9話 中学校
芽衣からは、学校では話すなと命令されていた。
だから、みんなからは話さない子、いえ話せない子と思われていた。
いえ、多くの人は、私という人間がいることすら気づいていない。
「詩織って、いつもジャージだし、臭いわよね。」
「そう、最初はびっくりしたんだけど、体育の時間で着替えているときに、ブラしていないのよ。あの子のバストって、とっても大きいでしょう。だから、雌牛みたいで気持ち悪くて。気にならないのかしら。」
「家が貧しいらしいわよ。ふけとかもすごいし。」
「そうなんだ。それにしても、気味悪いわよね。いつも、ニヤニヤしていて。何を考えているのかしら。」
「まあ、無視していればいいんじゃない。いつも机で図書室の本を読んでるだけだし。」
「そうそう、いつも読んでるのって、殺人とかの推理小説らしいよ。」
「将来、殺人でもするんじゃないかしら。怖いわね。近寄らないほうがいいわね。」
そんな生活だから、誰も私には話しかけてこなかった。
先生も、私にあてたり、話しかけたりもしない。
そもそも、話せないと思って無視している。
周りは大勢いるのに、私はいつも1人。
大勢いるからこそ、1人でいるときよりも寂しく思える。
寂しい。誰か、私をこの暗闇から助け出して欲しい。
ふと、雑踏が聞こえてきて、学校にいたんだとふいに気づく。
でも、クラスの誰もが私がここにいることに気づいていない。
雑踏の中で、ただ私の周りだけが静寂に包まれる。
家では芽衣たちから受ける暴力の恐怖で生きるのに精一杯だった。
芽衣が手を動かすだけで、私は、手で顔をかばいしゃがみ込む。
何もしていないのに、床に丸まり、許して、許してと繰り返していた。
でも、芽衣は、私にだけ暴力的というわけじゃなかった。
自分は被害者だと言って、周りみんなに攻撃的だった。
芽衣が廊下を歩くだけで、静寂が廊下を包み込み、じめっとした空気が流れる。
芽衣が睨む先には、これから1週間は学校に来れなくなる人がいる。
誰もがどうして休んだのか、先生や親に言わないから芽衣のせいとはなっていない。
でも、芽衣が何かしたに違いないと誰もが思っていた。
そんな芽衣に誰も近寄ったり、話しかけたりしない。
それを、芽衣は自分が被害者だと言っていたのかもしれない。
芽衣も、そんな自分を変える方法を知らなかったのだと思う。
ある日、芽衣は、自分のクラスの学級員の女を学校の屋上に呼び出した。
一緒に暮らす私たち3人で囲んで。
「あんたね、いつも私たちのことを先生にチクって、どうして私達をいじめるのよ。」
「あなた達が悪いことばかりしているからでしょう。杏のお金をカツアゲするとか。」
「あれは、私たちへの慰謝料なの。だからカツアゲしたわけじゃないのよ。そもそも杏は自分から、ごめんって言って私たちにお金を支払ったのよ。そんなことも知らずに、悪いことをしているって決めつけるの、やめてくれる。」
「そんなことを信じられるわけじゃないでしょう。」
芽衣は学級員の髪の毛をつかみ、大喧嘩となった。
私達3人に、1人の学級員が勝てるはずもない。
学級員は私たちに担がれて、屋上から放り投げられた。
殺されると思っていなかった学級員は手を伸ばしながら驚きの顔で落ちていく。
みんなが下を覗き込むと、地面は真っ赤な血で覆われている。
頭は割れ、血がどくどくと流れ出ている。
よほど地面と衝突したときに強い力を受けたのだと思う。
遠くから見ても、顔の形は原型を留めていなかった。
頭蓋骨がぱっくり割れ、脳みそが飛び散っていた。
見間違いかもしれないけど、目玉が道路に転がっているみたい。
歯もぐちゃぐちゃになっているように見える。
頭から落ちて、体の重さが全て顔にのしかかったのだと思う。
地面に落ちるときに手をついたのか、両手は骨が折れ、異様に折れ曲がっている。
スカートから出ている足だけが、少し前まで人間だったと表している。
制服を着てるから人間だとは分かるけど、そうでないと何か分からない感じだった。
「悪いことをすれば、罰を受けるのよ。いいざまね。」
「あなたのセーラー服は、悪いことばかりするから赤に染まるの。生理の処理ができてないとか。お似合いよ、あはは。」
大きな笑い声が響き渡った。
私は、恐怖で心の中が支配されたけど、そんなことは言えなかった。
嫌われないように、大声で笑うしかない。
学校の中や、屋上には、生徒のプライバシー保護として監視カメラはない。
屋上には私達と生徒会長以外に、誰もいなかった。
殺人だとしても、誰が犯人かはわからず、学校側は問題を隠蔽する。
だから事故として捜査は終わり、私たちは捕まることはなかった。
毎晩、ぱっくり割れた頭が私を睨んでる夢にうなされる。
目玉が飛び出し、睨んでいる女が、すごい力で私を屋上から引きずり落とそうとする。
そして、気づくと私は、手すりをすり抜け、すごい勢いで道路に落ちていった。
恐怖のあまり、大きな叫び声を上げて目が覚める。
その直後、頭を横から強く蹴られ、壁に激突する。
芽衣が、寝てるんだから、静かにしろと。
夢の中でさえ、私には過去を悔いる自由もない。
まるでクモの糸に絡められて動けないみたい。
でも、なにも考えないようにしようとしても、人間なんだから何かは考えてしまう。
どうしてこんな奴隷のような生活をしているんだろう。
私を捨てたキャバクラのお姉さんは、きれいな格好でステキな香水をつけていた。
どうして、私は、ブラもつけられない惨めな格好で過ごさなければならないんだろう。
学校で着替えるときも、穴がいっぱいあいた、ぼろぼろのインナーだけ。
なにも考えるなと命令され、みんなの目には私は映らない。
この世に存在してはいけない存在。
まるで私は幽霊みたい。
暗闇の中って、光がないだけじゃなく色もない。
クラスメイトはみんなキラキラといろいろな色を纏ってる。
青春っていうのかな。そんな言葉を聞いたことがある。
私には灰色もなく、色は全くない。
学校に通うときも、季節の色なんて感じたこともない。
朝だから光があるのは頭ではわかっている。
でも、頭の中には何も入ってこない。
音もない世界。私に命令する声だけが耳に入ってくる。
いつから、こんな風だったっけ。
そんなことも考えてはだめなの。
私は生きていてはいけない女なんだから。
真っ暗ななか、頭の中を真っ白にし、なにも考えないと誓って眠りに落ちた。




