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闇夜の女  作者: 一宮 沙耶
第3章 逃避行

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8話 山梨のおじいさん

山梨の雪が積もる山の林道を、私は警察から逃げている。

林道は、車も通れる、それなりに整備されている道。

でも、昨晩、降り積もった雪が15cmぐらいあって歩きづらい。


坂を登ること自体が大変なのに加えて、雪が邪魔をする。

寒くて手がかじかみ、今にも低体温症で倒れるかもしれない。

でも、今の私には、こんな雪道しか残されていない。


雪はまだ積もったばかりで凍っていないから、滑らないのはありがたい。

雪が靴の中に染み込み、もう足の感覚はない。

本当にこのまま歩き続けられるのか分からない。


登山道ではないけど、林道の両脇は、雪がのった枝ばかりで葉は全くない。

寒々しい木々しか見えない。

今は雪は降ってないので、枝の上の雪は、陽を浴びてキラキラと輝く。

私を、こちらの世界にようこそと誘っているように見えた。


寒々しい風景には違いない。

私の、今の状況のように。あまり、将来に期待しない方がいい。

期待しないでいた方が、後で裏切られないから。


もう少しで、知り合いのおじいさんの家がある。

もうすぐだから、頑張るしかない。

赤切れした指に、暖かい息をかけ、なんとか寒さをごまかす。


山の中腹に、自給自足で暮らしているおじいさんの家がある。

その家が、今の私にとっての行き先で、そこしか逃げる場所がない。


昔、登山で下山するときに、何気に声をかけたのがきっかけだった。

それ以降、おじいさんとは仲良くなった。

この山に来る時は、かならず訪れ、お土産を渡していた。


どうして、年齢も違い、みすぼらしいおじいさんと仲良くなったのだろう?

おじいさんにはしがみつくものはなく、私も何かあれば来なければいいと思っていたから。

おじいさんの家を離れればお互いに忘れてしまう、そんな関係は楽だった。


おじいさんは、昔は、それなりに成功して、お金はかなり持っていたらしい。

自給自足と言っても、1ヶ月に1回ぐらい街に出て、お米とか買い出しをしている。

あとは、野菜とかを育て、周りの木を切って作った薪で火をおこして生活をしている。


おじいさんは、ほとんど人と接しない。

電気も通じてないから外から情報が入ってこない。

だから、私が逃げていることも知らないはず。


おじいさんに何があったのかは知らない。

でも、この人なら、私を受け入れてくれる。

そして、こんな山奥のおじいさんの家が警察に見つかる可能性は低い。


そう期待して、一面、雪で覆われた、この道を逃げている。

明日も降る予定の雪は、私の足跡を消してくれるはず。

そして、春には、雪も溶け、私の匂いの痕跡も洗い流してくれる。


2時間ぐらい経った頃、おじいさんの家の明かりが見えてきた。

やっと、着いた。


「すみません。坂下です。おじいさん、いますか?」

「こんな雪の中で、どうなさったんですか。それも、こんなに若いお嬢さんが。」

「実は、私は詩織なんです。覚えているでしょう。心を病んでしまって家に引きこもり、整形をしたの。顔は変わったけど、心は昔の詩織なの。」

「本当に詩織さん? たしかに声は詩織さんのようだね。まあ、入りなさい。」


おじいさんは、暖かい部屋に私を通す。


「それで、今日は、雪の中、こんなところまで来て、どうしたのかね?」

「東京での暮らしに嫌気がさして、そんなときにおじいさんのことを思い出して、ここで暮らしたいって思っていたら、いつのまにかここに来てしまったんです。」

「そんな急に。まあ、何もないところだけど、ここで落ち着くのであれば、心が落ち着くまでいなさい。でも、ここには何もないよ。こんなに若いお嬢さんが満足できるものは、何一つないと思うんだけど。」

「それがいいんです。ほっとしました。ありがとうございます。」


おじいさんは、それ以上は私のことは聞かず、温かいけんちん汁を出してくれた。

凍りついた手は、急に暖かい囲炉裏の火を浴び、充血して痛い。


部屋を見渡すと、家具とかはほとんど何もない男の1人暮らしって感じ。

いつも、外で会話するぐらいだったから、家の中に入るのは初めて。


囲炉裏を囲む板張りの床の部屋と、布団をひいた小さな畳の和室がある。

外には、屋根の軒先の下に薪で沸かすお風呂があると話していた。


家の柱は、柱と言えるか怪しいもので、蹴飛ばすと、家自体が壊れそう。

おじいさんは、私は囲炉裏のあるこの部屋で寝るように言った。


おじいさんは年齢から女には興味なさそうだし、不安はない。

食料とか確保できるのかは不安もあるけど、ここで暮らすしかない。


私たちの山での生活が始まった。

3ヶ月ぐらい経って、雪も溶けた頃、おじいさんは、周りの木を切る。

その木で、おじいさんの家の横に6畳1間のログハウスを作ってくれた。


私も、木を壁にする時に手伝う。

初めて見る家づくりは、思いの外面白かった。

1週間ぐらいで家はでき、私は、そこで暮らすようになる。


こんな、電気もないところで暮らす方法は、おじいさんから教わった。

井戸から水を汲む方法、田畑を耕す方法、囲炉裏で料理をする方法とか。

でも、街への買い出しで、いろいろな物を買ってきてもらえたのは助かった。

包丁とか、鍋とか、灯油とか、ファイヤースターターとか。


「私は、もう年で、あと何年生きられるか分からない。そんな状況で寂しいと思っていた時に、お嬢さんが来てくれて、本当に楽しい日々を過ごせているんだ。ありがとう。」

「こちらこそ、急に押しかけてしまって、すみません。それを、何も言わずに受け入れてくれたおじいさんには、本当に感謝しています。これからも、何かあったら、私がおじいさんのお世話をしますので、言ってください。」

「本当に、ありがたい話だ。ところで、この畳の裏に、私が働いていた頃に稼いだ8,000万円を隠してある。私がなくなったら、遠慮なく使って欲しい。」


私の頭には、悪いシナリオが浮かぶ。

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