程よい関係で受け入れてくれた。
社長も、言葉数が少ない私を、情報を漏らさない秘書として大切にしてくれる。
履歴書では中卒になっているから、それほど難しい仕事も依頼されることはない。
ただ、朝会社に来て、お茶をだし、書類を整理していれば帰宅の時間になる。
仕事が終わると、どこにも寄らず、名古屋駅から1駅の枇杷島の家に戻る。
男の影もなく、騙されたりしない様子が、さらに社長の信頼を深めた。
今日も、誰もいない真っ暗な家に戻って、夕飯の支度をする。
お味噌汁を温め、長ネギを切る時に、昔付き合っていたITベンチャー社長を思い出す。
なんで男は自分勝手なんだろう。女を支配しようとする。
そんな男はこの世の中にいらないから、消してあげた。私が悪いわけではない。
ご飯にたくあんを載せながら、長崎の晃一には少し悪かったと考えていた。
彼はただ魅力がなかっただけで、私や息子には優しかった。
でも、私が今の生活をするためには、あなたの犠牲が必要だった。ごめんなさい。
息子の死は本当に残念だった。
でも、今、ここでシングルマザーとして息子を育てている自分は想像ができない。
まだ、苦しみを感じず、自覚が育つ前に亡くなったことだけは良かったと思う。
名古屋で、新しい名前での生活は順調に進んでいた。
今まで何もない自給自足の山での生活に比べれば、名古屋で豊かな生活を送れる。
静かに、目立たず生きていれば、警察に見つかることはない。
結婚もしたし、子供も産んだし、面倒な男なんて、もういらない。




