2話 広島の女
初めての広島は楽しかった。
近くに比治山があり、そこにはマンガ図書館もあって、1日居たこともある。
その他にも、宮島に行ったり、出雲大社、尾道も観光した。
これまで東京で暮らしてきたけど、地方都市も暮らしやすくて楽しいことを知る。
すぐそこにデパートとかもあり、とりあえずなんでも近くに揃ってる。
1年ぐらい経った頃かしら、紙屋町を歩いているときだった。
私は体が凍りついた。
目の前を、父と一緒に暮らしていたキャバクラの女が通り過ぎたから。
そういえば父は1年前に亡くなったと聞いていた。
今更だから会いにもいかなかったけど。
多分、その後、その女はこの広島に来たのだと思う。
もしかしたら、その女の故郷がこの広島だったのかもしれない。
その女は、私に気づかなかったように見えた。
それはそう。私の中学時代は地味だったし、あれからだいぶ成長した。
しかも整形をして顔形は違う。
まさか広島にいるなんて思ってもいないはず。
もしかしたら、テロで死んだと聞いているかもしれない。
大丈夫。
でも、念のため、引っ越したほうがいいわね。
そんなことを考えて引っ越し先を考えている時だった。
その女と会って3日後、夜8時にドアのチャイムがなった。
そのモニターにはあの女が映っている。
どうしよう。でないで居留守を装ったほうがいいかしら。
でも、明かりが付いていて居ないというのは不自然。
しかたなく出ることにした。
「久しぶりね、詩織。いえ、今は、紗奈だったっけ。だいぶ、垢抜けたわね。整形したの? 顔もかなり違うじゃない。これが詩織だったなんて誰も思わないものね。でも、昔の面影は残っているけど。」
「なんのことでしょうか? あなたは誰ですか?」
「とぼけないでよ。あなたの顔がどんなに変わっても忘れないわ。目の下にほくろがあるのは変わっていないわね。ところで、この家、現金でポンと買ったって聞いたわよ。それで調べたの。そしたら、旦那さんの生命保険1億円が手に入ったらしいじゃないの。お金、いっぱい持ってるんだ。」
「そんなこと大声で言わないでください。まず、部屋にお入りください。」
「じゃあ、お邪魔します。大金持ってる割に狭いところに住んでるのね。でも、それだけ現金がまだいっぱい余ってるということね。」
人にたかることには能力が高い女だったことを今更ながらに思い出した。
しかも、私を捨てた過去がある。
「テロで怪我して、お金もその時に奪われたんです。だから、もうお金は残っていないんですよ。」
「なに、ふざけたこと言っているのかしら。名前も顔も変えて、何かやましいことがあるんでしょう。なんだったら、警察に、まだ詩織が生きているって言ってもいいのよ。そうしたら、大騒ぎになるでしょうね。だいたい、私はあなたの母親みたいなもんなんだから、あなたの持ち物は私の物なの。全部なんて言わないから、5,000万円よこしなさい。」
「現金で持ってないんです。銀行に預けているので、今すぐには渡せない。」
「それはそうね。女1人の部屋に現金なんて物騒だものね。じゃあ、明日、朝9時に一緒に銀行に行って5,000万円を引き出し、私に渡すの。いい、変なことしないでよ。まあ、警察になんて言えないと思うけど。じゃあ、私は、ここで帰るわ。あなたと再会できて良かった。あなたのお父さん、貧乏で何もいいことなかったけど、娘が役に立つなんて思わなかった。じゃあね、また明日。」
その女は、真っ赤なワンピースを風にたなびかせながら私のマンションを出ていった。
このまま5,000万円を渡せば、これからも金をせびり、すべてのお金が奪われると思う。
再び、この女の奴隷になるなんてまっぴら。
私は、いつもの暴力団の組員に連絡をする。
「今、どこにいるの?」
「姉さんのマンションの前です。」
「もうすぐ、真っ赤なワンピースを着た40歳ぐらいの女がマンションから出ていくけど、わかる?」
「ええ、今、マンションから出てきました。」
「その女を今夜中に殺して。」
「わかりました。どう殺すか、なにかご要望はありますか?」
「女なんて、どう殺してもいいわ。いえ、醜い姿で殺してもらおうかしら。」
「わかりました。」
私はずるい。
彼が私のことを好きなことに気づいていながら、何も与えずに利用している。
でも、今更、一緒に暮らすなんてことはできない。
そうなったら、彼は私にどう接するか不安だから。
くだらない女だと気づき、私から去っていくかもしれない。
私のことを見下し、奴隷にするかもしれない。
男といい思い出がないから、本気で男と付き合う方法が分からない。
25歳の体が、愛されたいという気持ちを抑えられない。
だから、時々、見も知らない人を誘って抱かれている。
そんなときだけは愛されていると感じることができるから。
でも、朝起きてお金がベッドに置かれているのを見ると、そんな幸せは一瞬で消え去る。
そうなら、お金を貰わなければいい。
でも、愛してもいない男に抱かれるためには理由がいる。
自分をごまかすために。本当に矛盾している。
翌日、ネットニュースに小さく、女の死体について書かれていた。
その女は丸裸にされ、右腕右足と、左腕右足がロープで縛られていたという。
そして、バストを外にして車輪のように丸まっていた。
外の砂利道を転がされたのか、体は傷だらけだった。
口には多くの石が入り込み、特に顔は切り刻まれたようにひどい状態。
真っ赤なリップが塗られた口は左右に大きく裂けていた。
余計なことを言いふらす女だと言わんばかりに。
裂けた口は大きく開けられ、奥歯まで見えていた。
女器を空に向けて千田公園にタイヤのように転がっていたらしい。
その女性器には、男性器のような棒が突き刺さって。
しかも、白い液体がそこから垂れていたらしい。
警察は、現地暴力団絡みの事件として捜査を開始したと書いてあった。
現地暴力団が彼女のパトロンをしていたから。
これはこの女に恨みがあるか、パトロンに恨みがある人の仕業に違いないと。
これだけ辱められて殺されていたんだから。
私を脅すからこうなるの。
おそらく、あの女は帰るときに殺されたはず。
だから私のことは誰にも言っていないと思う。
床にあの女のネイルチップが落ちていることに気づく。
あの年で、こんなに派手なネイルチップをつけていたんだ。
気持ち悪い。いまでも男に甘い声でおねだりなんてしているんだと思う。
でも、女って、男にすがっていかないと生きていけない生き物。
支えてくれる男がいないと寂しいし、自信をもって前に進んでいけない。
だから、何をすれば男に認めてもらえるかいつも考えている。
何をすれば喜んでもらえるの?
何をすれば私を褒めてくれるの?
この女も、それしかできなかったのだと思う。
男って、何を考えているんだろう。
何をすれば、横にずっといて欲しいと思うんだろう。
どんな女が好みなんだろう。
そもそも、どうして女を好きになるんだろう。
寂しいとか支えてほしいという感じではなさそう。
よく分からない。
でも、私は、支えてくれる男が横にいて欲しい。
前を進むには1人だけでは自信がないもの。
この気持ちだけは抑えられない。
ところで、万が一のこともあるから引っ越そう。
どこがいいかしら。都会でありながら、比較的閉ざされた空間。
そう、札幌とかいいかもしれない。
外国というのもあるけど、日本国籍のまま暮らすのは大変そう。
パスポートをとったり、帰化したりとかすると目立ちそうだし。
私は札幌に向かった。
札幌につき、数日が経った頃、私に従う暴力団組員から連絡が入った。
「姉さん。渋谷で爆破事件を起こしたテロ組織の幹部が姉さんに会いたいと言ってるんですが、どうしますか?」




