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闇夜の女  作者: 一宮 沙耶
第2章 自立

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5話 トリセツ

休日の渋谷を歩いていると、チャラいけど、お金持ちに見える男に声をかけられた。

びしっとしたスーツに包まれ、ぴかぴかの靴も高級ブランドのよう。

腕にはいくらか分からない程のダイヤが埋め込まれた時計を付けている。

いかにも、資産家の御曹司と言う感じ。


「ねえ、これから一緒に飲みに行かない? お姉さん綺麗だし、一緒に話したいな。」


今の私は、周りの女に比べて比較にならない程いい女だから声をかけてきたのだと思う。

まあ、イケメンだし、トリセツを試してみるのもいいかもしれない。

ダメだったら、会わなければいいだけだし。


「いいけど、今日はお寿司食べたい雰囲気かな。回転すしなんて嫌よ。」

「君には回転すしなんて似合わないことぐらいわかっているよ。そういえば、知っている寿司屋があるから行こう。そこのトロは絶品だから。」

「それは美味しそうね。行こうかな。」


私は傲慢な女を演じ、嫌われると思ったけど、逆に興味を持ったみたい。

トリセツの言うことは本当なのかもしれない。


彼は、私の背中を押し、笑いながら車に私を乗せた。

マセラティの真っ赤なスポーツカー。

車のことはよく分からないけど、かなり高額なのだと思う。


見た目は、チャラいけど、お金持ちに違いない。

連れてこられたお寿司屋も、予約がとれないと有名な六本木一丁目のお店。

店内は高級な雰囲気に包まれている。


「櫻井さん、いつものお任せね。」

「いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます、柳川様。お席を用意しておきました。今夜もごゆっくりとお過ごしください。」


彼は、このお店の常連らしい。

過去に多くの女をこの店に連れてきたのだと思う。

トリセツを試すとしても難易度は高いかもしれない。


でも、久しぶりに、お金をもらう関係じゃない人の飲みは楽しかった。

まあ、奢ってはもらうんだけど。

だいぶ、大声ではしゃいじゃった。


今回は、背伸びをして自分を飾るのをやめる。

私のことを嫌いになれば、もう会わなければいいだけのこと。

彼は、どこかに電話して、車を家に送るようにと指示している。


お店にはゴールドカードで払っているけど、20万円は超えていた。

1回の食事で、昔の私の1カ月の給料ぐらいって、世の中は不平等。

まあ、こんなことで不平等は是正されないと。


彼は、呼びつけた運転手が運転するスポーツカーで一流ホテルのスイートに私を通す。

初めて会った日なのにと戸惑うふりをしながら、部屋に上がり込んだ。

さすが一流ホテルのスイート。調度品も一流品が揃っている。


部屋の窓からは、六本木のビルから漏れる光と、道路に連なる車のライトが美しい。

その夜景を前に、彼と私は、シャンパンで再度、乾杯をする。

お互いに、重厚なバスローブを着ながら。


彼は、自分に自信があるのだと思う。

女の素性なんて関係ないと思っているみたい。

自分の妻にでもなれば、それだけで上流市民になれるって感じ。


私がどんな仕事をしているとか、日頃、どんなことをしているなんて全く聞かなかった。

窓ガラスには、私だけを熱く見つめる彼と私が映る。

嬉しそうに見上げる私の姿の横に。


昔の私だったら、自分がいかに汚い女なのかと悩んで引っ込み思案になっていたと思う。

今日は、お前なんて、私の手駒の一つにすぎない、執着する対象ではないと振る舞う。

上流階級の私と一緒にいられることを誇りに思いなさいと。


不思議なことに、そんな私に、彼は、ぞっこんのようだった。

これまでの苦労はなんだったのかしら。

いえ、整形やこれまでの経験が活きているのは事実。


でも、それだけではない。

気持ちの持ち方だけで、これだけ変わるとは思ってもいなかった。


久しぶりに体が火照り、彼と朝まで一緒に過ごした。

さすが女には慣れているのか、扱いは上手。

翌朝、彼が空けたカーテンから、私の顔に、暖かい陽の光が注がれる。


「朝ご飯、一緒に食べようよ。今から、ルームサービスを頼むから。」

「私、やることがあるから今日は帰るわ。ごめんね。」


トリセツのとおり、思い通りにはいかない女を演じる。


「じゃあ、LINE交換しよう。」

「わかった。」


彼は、毎日3回は几帳面にLINEでメッセージを送ってくる。

だいたい1回は、甘えて彼と会いたいというメッセージを送る。

でも、残りの2回は既読スルー。


こんなことしていればもうメッセージは来ないと思っていたら、全く逆だった。

彼からのメッセージは増えていく。

そして、食事に誘われることも増える。


明日は、彼と代官山のイタリアンレストランに行くことにしている。

でも、前日の夜に、女友達と予定が入ったらキャンセルしてと謝りのメッセージを送った。

本当にごめん、次に穴埋めするからとだけ伝える。


彼からは、どんな人との予定なのかと聞いてくるけど無視。

秘密のある女だと思ってくれるように。

彼は、別の男との約束かと誤解しているかもね。


まあ、キャンセルすることが目的で、誰とも会う予定なんてない。

今日は、穴埋めとして、キャンセルしたイタリアンレストランに来ている。

彼の目は焦りが滲み出て、私へのプレゼントも用意している。高価な物に違いない。


「この前はごめんね。ドタキャンして。今日は、大好きな誠一と一緒に飲むわよ。」

「僕のことが好きなら、僕のことを1番にしてほしいな。」

「そんなこと言わないで。私は、誠一のことを一番大切な人だと思っているのよ。でも、女友達から相談があると暗い声で言われたら、放っておけないじゃない。心配になっちゃうでしょう。それとも、他人には関心がない冷徹な私がいいの? そんなことないでしょう。まあ、暗くならないで、飲もうよ。」


誠一は、ずっと私の目を見つめている。

突き刺さるような強い圧力を目から滲み出る。

疑惑を押さえつけることができない様子で。


「詩織は、山ガールなんだよな。今度、僕も連れて行ってよ。」


そう、正樹と一緒に行ってから、山には毎週のように行っている。

正樹のことを思い出し、私の顔は陰ってしまったんだと思う。


「なにか気に障ったか? それとも別の男と一緒に行っているとか?」

「いえ、山は一人になれる唯一の時間だから邪魔しないで。ごめん。思い立ったときに、その時行きたいと思った山に行くの。誰かと一緒だと計画しなくちゃだし、計画があると、それに拘束されてかえって重荷になってしまって。だから、誠一とは一緒に行けない。」

「それだったら、仕方がないけど。」

「そんなこと忘れて飲みましょうよ。誠一、飲みが足りないんじゃない。もう1本、ワインを頼むわよ。すみません、私の大好きな誠一のために、このワイン、もう1本持ってきて。」

「わかりました。すぐに。」


そしてデザートがでた時に、誠一は、私に豪華なネックレスをプレゼントしてくれる。

こんなに宝石が散りばめられたネックレスは初めて見た。


「詩織のために、外国から2,000カラットのダイヤのネックレスを取り寄せた。喜んでくれるよね。」

「すごい。本当に、ありがとう。誠一は、本当に私のことが大好きなのね。私、これからずっと誠一のことしか見ないから。本当に大好き。」


誠一は立ち上がり、私にそのネックレスを付けてくれた。

個室にいるスタッフは、それを見て拍手をしている。

私は、誰もが認める上流階級のお姫様になれたと感じた。


2件目はカクテルバーに行き、重厚感溢れるソファーで誠一の横に座る。

カクテルバーは誠一が貸し切り、私たちだけの空間となっていた。

静かなジャズが流れ、美しい色のカクテルが照明を浴びて輝く。


地下のバーで、夜景は見えないけど、店内は重厚感に溢れる。

豪華客船の中のバーを意識したインテリアなのだと思う。

どこまでも落ちていきそうなクッションのソファーは真っ白な本革に覆われる。


暗い店内で、大理石の床に照明が反射し、複雑な空間を作り出す。

カウンターの奥には、高級なお酒のボトルが並び、間接照明を浴びている。

外の空間とは時間の流れが違い、気づくと、長い時間が過ぎている。


誠一は、ネックレスを触り、私に相応しい一品だと自信気に私を見つめる。

私は、腕を組み、谷間のできたバストを誠一にあてた。そして、頭を誠一の肩にのせる。

誠一は、肩から私の顔を持ち上げ、口を重ね、周りを気にせずに抱きしめてきた。


私も、それに応じ、2人だけの世界に浸る。

その時、私のスマホのアラームが鳴る。


「あ、明日は早いからもう帰るね。今日は本当にありがとう。」

「え、帰っちゃうの。朝まで一緒にいようよ。」

「ごめんね。今度また。じゃあ。」

「車で送るから。」

「気にしないで。誠一は、ここでゆっくりしていて。」


私はお店を飛び出す。

もちろん、明日の朝に用事なんてない。

一人残された誠一は、何が起こったのか分からず、カウンターで佇んでいた。


こうして、トリセツどおり、着々と男を虜にする計画を進めていた。

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