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闇夜の女  作者: 一宮 沙耶
第2章 自立

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4話 整形

私は、体調が悪いと言ってお店をしばらく休んでいた。

お店も一緒に暮らしていた正樹が亡くなったことを知り、無理は言わなかった。

それよりも、亡霊のようになった私の姿を客の前に出せなかっただけかもしれない。


長年、憧れていた人を殺害し、正気を失った姿を見てしまった私には何も残っていない。

脱力感に襲われ、ベッドから立ち上がる気力もない。

これから、何をするのかを考えることもできなかった。


カーテンを締め切った部屋は、よどんだ空気が蔓延し、息を吸うだけで力を消耗する。

どこまでも暗闇が広がり、手を前に出しても、誰も助けてくれない。

ただ、時間は少しづつ、私の無力感を開放していってくれた。


1人の寂しい生活にも慣れてきた頃、私はふらふらと外に買い物に出る。

髪は枝毛ばかりで、汗で絡みつき、櫛ですくこともできない。

皺だらけのジャージで、近くのスーパーでカップラーメンを買う。


久しぶりに出る外はまぶしい。

公園からは、子供たちの笑い声が聞こえてくる。

この世の中は、私と正樹以外は昔と全く変わっていないように感じる。


ボール遊びをしていた子供が、私の方に転がったボールを拾いにくる。

私を見た子供は、私が怖いのか、ボールを放置して泣きながら逃げていく。

私は、そんな姿をしているのかしら。


街路樹は楽しそうに葉を広げ、私のことなんて関心がないみたい。

足元を忙しそうに歩く蟻も、私を無視して進む。

誰もが、私の存在に気付かずに通り過ぎる。


こんな怪しい女と関わると、巻き添えを被ると思って、見えないことにしておく。

それは今の見た目だけではないのだと思う。

私は、みんなに不幸を運んでくる魔女のような存在だから。


私は、正樹と出会ってから、正樹以外、誰も私に関心がないことを忘れていた。

それだけ正樹の存在は大きかった。

その正樹はもういない。


どうしてか、また頬を雫が流れ落ちる。

あんなオーラがなくなったおじさんなんて忘れると誓ったのに。

もう、輝いていた正樹はどこにもいないから私が殺したのに。


もう、涙はなくなっていたと思っていた。

自分の体なのに、知らず知らずに勝手に動いてしまう。

前を歩く男は、私が笑いだすとすぐに泣き出し、危ない人だと思っているに違いない。


どうして、輝いていた正樹が、みすぼらしいただのおじさんに成り下がってしまったの?

きっと、私は男を不幸にする女だったの。

でも、どこか変えれば、男を幸せにする女になれるかもしれない。


あれからずっと考えているけど、私に魅力がなかったからかもしれない。

容姿やスタイルが誰よりも素敵だったら、正樹も私を捨てなかったんじゃないかしら。

そうに違いない。いきなり、清々しい光が私を照らしたように感じた。


最近は、本当に自分の気持ちが分からない。

ちょっとしたことで落ち込み、逆にすぐに気分が上がる。

今は、目の前の人に共感して欲しくて、その人の手を握ろうとするのを必死に抑える。

多分、迷惑だと思われるに違いない。


ところで、男が女を好きになるときに一番気にするのは容姿だと聞いたことがある。

だから、女は容姿を美しくしようと必死になる。

正樹は、私の容姿が原因で、私のことが好きになれなかったのかしら。


だから、他の女のところに去るという決断をしたの?

私には、正樹から取り戻したお金がある。

そのお金で整形を受けることにした。


ネットで評判のいい、渋谷駅近くの美容外科クリニックを訪れる。

白を基調とした清潔感の溢れるインテリア。

肌色のポールが並び、待っている人達の顔があまり見えないようにとの配慮もある。


院長自ら対応してもらえるということで、笑顔いっぱいの院長の前に座った。

幸いなことに、私の顔は、少し変えるだけでイメージを大きく変えることができるらしい。

正樹が、私に、顔立ちがいいと言っていたのはこのことだったのかもしれない。


院長は、目の下のホクロはチャームポイントだから残した方がいいと言う。

私はホクロを取ろうと思っていたけど、そこまで言われると迷ってしまう。

結果としては、残すことにした。


最近、少し太り始めていたお腹とモモの脂肪を吸引してバストに移すことにする。

昔はバストが大きいことがコンプレックスだったけど、今はもっと大きくしたい。

その方が男の注目を浴びることができる。


3Dで映し出された手術後の姿に、私は言葉を失った。

こういう姿になりたい。

私は、そのまま手術を受けた。


3日間入院し、退院後も毎日通院して、ダウンタイムへの処置をしてもらう。

手術後、麻酔が切れた後、体のあちこちで火が噴くような痛みが走る。

でも、美しい女になるためなら我慢はできる。


3週間後に鏡に映った私は、どこから見ても憧れていた姿だった。

この姿で正樹と会っていれば、捨てられなかったに違いない。

でも、もう遅い。正樹はいないのだから。


整形でお金を使い果たしてしまったから、働かなければならない。

しばらくふさぎ込んで休んでいたお店の仕事を再開した。

そう、私はそれ以外何もできない女だから。


私は、整形すると、すぐにお店のナンバーワンになっていた。

私の美貌を求め、多くの男がこのキャバクラに通っている。

もうキャバクラで5年目といっても、まだ20歳だし、若さに溢れている。

しかも、この美貌。注目されないはずがない。


アフターと言って、お店に来た後に、お寿司やステーキをごちそうになる。

脂肪吸引のおかげか、美味しいものを食べても太らない。

むしろ、吸引した脂肪を入れたバストはより大きくなっていく。


心に余裕もできたせいか、顔立ちがミステリアスになったと最近、よく言われる。

少し整形しただけで、こんなに楽しく過ごせるなら、もっと早くしておけばよかった。

女は所詮、容姿なのね。


みんなが私のことを褒め讃える日々の中で、正樹のことは忘れていった。

多くの男に褒められ、私はみんなの一番でいられる。

もう、夜一人でいつの間にか泣いている小娘からは卒業していた。


朝は、陽の光をいっぱいに浴び、気持ちよく起きることができている。

でも急に、誰も私の心を見ていないという疑念に苛まれる。

みんな私の体が目当てなんだと。


いったん壊れてしまった心は、あっという間に躁鬱を繰り返す。

どうしちゃったんだろう。この前まで世界は私のためにあると思えたのに。

自分の心が、自分のものではなくなってしまったみたい。


今は、みんなが、生きる価値がないとバカにしたまなざしを私に向けて道ですれ違う。

足を前に出すと、道路が沼のように落ち込み、地面に吸い込まれる感覚に襲われる。

そもそも女の体は汚れている。


下半身には、ただ割れ目があって、穴があるだけ。みすぼらしい。

グロテスクで気持ちが悪い。

しかも、毎月、血で穢れる。


男の性器は強い力の象徴で、女とは比べ物にならないほど神聖だと思う。

なんで、汚らしい女なんかに産まれてしまったのかしら。


でも、私は生まれ変わっても、きれいな体なんかにはなれないと思う。

だって、心が汚れているんだもの。


そんな私も、今日は笑いが止まらない。

甲高い声を出して、お客と一緒に笑顔でお酒を飲む。

キャバクラの同僚は、腫れ物にさわるように、私から遠ざかっていった。


もうお金もそれなりに貯まったし、ここは辞めよう。

私がいたら、みんなも居心地が悪いでしょう。

なんか疲れちゃった。


最後の日、キャバクラの更衣室に「男のトリセツ」という本が置かれているのを目にする。

それを手に取り、読むと、衝撃的な文字が並ぶ。

ダメな女の行動として書かれていることって、私がずっとやってきたことだった。


そして、モテる女の行動が列記されていた。

誘いは時々断る、秘密がある、LINEには全てに返事をしない。

甘えた後に離れる、彼以外からもモテる素振りをする、彼以外の幸せなことがある。


こんなことやってたら捨てられないのかしら?

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