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闇夜の女  作者: 一宮 沙耶
第2章 自立

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1話 ホスト

正樹はなにか私に言えないことがあるように感じる。

最近は冷たいし、琴音という人と電話している姿も、よく見る。

正樹が離れていってしまうと想像して心がざわめき、吐き気が襲う。


これまでの私だったら、家に閉じこもり、正樹の帰りを永遠に待っていたと思う。

でも、それだけでは何も解決しないと学んだ。

もう、あんなに辛くて、みすぼらしい自分には戻りたくない。


今夜は、正樹がお店を休むと聞いた。

私は、正樹にはお店に行くと言いながら休み、正樹の後を尾行する。

正樹は見たこともないスーツ姿で大手町のオフィス街を歩く。


あんなスーツを持っていたんだ。

でも、とても上品な生地みたいでポケットチーフもつけている。

いつもの荒れている正樹とは別人のよう。


正樹とは真逆の人々で溢れるオフィス街で、正樹はすごいオーラを放っている。

正樹は実は会社で働いていた? これまでの話しは嘘だった?

いえ、今までの生活の中で見てきた正樹が会社で勤めるのは無理だと思う。


夜7時ごろ、正樹が高層オフィスビルから女とともに出てくる。

あれが琴音という人かしら。


その女に目をやると、颯爽と歩く成功した大人の女に見えた。

スーツ姿で、膝丈のタイトな紺色のスカート。

質素ながら高級感が漂う。


顔は、スラリとした韓国女優のようできつね顔。

ビジネスで成功していることを体現している。

もしかしたら、ベンチャー企業の女社長なのかもしれない。


正樹は笑顔をその女に向け、腰に手をかける。

どうして、私にも見せない笑顔をその女には見せるの?

その女は、正樹がエスコートするに値するってこと?


会社の近くにある高級寿司屋に一緒に入っていった。

お店も大きくないだろうし、女1人で入れば目立ってしまう。

私は、外で待っているしかなかった。


この様子をみると、正樹はホストの仕事を始めたのかしら?

寿司店は同伴なのだと思う。


1時間程経ち、正樹と寿司店から一緒に出てきた女の姿を見た時は驚いた。

さっきの質素ないでたちとは違い、高級なイアリング、ネックレスを身につけている。

靴は網目のハイヒール。あれはシャネルの最新作だと思う。


金持ちと見せたいのか、エルメスのバーキンを手に握りしめる。

これから大人の世界に行き、金をばら撒くと周りを威圧していた。

私から見ると、金に物をいわせ逆に下品に見える。


正樹が紙袋をもっていたから、その中にバッグとか入っていたのだと思う。

会社では、そんな下品な姿を見せられないということなのかしら。

夜の街を仕切る女に豹変していた。


正樹とその女はタクシーに乗る。

私は慌てて横に停車していたタクシーに乗り、前のタクシーの後を走るよう指示をする。

タクシーは、銀座8丁目のホストクラブの前に停まった。


正樹は、本当にホストクラブで働いていたなんて知らなかった。

正樹はイケメンだし、スタイルもいいから、ホストクラブで十分に通用する。

キャバクラのボーイをしているなんてもったいない。


そんな簡単なこと、どうして気づかなかったのだろう?

キャバクラを辞めて、一緒にいられる時間が少なくなってしまう。

もしかしたら、別の金蔓を見つけて乗り換えられてしまうかもしれない。


あの女はお客で、お金目当てなのは分かる。

お金だったら私がいくらでも出すって、いつも言っているのに。

でも、あの女は金をきっかけに正樹を虜にする算段を立てているに違いない。


あの女が正樹に腰を密着させ、バストを擦り付けている姿を想像した。

両生類のようにねばねばした、けばけばしい肌が正樹にまとわり付くシーンが目に浮かぶ。

私の正樹を、あんな汚らしい女が汚さないで。

私は、気づくと、爪で手のひらを突き刺し、血が滲んでいる。


高級シャンパンを買うと言って、お金で正樹を縛りつける。

リップをワイシャツに付けてマーキングをしているのかもしれない。

周りの女に、正樹には自分という存在がいるということを見せつけるために。


私の正樹を横取りしようなんてひどい女。

この世からいなくなればいいの。

それだけの罪を負っているのだから。

泥棒猫。許せない。


でも、私と違って、ビジネス界で活躍する女なのだと思う。

私とは違う魅力に正樹の心が揺らいでいるのかもしれない。

正樹が私から離れていってしまうかもしれない。どうしよう。


そういえば、最近、私に正樹は冷たい。

今は一緒にいるけど、気づくと、出ていってしまうかもしれない。

そんなことになったら、私は、どうやって生きていけばいいの?


私はめまいがし、ヒア汗が流れ、道路に倒れかかる。

気づくと、目には涙が溢れ、道路を叩き、大声で叫んでいた。

周りを通り過ぎる人達は、ドラッグでもやっている女だと思い、誰も声をかけない。


誰もが私に目を向けず、銀座の街でも私は存在しないかのようだった。

少し時間が経つと、心臓の鼓動も収まり、立ち上がる。

マスカラが涙で落ち、パンダ目になったみすぼらしい姿で家に戻る。


よろける私は、メイクを落とし、ベッドに倒れ掛かる。

正樹はこの部屋にはいない。再び天井に向けて大声で叫び、枕に顔を埋めた。

私は、早朝からあの女が出てきたオフィスビルに行く。

まだ正樹は帰ってきていない。


その女はお昼過ぎにオフィスビルの受付にのうのうと現れた。

昨晩と同じ服だから、ホテルに正樹と泊まり、そのまま会社に来たのだと思う。

パンツには性液がついたままの、性欲に塗れた女が横を通る。


その女がエレベーターに乗るので、私も乗り込む。

私の顔は知らないはず。ドアの横で下を向く。

私がスーツ姿でないからか、業者が同じエレベーターに乗るなと言わんばかりに睨む。


格下の女と一緒の空気を吸いたくないと言うように舌打ちをしてきた。

お前は、自分の顔を見ることさえできない格で、頭を床に擦り付けろと言わんばかりに。

私が押したボタンを手で触ったことが気持ち悪いらしく、ウェットティッシュで指を拭く。


ナイフを持っていれば、そのまま刺したい気持ちを押し殺す。

こんなくだらない女のために、監視カメラを証拠に逮捕されたくはない。

狭い空間の中で、軽蔑と殺気が入り乱れる。


永遠の時間を感じたエレベータは28階で止まった。実際には3分もなかったと思う。

その女は、投資コンサルタント会社に入って行く。

さっきの下品な様子は見せずに、男性に媚びるような声で挨拶をしている。


その会社の名前をスマホで調べると、急成長をしているベンチャーらしい。

そこに、取締役の一人として、あの女の顔がでてきた。

社長ではなかったけど、それなりの立場にいて、私とは大違い。


だいぶ儲けているのだと思う。

甘い言葉で近寄り、人の金をかすみ取って血を吸い尽くす女。

そんな汚い金で、正樹の頬を殴り、奴隷にしようとしている。許せない。


このままだと正樹が騙されてしまう。

私は、夕方、その女がオフィスビルを出ると、その後をつけた。

顔はさっき見られているから、気づかれないように尾行をする。


満員電車の中では、スマホでコスメの検索をしている。

私には気づいていない様子。でも、そんなコスメを付けても心は汚いまま。

その時、いきなり、私の方を振り返った。


私は、前の男性の影に隠れ、顔を下に向ける。

おそるおそる顔を上げると、相変わらずスマホを見ていた。

その女は、代官山の駅を降り、大通りを通って高級な3階建てのマンションに入っていく。


その後も見張っていると、男がその家に入っていく。

その女は見た目からは30歳前後で、男と一緒に暮らしているのだと思う。

子供はいないようだけど、結婚をしているように見えた。


優雅な生活を送っているのに、何に不満があるのかしら。

結婚しているのに、正樹に手を出すなんて獣ね。


この世から消えてしまえばいいの。

私の目はつり上がっていた。

もう、自分を抑えられない。


翌日もオフィスの入口で待ち構えていると、会社の人達と飲み会に出かけた。

その後を付けていくと、お店の場所が分からないのか、1人が私に声をかける。


「まんざら亭って、この辺だと思うのですが、ご存知ないですか?」


いきなり声をかけられて、私の体は凍りつく。ばれたかもしれない。

でも、その女をみると、横の男性と会話が盛り上がり、こちらを見ていない。

男性に媚びる、本当に厭らしい女。


「すみません。私も、この辺は初めてで。」

「そうですか。」


気づかれずに済み、私は、その職場の飲み会が終わるのを前のカフェで待ち構える。

だいぶ酔っ払ったのか、その女性はふらついて出てきた。


「タクシー呼びますか?」

「いえ、大丈夫。この近くだから歩いて帰れるから。」

「僕らは、2次会に行きますけど、どうしますか?」

「旦那が待っているから、今日は帰るわ。楽しんできてね。」

「じゃあ、気をつけて。」


タクシーに乗ったら困ると思っていたけど、ふらつきながら歩き始めた。

それからずっと、後ろを付けていく。全く気づいていない。

5分ぐらい歩いた頃、大通りなのに車は人はいない。


大通りの交差点で信号機が赤になり、静けさに包まれる。

私は、ゆっくりとその女の背中に近づき、その女の肌の暖かさが感じられる所に来た。

その女は背後に私がいるのに気付いていない。


顔を見ると、口元がにやけている。

旦那さんがいながら、正樹も手に入ったと自慢げに思っているに違いない。

世の中は、そんなに簡単に思い通りになんてならないことに気づきなさい。


しかも、2つの幸せを得ようなんて、虫がいい。

この女は社会の害虫。早く取り除かないと、世の中が不幸になる。

憎しみと正義心が体の中から溢れ出していた。


大きなトラックが目の前に迫ってくる。ヘッドライトが眩しい。

私は、静かに手を前に出し、その女を前に突き出した。

その女は前に転び、そこをトラックが通り過ぎる。

誰も見ていない。この女は体調が悪く倒れただけ。


トラックは、この女の体の上を通り過ぎて止まった。

通り過ぎる時に、骨が潰されるような鈍い音がする。


轢かれた時は気づかなかったけど、運転手は左にハンドルを切ったのだと思う。

トラックの後輪が女の頭の上を通り、頭蓋骨は粉々になり、人間の頭の原型がない。

血が一面に広がり、頭がない女の死体が道に転がる。


頭があった部分には、白子のような物体が4つにちぎれ、道路に転がる。

髪の毛が連なる頭皮は、頭があった場所から遠くに飛ばされていた。

そして、玉子のカラのような粉々の頭蓋骨が辺りに散らばる。


手足には車輪の後がくっきりと残り、1本の手はちぎれていた。

運転手が慌てて、この女のもとに駆け寄り、あまりの残酷な姿をみて呆然と立ち尽くす。

すぐに我に返り、私に救いの目を向けた。


「いきなり、この人が倒れてきたんですよね。事故ですよ。」

「そう証言してください。私のせいじゃないんです。どうしよう。まだ借金もいっぱいあるのに、会社を首になってしまう。大丈夫ですよね。本当に証言してくださいね。」

「事実がそうなので、そう証言します。安心してください。」


ここは公園の脇で、監視カメラとかもないと思う。

ただの事故だといえば、誰も分からない。

ただの事故なの。


この女が悪いの。私の大切な正樹を横取りしようとするから。

天罰が下ったの。この醜い姿が、本当に姿なんでしょう。


私は警察に電話し、女が、酔っ払ったのか、目の前で倒れてトラックに轢かれたと伝える。

警察にはいろいろと聞かれたけど、知らない人としか返事をしていない。

突然のことで、何も覚えていないと。


警官も、もらい事故で、大変でしたねと私のことを心配してくれる。

警官に成りたてで、若い警察官だった。

私を疑う素振りはひとつもない。笑顔で接してくれた。


夜が遅かったこともあり、名前と連絡先だけ聞かれてすぐに開放される。

そして、トラックの運転手は警察に連れていかれた。

でも、大丈夫なはず。悪いのは、いきなり倒れたあの女なのだから。


家に帰り、私の顔には笑みが溢れる。

これで正樹はずっと私のもの。

これから、正樹の優しいまなざしがずっと私に注がれる。


これでよかったの。

初めて訪れた私の幸せだもの。

邪魔者は排除しないと。


正樹は、私があの女を殺したなんて知るよしもない。

私は、久しぶりに帰ってきた正樹が眠るベッドに潜り込む。

これで、正樹は私だけのもの。正樹に抱きしめられながら、幸せを噛み締めていた。

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