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6.あの人によく似た人


 無数の星が輝く夜空。

 

どうやらこの建物が立っているのは丘の上のようで、丘の下には池と呼べばよいのか、それとも泉と呼べばよいのか、とにかく大きな水たまりがあった。目を凝らせば、水辺に人影が見えた。


 良かったすぐに人が見つかって。これで自分が今どこにいるのか聞くことができる。

スマホがあればGPSですぐに自分に居場所が分かったのに。あの小さな機械がないだけで、誰とも連絡が取れないし、現在時刻もわからないし、何と不便なんだろう。


 カザミは転ばぬよう気をつけながら、丘を駆けるように下っていく。

 先程目にした人影に近づいていくと、その人物は地面に膝をつき、両手を組み、顔を俯かせていた。その姿はまるで祈りを捧げているかのようだった。


 月明りに照らされた灰色の長い髪が美しく、輝いている。銀色かと見まごうほどの輝き。

しかし、この女性、どこかで見たことあるような。でも知り合いにこのような見た目の人はいないし。どこで見かけたんだろう? インターネットで? ニュースで? それともドラマに出ていた俳優? 全部違う気がする。そもそも、芸能人にこんな場所で会うとも思えない。


「あ、あの――」


 祈りを捧げているところ、邪魔をして本当に申し訳ないのだが、夜も遅いし早く家に帰りたいので、迷惑だろうとはわかっていても声をかける。


 すると、女性は目をゆっくりと開き、その場から立ち上がった。そしてこちらを振り向く。

その瞳は少し潤んでいるようにも見えた。もしかして泣いていたとか?

しかしこの顔立ち。


 まさか。

 ありえない。


 この二言が脳内を駆け巡った。


 灰色の髪とサファイアブルーの瞳、それに少しきつめの顔立ち。この顔をカザミは最近見ている、だが先ほど挙げたどの候補にも当てはまらない。


 カザミがこの人物を見たのはアニメ作品の中だ。そうハナと共に定額サービスの動画配信サイトで一気見したアニメ。母と父が原作小説を書いた作品、。預言の乙女」に彼女は登場している。流石に瓜二つまでとはいかないが、主な特徴は完全一致しているし、とても良く似ている。


 イザベラ・クロワ。

「預言の乙女」の悪役に。


「――?」

「え?」

「――」


 どうやら驚くカザミにイザベラはずっと声をかけてくれていたようだ。しかし、日本語ではないため、内容が全く理解できない。


 そしておそらく英語でもないから、カザミが今まで受けてきた教育ではどうやっても太刀打ちできそうにない。


 えっと、こういう時はどうすればいいのだろうか。


 とりあえず両腕を広げ大げさに肩をすくめてみる。すると、イザベラは腕を組み、眉をひそめた。もしかして馬鹿にされたと勘違されてしまっただろうか。


「――、――。――?」


 続けて何かを言われたもののやはり、何を言っているのかさっぱりわからなかった。街に出れば、母国語で会話しているであろう外国の人とすれ違うこともあるが、そんな彼らが話していたどの言葉とも違う気がする。流石にすべての言葉を網羅しているわけではないから確証はないが。


 ただ、カザミの脳は先ほどから警鐘をならしている。これはとんでもないことが起こっているのだと。

 だが、そんなことを信じられるわけがない。だって、そんなのことはありえないから。起こりえないことだから。


 動揺しているカザミの手首を、イザベラが掴んだ。ちなみにとてもよくイザベラに似ているのでカザミは彼女のことを心の中でイザベラと呼んでいるが、本気であのイザベラだと思っているわけではない。


 いきなり力強く、手首をつかまれ、さらなる動揺がカザミに走る。カザミはイザベラの手を振り払おうとしたが、細い身体をしているくせに力は強いようで、相手は手首を離してはくれなかった。


 そして、そのままどこかへ引っ張られていく。抵抗して立ち止まることも考えたが、まだ相手の意図がわからなかったので、結局ついていくことにした。本気でやばいとなったら、その時は火事場の馬鹿力かなんかで逃げ出そう。頼んだぞ、我が本能よ……。


 建物と大きな水たまりを囲んでいた木々の間を歩く。どうやらあの場所は森の中に会ったようだ。そして森を抜けた先には一台の馬車が停まっていた。眠たげに身体を揺らしていた御者がイザベラを見るなり、背筋を伸ばし、そしてカザミを見るなり目を丸くした。二人は一言二言会話をし、カザミはイザベラによって馬車に乗せられる。流されるがままに馬車に乗ってしまったが、良かったのだろうか。


 それにしても、車ではなく馬車か……。


 先程の脳からの警鐘が先ほどよりも激しくなった気がする。

道中イザベラもカザミも言葉を発することはなかった。まあ、お互い言葉が通じないのだし、喋っても無駄というか。


 それにカザミは、馬車の揺れが激しく、身体が上下左右に揺れるのでそれを耐えるのに必死だったとも言える。


 窓の外を見て、少しでも見覚えのある景色が映らないか少し期待したが、街灯がなく流れる景色がほとんど闇の中で、たまに見えるものと言えば、畑という自分の家の近所にはないものであった。


 そして馬車に揺られること数十分。とは言うものの、時計を持っていないため、どれくらいのときが経ったのか全く分からない。先ほどから不安と困惑の連続で体内時計はぶっ壊れているし。


 馬車が停車したかと思うと扉が開かれ、馬車から降ろされる。

 目の前には巨大な屋敷。ドラマとかアニメでは見たことがあるけれど、現実では見たことのない西洋風の屋敷だった。


 玄関の二枚扉のうち、右側の扉が開かれ、中から初老の男性が出てくる。白髪を前から後ろへと頭になでつけて口ひげはきれいに整えられていた。


 屋敷の中に入るとまず目を引くのは豪奢なシャンデリア。そして両側から上へと伸びる階段。その階段の踊り場の壁には人物画が掛けられている。


 でかいだけでなく中も立派、しかも出迎えてくれる執事らしき人もいる。どう考えたって、お金持ち。

 カザミが屋敷の内装を観察していると、再びイザベラに手首を掴まれ、二階のとある部屋へと連れていかれた。

 

そして、彼女から二言三言何かを言われたが、こちらは首を傾げるしかない。そんなカザミに、イザベラはため息をつく。言葉が通じないのはお互い様なのに、まるでこちらに非があるかのようなため息のつき方だった。イザベラは部屋の奥へと入り、なかなかに大きいベッドを指さしてから、カザミを指さした。


 えーっと。

 ここで寝ていいってことなのかな。

 カザミは自分を指さしてから、布団を被るジェスチャーをする。するとイザベラは腕を組んで頷いた。


 え、泊めてくれるってこと?

 しかもこんないい部屋に?


 ベッドの大きさはカザミの部屋にあるものの約1.5倍で天蓋つき。それこそアニメの世界でしか見たことがないものだ。そして天井にはシャンデリア。部屋のつき辺りには窓があってその傍には丸テーブルと、一脚の椅子。ベッドの向かいの壁には本棚が備え付けられており、装丁の豪華な本が端から端までぎっしりと並んでいる。


 カザミはお礼の意を込めて、イザベラに対して頭を下げる。するとイザベラは満足げに微笑んだあと部屋を出て行った、去り際にカザミの肩に手を置き、何かを言ってから。

 

 しかし、カザミは首を傾げるしかなかった。



「本当に何が起こったんだろう」


 カザミはベッドに大の字に寝っ転がり、天蓋をボーっと見つめながら呟いた。

時と場所を一瞬で移動し、そして「預言の乙女」に出てくる、イザベラにとても似た人物に出会った。しかも言葉は通じないときた。


 もしかして、「預言の乙女」の世界、物語の中に入り込んでしまったとか?


「はは、まさか」


 と力なくカザミは呟く。

 そんな非現実的な話、受け入れるわけがないだろう。自分で自分の思いつきに呆れてしまう。


 だが、本当にありえないのか?


 いや、ありえない。物語の中に入ってしまうなど現実的に考えて百パーセントありえない。しかし、先ほどから体験したことに基づいて考えれば、カザミの考える「現実的な考え」が果たして通用するのか疑問である。

 

昨日までの自分なら、ありえないの一言で片づけてしまって問題なかった。しかし、あの光と魔法陣、それから時と場所を一瞬した方法を「現実的な考え」に基づいて説明できない限り、物語の中に入り込んでしまったという可能性を完全に否定できないのである。


「……参ったな」


 途方に暮れる、とはまさにこのことを言うのだろう。カザミはベッドから起き上がり、向かいにある本棚に向かった。そして適当な本を一冊抜き取り、パラパラとページをめくってみる。


 うん、何一つ内容がわからない。

 内容どころか文字も何一つわからない。


 カザミからしたら記号にしか見えない文字が左から右へと、時折、一マス空白を挟み羅列されている。そして文末にはピリオドと思わしき点が。あと、文中にカンマも書いてある。


 どうやら、これは英語と共通らしい。ただその記号が意味することが分かったとしても、今は何の意味もないんだけどね!

 イザベラが言っていることも、本に書いてあることもわからない。


 自分は日本に帰れるのだろうか……。


 そう思った所で、すっかり物語の世界に来た気になってしまっていることに気がつく。


 いかんいかん。

 妙な考えに囚われるな……。


 こういう時は、寝るに限る。


 どうせごちゃごちゃ何かを考えたところで、今のカザミにできることなど何もないのだ。

 体感で言えば、今はまだ遅くても夕方という感じだが、窓の外は月が輝く夜空。


 まさか初めての時差をこのような形で体験するとは思わなかった。

 カザミは再びベッドに寝っ転がり、掛布団をかける。

 

そして滑らかな生地にくるまれながら、ゆっくりと目を閉じた。


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