6話 乗っ取り
それから1週間は、その家族からは遠ざかっていた。
お葬式等もあったのだと思う。
1週間後の日曜日、私は娘さんがよく来ていた公園のベンチに座っていた。
しばらくすると、お父さんと娘さんがやってきて、私を見つける。
娘さんは、奥様が亡くなったことが理解できていないのか、笑顔で駆け寄ってくる。
「お姉さん、また遊んで。」
「あら、陽葵ちゃんじゃない。分かった、また遊ぼう。」
「ブランコに乗ろうよ。」
お父さんが話しかける。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「あ、初めまして。陽葵ちゃんのお父様ですか? よく、翠さんとこの公園で会ってまして、陽葵ちゃんとも一緒に遊んだりしていたんです。」
「そうですか。お世話になりましたね。ありがとうございます。」
お父さんの目は、翠が亡くなったせいか、虚ろで焦点が定まらない。
多くのことがあり、疲労が溜まっているのかもしれない。
私は、翠の死について知らない振りをして、話しを続ける。
「今日は、お父さんが陽葵ちゃんの面倒を見てるんですね。翠さんは気晴らしに、ショッピングとかですか? いい旦那さんがいると、楽しめますね。羨ましいです。」
「ご存じないのですね。それはそうだな。翠は、1週間ぐらい前に亡くなりまして。」
「え、どうしてですか。この前まで元気だったのに。」
私は、目を真ん丸にし、息を呑む演技をする。
演技は素人だから不安もあったけど、彼は私のことを信じている様子。
「病気ではなく、家で火事を起こしまして。私と娘がいない間に、1人で家で火に包まれ亡くなりました。」
「それは何と言っていいか。お悔み申し上げます。でも、お父さん、仕事もあって、娘さんのお世話もあって大変でしょう。陽葵ちゃんは私と仲良しですし、是非、私にも何かさせてください。」
「いえ、あなたもお仕事とか大変でしょうし、ご迷惑をおかけできません。」
疲れていて気が回らない雰囲気だけど、優しくて誠実な気持ちは伝わってくる。
やっぱり、彼は素敵な人。
「ご迷惑なんて、とんでもないですよ。また、実は、今、私は休業中で暇なんです。よければ、毎日、ご自宅に行って、ご飯とか、陽葵ちゃんの幼稚園への送り迎えとかしますよ。」
「そんなこと、本当にお願いしていいのですか?」
「かえって、陽葵ちゃんと一緒にいれて楽しいです。いえ、楽しいなんて不謹慎ですね。翠さんがお亡くなりになったのに。」
「いえ、本当にそうであれば、助かります。」
「家は火事とおっしゃっていましたが、今は、どこにお住まいなんですか?」
「もう亡くなった祖父母の家が近くにあって、そこに住んでます。もともと、親は私に、その家をくれると言っていたのですが、持ち家はあるし、どうするか悩んでいたのです。ただ、今回の火事で燃えた家は更地にして売り払い、祖父母の家に住もうと思っています。あそこにいれば、翠を思い出すだけですから。」
「じゃあ、これから陽葵ちゃんと遊んで、一緒に帰りましょう。ご飯とか作りますので。」
「本当に、ありがとうございます。なんとお礼をしていいか。」
私たちは公園で遊んだ後、彼の祖父母の家に向かった。
家は、火事があった家から5分ほど歩いたところにあるマンションの5階だった。
もともと祖父母の家の近くに家を建て、介護も意識していたのかもしれない。
彼の名前は、晃一という。さすがに正樹じゃない。
私は、朝、その家に行き、彼が帰ってきたら自分の家に戻るという生活を始めた。
自分の家は近くだし、通うのは大変ではない。
それよりも、晃一と陽葵ちゃんと、家族のように過ごす生活が楽しい。
今日も、部屋をきれいにし、夜9時に家を出る。
「晃一さん、お疲れさまでした。では、私はこれで帰りますね。」
「いつも、本当にありがとうございます。」
「ところで、陽葵ちゃんも私に懐いているし、1つ提案があるのですけど。」
「なんですか? お世話になっている優美さんの頼みなら、何でもしますよ。」
「嬉しい。あのう、図々しんですけど、私、ここで暮らせないかななんて。毎日通うのも面倒ですし、ここで暮らせば、私のアパートの家賃も払わなくて済むから助かる。部屋も空いているじゃないですか。」
「いいですか。こんなむさくるしい家で。」
「何言っているんですか。とても居心地がいい家じゃないですか。でも、翠さんは嫌かもしれませんね。」
「そんなことないですよ。翠も、仲がよかった優美さんが、陽葵の世話もしてくれて喜んでいると思います。こんな家ですが、是非、お住まいください。」
こうして私は晃一と一緒に暮らす日を迎えることができた。
しばらくして、酔っぱらっている晃一にキスをし、朝まで一緒にベッドで過ごす。
朝起きて、私を抱きしめていた自分を責めていたようだけど、私は笑顔ではにかんだ。
男を手名付ける方法は知っている。
しかも、こんな初心な男は簡単に虜にできる。
下から恥ずかしそうに上目遣いで見上げるだけで、晃一の心が揺れ動いているのがわかる。
翠を亡くしたばかりというのに、晃一の目は、私のバストに注がれる。
私も、お酒に酔っぱらったと言って、晃一の横にすり寄る。
そんなことが重なり、今では、毎日、晃一に抱きしめられて寝る日々を過ごしている。
晃一も、最近は、翠のことは周りに隠し、3人家族として振る舞っている。
もう、ここには翠の影はどこにもない。
そんな中で、子供を授かった。
あ、今、お腹を蹴った。
大きなお腹をさすりながら、笑みが私の顔からこぼれる。
それから半年が経ち、陽葵は私に反抗的な態度を示すようになる。
最初は、仲良しの姉妹のような関係だったけど、それは母親としてではなかった。
むしろ、最近は、翠の場所を奪った女だと敵意を抱き始めたようだった。
父親が私と一緒の部屋で過ごすことが嫌だと思っている。
翠の写真を父親に見せ、私が、父親を奪って、母親は悲しんでいると叫ぶ日もある。
私には、突き刺すような冷たい目を向ける。
晃一の気持ちはもう戻らないはず。
でも、こんなことが毎日あると、晃一にやましい気持ちが芽生えるかもしれない。
本当に邪魔な子。翠の子供なんて、いなくなればいい。
そう、私の世界に必要な人は追加し、不要な人は消してしまえばいい。
スマホのアプリのように、陽葵もスワイプして消してしまおう。
私には、従順な晃一が横にいて、我が子がもうすぐ産まれるのだから。
もう、結婚届を出して、晃一とは、名実ともに家族となっている。
晃一は、他の女なんて関心がなく、私だけを見てくれる理想的な夫。
ある日、ベランダにシジュウカラがいるのを見て、陽葵の消し方を思いついた。
これなら、誰にも疑われることはないいい方法を。
私は、ベランダに、風呂椅子とテーブルを置く。
陽葵が登れる階段のように。
そして、ベランダの手すりにキラキラと輝く鳥の形のガラスの置物を置いた。
最近、陽葵は動物の形をしたガラスの置物にはまっている。
それを取ろうと、机に昇るに違いない。
そして、ベランダの手すりに手をかけるはず。
小学校から帰宅した陽葵は、私が話しかけても聞く素振りがない。
冷蔵庫から勝手にアイスを取り出し、食べていた。
本当に生意気な娘だこと。翠の子供だからね。
その時、窓からきらっと輝く光が陽葵の目に入った。
何かと思い、陽葵はベランダに駆け寄る。
そして、ガラスの置物に手を差し出した。
今がチャンス。
私は、陽葵の足をすくい上げた。
陽葵は鉄棒を回るようにベランダの手すりを回り、頭から落ちていった。
ベランダから下をみると、首がねじれた陽葵の頭からは血が勢いよく流れ出ている。
手足もねじ曲がり、人間のような姿ではない。
口からは、血とともに、さっきまで食べていたアイスがこぼれ落ちていた。
痙攣していた体は、ぴくりとも動かなくなる。
この様子では、もう息絶えたのだと思う。
翠の子供として生まれてきたことを恨むのね。
また、私に反抗したあなたが悪いのよ。
私は、何も悪くない。晃一に請われ、奥様になっただけ。
さあ、これからが演技の本番ね。
私はあわてた様子で、電話をして救急車を呼ぶ。
「私、どうしよう。掃除でテーブルと風呂椅子をベランダに退避させていたんです。目を離したすきに娘が昇っていて、気づいたらベランダから落ちてしまって。陽葵、陽葵、息をして。こんなに血が出て。でも、助かりますよね。そう言ってください。」
「お母さん。落ち着いて。これから病院に運びますので。一緒に救急車に乗ってください。」
「はい。」
一緒に来た救命士は、もう助かることはないと小声で話していた。
息もしておらず、頭蓋骨が割れ、脳が飛び散っている状態を見て。
病院に晃一が駆けつける。
「ごめんなさい。私はどう晃一と翠さんにお詫びをすればいいの。私が目を離したすきに、こんなことになるなんて。私が死ねばよかったのに。」
「優美のせいじゃない。事故だったんだよ。警察から、陽葵が自分で誤って落ちた事件として扱うと聞いた。悲しいことだけど、自分を責めるんじゃない。」
「でも、さっきまで笑っていた陽葵が、もういないなんて。なんてことしちゃったのかしら。神様、私の命を差し出すから陽葵をこの世に戻して。」
私は、泣き崩れる演技をしつつも、床を見る顔には、笑みがこぼれていた。
これで晃一から翠につながるものは全て排除できた。
これからは、晃一は私だけの物。幸せをやっと手に入れられた。
翌朝、休むよう言ったけど、晃一は仕事に出ていった。
仕事をしている方が気が紛れるということらしい。
私は、誰もいないリビングでテレビをつけ、お笑いを見る。
ばかばかしいけど、吹き出して笑った。
鼻歌を歌いながら、陽葵の葬式の喪服の準備をする。
誰かがその姿をみたら、娘を失った母親の気がふれたと思うかもしれない。
私は冷静。そして、楽しいの。やっと、私の時代が来たんだから。
お昼から、翠とよく会っていた公園に散歩に出かけた。
公園内には水たまりがあり、誰かの靴が滑った跡がある。
大人と子供の靴の跡。
どうしてか、それが翠と陽葵の靴の跡のように感じた。
そんなものは、この世の中から消えてしまえばいい。
靴でその跡を踏み潰し、綺麗に消した。
後ろからベビーカーを押す母親がそれを見て、私にお辞儀をする。
誰かがそこで滑ると危ないと思い、地面をならす親切な人だと思ったみたい。
今朝まで降り続いた雨はやんでいる。
木々の葉には、水玉が付き、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
まるで私のこれからの幸せを応援するかのように。
私は、昔、よく座っていたベンチにハンカチを敷いて座った。
雀が楽しそうに群れて、地面にある食べ物を探す。
犬の散歩をしている老人がほほ笑みながら横を通り過ぎる。
見上げると、暖かい日差しが降り注いでいる。
新緑の中、葉の間から差し込む木漏れ日が美しい。
私はやっと心の平穏の中で暮らしている。
私を捨てる者はもう誰もいない。
人を支配し、捨てるのは私なのだから。




