脳筋勇者の白井さんは気ままに異世界スローライフを始めました。
牛丼から始まる異世界
白井ゆうき、16歳。高校1年生で、プロレス同好会のエース。彼女の両親もプロレスをしており、同好会でも一目置かれる存在だった。
部活帰りの楽しみは、なんといっても松屋での牛丼だ。汗と笑顔が交錯した練習の後、熱々の牛丼を頬張る瞬間は、ゆうきにとって至福の時間だった。この日も、いつものように松屋のカウンター席に陣取り、牛丼並盛に生卵をトッピング。箸を手に、彼女は幸せそうに呟いた。
「一汗かいた後の牛丼は最高だー!」
ガツガツと牛丼をかき込むゆうき。だが、その瞬間、突然足元の床が光り始めた。キラキラと輝く魔法陣が広がり、彼女の視界が白く染まる。
「ん? 松屋、店内改装した?」
次の瞬間、ゆうきは見知らぬ石造りの部屋に立っていた。目の前にはローブをまとった三人の男たち。魔法陣の中心に立つゆうきを見て、彼らは興奮した様子で叫んだ。
「おおっ! 召喚に成功したぞ!」(魔術師1)
ゆうきはキョトンとした顔で辺りを見回す。カウンターも、牛丼の匂いもない。代わりに、埃っぽい石の壁と、怪しげな燭台の明かり。彼女の手には、食べかけの牛丼が入ったどんぶりと箸が握られたままだった。
「え、ちょっと、状況がわかんねーんだけど?」ゆうきは首をかしげた。
魔術師たちはゆうきを値踏みするように眺め、顔を見合わせる。
「…こいつ、召喚したのに武器何も持ってねえな。」(魔術師1)
「ハズレか? 普通、召喚された勇者って剣とか槍とか持ってくるもんだろ。」(魔術師2)
「持ってるの、箸とどんぶりだもんな。」(魔術師3)
ゆうきは自分の手元を見下ろし、牛丼の残りを確認。確かに、武器らしいものは何もない。彼女は少しムッとして口を開いた。
「ハズレって何だよ! 牛丼は立派なエネルギー源だろ!」
魔術師たちはそんなゆうきを無視し、議論を続ける。どうやら、この召喚は魔族の脅威に対抗するためのものだったが、ゆうきが「役に立たなそう」だと判断されたらしい。リーダー格の魔術師が、若い見習いの魔術師リヒトを指差した。
「リヒト、お前がこの召喚の術式書いたんだろ? コイツ連れて旅に出ろ。国王にまた怒られるのはゴメンだ。」
リヒトは青ざめた顔で抗議する。「そんなぁ! 僕、ただの見習いですよ!」
「そいつ連れてはよいけ!」(魔術師2)
「はい…。」リヒトは肩を落とし、渋々承諾した。
こうして、ゆうきとリヒトの奇妙な旅が始まった。
異世界の現実
リヒトに連れられ、石造りの部屋を出たゆうきは、広大な森と遠くに見える城塞を目にした。ここが「エルトリア」と呼ばれる異世界だとリヒトから説明される。魔族が大陸を脅かし、国王が召喚魔法で「勇者」を呼び寄せたが、ゆうきは期待外れと判断され、放逐されたのだ。
「で、俺を元の世界に返す方法は?」ゆうきはリヒトに詰め寄った。
リヒトは気まずそうに目を逸らす。「えっと…見習いの僕にはわかんないです。高等魔術師なら知ってるかもしれないけど…。」
ゆうきの手から、食べ終わったどんぶりと箸が滑り落ち、地面に転がった。
「ここ、松屋じゃなかったのか…。」
リヒトは思わず叫んだ。「落ち込むとこそこなの!?」
ゆうきはしばらく呆然としていたが、すぐに気を取り直した。「まぁ、いいや。とりあえず、この世界で気ままに生きてくか! 松屋はないみたいだけど、なんか美味いもんあるだろ?」
リヒトはそんなゆうきの楽観さに呆れつつ、彼女を近くの村まで案内した。行く当てのない二人は、とりあえず村で情報を集め、ゆうきの帰還方法を探すことにした。
プロレス魂、炸裂
村に着いたゆうきとリヒトは、さっそくトラブルに巻き込まれた。村の広場で、リンゴ売りの村人がチンピラたちに絡まれていたのだ。チンピラたちはリンゴを奪い、村人を脅していた。
「やめなよ、リンゴ返してあげなって。」ゆうきはチンピラたちに声をかけたが、相手はニヤニヤしながら無視。
「お嬢ちゃん、余計なことすんなよ。」チンピラのリーダーがナイフをちらつかせた。
ゆうきはニッコリ笑い、こう呟いた。「話し合いが通じない時は、肉体言語で語るまでだな。」
リヒトが叫ぶ。「なんて脳筋なんだ!」
どこからか、ゴングの音が響いた(もちろん、ゆうきの脳内での演出だ)。彼女は一歩踏み出し、開幕ラリアットをチンピラの一人に叩き込んだ。バキッ! チンピラは一瞬で地面に沈む。
「なんて強さだ!」残りのチンピラが驚愕する。
ゆうきの強さは、ただの高校生のそれではない。
彼女の両親はプロレス界のレジェンドだ。父は悪役レスラー「グレートユタ」、母は戦神「アンダーライガー」として名を馳せた猛者。その血を受け継ぎ、幼い頃からプロレス技を叩き込まれたサラブレッド中のサラブレッド!
そう、ゆうきは神がかったフィジカルギフテッドの持ち主なのである!!
チンピラのリーダーが魔法で作った刃物を振りかざし、ゆうきに襲いかかる。「くそっ、小娘が!」
その瞬間、ゆうきの脳裏に父の言葉が蘇った。
「相手が武器を持ってる時は、毒霧でいけ。」
ゆうきは口に含んだ水(実は村の井戸で汲んだもの)を勢いよく吹き出し、リーダーの目をくらませる。直後、彼女はリーダーの首を両足で挟み、華麗なフランケンシュタイナーを決めた。リーダーは地面に叩きつけられ、動かなくなった。
『んな馬鹿な...』
どこからともなく現れた村人(なぜかレフェリー役を務める)がカウントを開始。「1!2!3!」
ゴングが響き、試合終了。村人たちは拍手喝采だ。
「この人に武器を持たせたらどうなってしまうんだ…。」村人の一人が呟いた。
スローライフと新たな目的
チンピラを退けたゆうきは、村人たちから感謝され、リンゴや手作りのパンをご馳走になった。リヒトはそんなゆうきを見て、呆れつつも感心していた。
「ゆうきさん、めっちゃ強いですね…。でも、この世界でプロレス技だけで生きていくつもりですか?」
ゆうきはリンゴをかじりながら答えた。「まぁ、帰る方法見つかるまで、気ままにスローライフだろ。美味いもん食べて、悪い奴ぶっ飛ばして、楽しそうじゃん!」
リヒトはため息をついた。「スローライフって、そういう意味じゃないと思うんですけど…。」
それでも、ゆうきの明るさに引っ張られ、リヒトも彼女の旅に本格的に付き合うことにした。二人は村を拠点に、周辺の町や森を巡りながら、魔族の動向や召喚魔法の情報を集め始めた。
旅の途中、ゆうきは自分のプロレス技がこの世界で「魔法」と誤解されることに気づく。彼女のラリアットは「風の刃」、毒霧は「闇の霧」と呼ばれ、村人や冒険者たちに「謎の女魔術師」として噂されるようになった。ゆうきはそれを面白がり、わざと派手な技名を叫びながら戦うようになった。
「くらえ! ファイナル・ラリアット・ストーム!」(ただのラリアット)
リヒトは毎回ツッコミを入れる。「それ、ただの腕振りですよね!?」
「細かいことは気にすんな!」
魔族との遭遇
旅を続ける中、ゆうきとリヒトは魔族の小隊に遭遇する。魔族は人間の村を襲うために送り込まれた斥候だった。リヒトは魔法で応戦しようとするが、魔術師見習いの彼では力不足。ゆうきが前に出る。
「リヒト、援護は任せた! 私のリングにウェルカム(ようこそ)だ!」
ゆうきは魔族たちに次々とプロレス技を繰り出し、リングアウト(物理的に吹き飛ばす)していく。彼女の動きは、魔族の魔法や剣技を圧倒。最後は巨大な魔族のボスをバックドロップで地面に叩きつけ、見事に勝利を収めた。
「こいつら、プロレスのルール知らねえから楽勝だな!」ゆうきはケラケラと笑った。
リヒトは戦慄しながら呟く。「この人、魔族相手にもゴリ押し…。」
この戦いで、ゆうきの名はさらに広まり、彼女は「プロレス聖女」として一部の村で崇められるようになった。リヒトはそんなゆうきに振り回されつつも、彼女の純粋な強さと優しさに心を動かされていく。
帰還への鍵
旅を続ける中で、ゆうきとリヒトは古い神殿にたどり着く。そこには、召喚魔法の秘密を知る老魔術師が住んでいた。老魔術師はゆうきを見て、彼女の「異世界の力」(プロレス技)がこの世界の魔力と共鳴していることに気づく。
「君の力は、魔族を倒すための鍵になるかもしれない。だが、元の世界に戻るには、魔王の城にある『次元の鏡』を手にしなければならない。」
ゆうきは目を輝かせた。「魔王?強そうなリングネームじゃねぇか!」
リヒトは頭を抱えた。「ゆうきさん、魔王はプロレスラーじゃないですよ!」
それでも、ゆうきは新たな目標を見つけた。魔王を倒し、次元の鏡を手に入れ、松屋の牛丼が待つ故郷へ戻る。彼女のスローライフは、いつしか壮大な冒険へと変わっていた。
絆と未来
ゆうきとリヒトは、魔王の城を目指し、様々な試練を乗り越えていく。ゆうきのプロレス技は、どんな敵にも通用し、彼女の明るさは仲間や村人たちを勇気づけた。リヒトもまた、ゆうきと過ごす中で、臆病だった自分を変えていく。魔法の腕を磨き、ゆうきの戦いを支える頼もしい相棒へと成長した。
ある夜、キャンプファイヤーの前で、ゆうきはリヒトに尋ねた。
「なあ、リヒト。この世界に松屋はないって言ったけど、牛丼っぽい何かはあるだろ?」
リヒトは笑いながら答えた。「ゆうきさん、ほんと牛丼好きですよね。…でも、僕、ゆうきさんが帰る前に、牛丼みたいな料理作ってみますよ。」
ゆうきは目を輝かせた。「マジ!? リヒト、最高のパートナーだな!」
二人は笑い合い、星空の下で未来を誓った。魔王を倒し、ゆうきを故郷に帰す。そして、いつかリヒトが牛丼を再現する日を夢見て。
ー
ゆうきとリヒトの旅はまだ続く。魔王の城は遠く、道のりは険しい。だが、ゆうきのプロレス魂とリヒトの魔法があれば、どんな困難も乗り越えられるだろう。彼女は今日も、異世界のリングで戦い、牛丼を夢見て突き進む。
「次はお前がリングに上がる番だ! 準備はいいか!?」
どこからか、ゴングが鳴り響いた。