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3.谷津語シオリ

「――だそうですよ? 谷津語シオリ先生?」


 カザミは父お手製のポテトサラダを食べながらそう言った。

 父が作ってくれるポテトサラダには必ずレタスが入っており、このシャキシャキ感が何とも癖になる。  

 おかげでレタスが入っていないポテトサラダを食べるとなんだか物足りないと感じるようになってしまった。

 それで晩御飯を作ってくれた父はというと、なぜか皿に盛ってあるポテトサラダに額がつきそうなくらい頭を下げている。


「何してるの、お父さん」

「精一杯の謝罪の意を示そうと思って」


 うーん自分に謝られても困るんだけれどな。

 是非、謝る相手はカザミではなく、ハナと今でも新刊を待ってくれている読者の方々にして欲しい。

 そう、ライトノベル「預言の乙女」の作者、谷津語シオリはカザミの父なのだ。

 カザミ個人としては「預言の乙女」の続きが出ようが出まいが、正直どちらでも良いし、続きが出るとも期待していない。

 

だが一応聞いておこう。ハナのためを思って。


「ちなみに続きが出る目処は立っているのでしょうか」


 一度箸を置いてからカザミはそう口にした。

 それに対し、父は、頭を下げたまま、


「全く立っていません」


 と返す。


 あらま。


「一体どこで行き詰ってるの?」

「……プロットの初期段階です」


 なんというか、もう初期という言葉だけで行き詰っている感がすごい。

 父はやっと顔を上げたかと思うと、ビールグラスを煽って、グビグビとお酒を飲み、そして叩きつけんばかりの勢いでグラスをテーブルに置いた。

 父がいつも身に着けているブレスレットのチャームが揺れ、軽い音を立てながらグラスに当たり、音を鳴らす。


「あー、俺やっぱ恋愛小説向いてないかも」


 と頭を抱える父。

 じゃあ、書かなければよかったのに、とうっかり言ってしまいそうになるが、ぐっとこらえる。


「プロットで行き詰ったなんて初めて聞いたよ」

「俺だって初めてだよ。つか、人の殺し方とか、密室トリックだったらすぐに思いつくんだけどなあ」


 父の本業は推理小説家だ。もともと源流カツトシとして商業作家をしている父は、近年になってから恋愛ライトノベルを書き始めた。


「じゃあ、もういっそのこと、人がバッタバッタと死にまくるダークファンタジーにジャンル転向する?」

「そんなもの誰も望んじゃいねえだろ」

「言ってみただけだよ」


 それこそ、ジャンル変更なんてして、恋愛要素をゼロにしたらハナのような読者に対する裏切り行為になりかねないし。

 さすがに素人のカザミでもそれくらいはわかっているつもりだ。

 待てよ、行き詰ったときに助けになるものを父は持っていなかっただろうか……。


「創作ノートは?」

「あそこに書かれていることなら全部二巻目に書いちまったよ」


 なるほど、あれで全部なのか。とカザミは第二巻の内容について考えながら言った。

 イザベラの処刑の場面が頭をよぎる。

 ネタが尽きたゆえにイザベラを処刑したとか?


「イザベラを処刑するから、話が行き詰まっちゃったんじゃない?」


 そして苦し紛れに話に一区切りをつけたのはいいものの、完全に話に行き詰ってしまった、みたいな。


 そう思ったのは理由がある。そもそも話の中で処刑シーンというのは個人的に違和感があった。イザベラは悪事を働き、処刑されるわけだが、主人公は予知能力があるのだから、その能力を駆使して悪事自体を阻止すればよかったんじゃないのって。


 まあ、正直言ってカザミは小説のことなんてさっぱりわからないし、なんなら「預言の乙女」以外の小説は学校の教科書に載っているものしか読んだことがない。

 ただそんな自分なりに、物語の進行上、悪役がいないと話が盛り上がらないからだろうなあとかは考えたりしたけど。でもせっかくなら処刑されるような悪事は阻止して欲しかったな、なんて。

 

 あくまで個人的感想だけれど。

 カザミはポテトサラダの隣に添えてあるミニトマトを口にくわえ、ヘタを取り外す。


「はあ? なんでそういう話になるんだよ」

「だって、イザベラは死ぬ予定じゃなかったでしょ?」

「何言ってんだ? 俺は創作ノートに書かれた通りに彼女の処刑まで話を持って行ったんだが?」


 と父は眉をひそめ、そんな父をみてカザミは首を傾げる。


 あれそうだったっけ? と。

 でも、あのとき確かに……。

 うん、間違っていないはず。うん、自分はあってる。

 なら、なぜ?


 いや、やめておこう。考えたところで、答えが出ない問題について思考を巡らすのは面倒だ。


「そう言った観点から行き詰った理由を考えるなら、ルークにシャルロットへの恋心を抱かせたのがまずかったかも」

「どういうこと?」


 というかその話をハナが聞いたら泣くな。いや、声を上げて怒るかも。


「創作ノートに大きな文字で、ルークとシャルロットがくっつくことはあり得ない、って書いてあったんだよ」


 しかもびっくりマークが二つに二重下線つきでな、と父はつけ足す。


「じゃあ、どうしてルークをそういうキャラクターにしたわけよ」

「それは、シャルロットにとっての唯一の恋のライバルが死んじまうんだから、今度はジョルジュ側に新たな恋のライバルを登場させようと思ってな」


 なるほど。イザベラが悪事を働くきっかけとなったのも、シャルロットへの嫉妬からだった。

 ジョルジュがイザベラと婚約を解消した直後に、シャルロットと仲良くなるものだから、婚約者を奪われたと思ったことがきっかけだとか。


 というか、それなら新キャラクターを作って、登場させたらよかったんじゃ……。


「まあ、これから何年かかろうと続きは書くつもりだよ。例え読者が去って行ってもな。だから出来上がったときは読んでくれよ」

「はいはい」


 きっとハナも待ってくれるよ、とカザミは心の中で呟いた。


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