2.友人宅にて
鳥が円塔のてっぺんから飛び立ち、城下町へと向かっていく。
その眼下では、主人公のシャルロットとその恋人のジョルジュが、肩を並べて城の中庭を歩いていた。
「どうしたんだい? そんなに浮かない顔をして」
ジョルジュは立ち止まり、シャルロットの顔を覗き込む。
「イザベラ様のことを思うと、心が苦しくて」
と彼女は胸に手を当てながら言った。そよ風がそんな彼女の薄ピンク色の髪を揺らす。
「君が気に病む必要はないさ。イザベラはそれ相応の罪を犯した。いわば処刑されて当然なんだよ。それにルークも言っていたじゃないか、これでやっとこの国にも平穏が戻るって」
「しかし……」
彼の言葉に、シャルロットは納得が行っていないようだ。ジョルジュはそんな彼女の手を持ったかと思うと、その甲に軽く口づけをする。
「ジョ、ジョルジュ様!?」
とシャルロットはわかりやすく、目を白黒させて動揺した。
そんなシャルロットの様子を見て、ジョルジュは楽しそうな笑みを浮かべる。
「うん、やっぱり君に暗い顔は似合わない。それに、俺はずっとこの日を待っていたんだ。君に伝えたいことがあったから」
「伝えたいこと、ですか?」
「ああ……」
ジョルジュはシャルロットの手を自身の手で包み込む。そして、
「シャルロット。俺と結婚してくれないか」
そうシャルロットの顔をじっと見つめながら言った。シャルロットはそんな彼の顔を少し潤んだ目で見つめ返す。
その瞳は星のように輝いていた。いや、正確に言えば瞳の中で星が輝いている。
一筆書きで書くことのできるあの形をした星である。
二人は数秒見つめ合ったかと思うと、お互いの顔を近づける。
顔とというか、唇というか。
そして、どこからともなく風が吹き始め、二人の周りを花びらが舞い始めた。さらには町の広場の時計台の鐘まで鳴りはじめる。
なんだかオーバーだな……。
最後に二人の唇が触れるか否かと言った瞬間、一枚の花びらが画面いっぱいに広がりそして……。
「どうだった? 感想は?」
もう何度目かというエンディング曲を聴き、スタッフロールを眺めながら、友人の花吹ハナは言った。
しかし定額動画配信サービスの恐ろしいこと恐ろしいこと。何もしなければ勝手に次に話が始まるんだもの。おかげで一クール分、一気に見てしまったではないか。
「どう、と聞かれましても」
とカザミは首をひねる。
「なんというか、シャルロットとジョルジュが無事結婚してめでたしめでたしということなのかな、と」
と答えるとハナは静かに立ち上がり、拳をかかげる。そして、
「ルークをないがしろにするなぁー!」
と叫んだ。
なるほど、ハナはルーク推しだったのか。
ハナは大きく鼻から息を吐き、満足したのか再び床で体育座りをする。
「私てっきり、ハナはルークとジョルジュのどちらも推しているんだと思ってた」
そう言いながらカザミは改めて、ハナの部屋を観察する。
勉強机に並ぶアクリルスタンドは二つ。ルークとジョルジュが対になるように立っている。
そして壁に掛けられたコルクボードにはラバーストラップやアクリルキーホルダーが複数。こちらも、ルークとジョルジュ、両者の物である。
「え、私は根っからのルーク派ですけれど?」
「でもジョルジュのグッズもいっぱい並んでいるじゃない」
「ジョルジュのグッズは、なんとなく買ったっていうか」
「推しでもないのに?」
と聞くと、ハナは視線を宙にさまよわせてから頷いた。
なんだ、今の間は。
というか、こういったキャラクターグッズって結構なお値段するよね、カザミは自分でこういったキャラクターグッズを買ったことがないが、とにかく高いと主張する人の話を聞いたことがある。それこそ、高校生のお財布にはなかなかヘビーなものというか。
それをなんとなくで買っちゃうハナって……。
まあ、買い物の仕方は人それぞれだもんね、とカザミは心の中で呟いた。
「このプロポーズのシーンってさ、アニメオリジナルだよね?」
とカザミはスタッフロールが流れ終わり、おすすめのアニメのサムネイルが並んでいるモニターを指さして聞いた。
「うん、そうなの。だって原作は……ってちょっと待って? カザミって『よげおと』の原作履修済みなの!?」
「え、えっと、うん。一応」
いや一応どころか、ハナの言葉を借りれば、完全に履修済みである。しかし、素直に答えてしまうと、まるでカザミが『預言の乙女』の大ファンみたいに聞こえて、それはそれで誤解を生みそうなので、一応、と答えたわけであるが。
しかし、『預言の乙女』の略称が『よげおと』だということは知っていたけれど、実際に耳にしたの初めてかも、と久しぶりに『預言の乙女』に関することで新鮮な気持ちを味わった。
カザミは原作であるライトノベル版『預言の乙女』のあらすじを思い起こす。舞台は架空の世界、ゲーテベルグ王国という場所だ。
小さな街の酒場で働いていた主人公のシャルロットが、ある日突然予知能力に目覚め、預言者としてその能力を駆使して周りの人間を助けたり、国で唯一の存在の預言者として奮闘したりする物語。
恋愛要素もあって、恋人候補が二人。一人はアニメ版でシャルロットにプロポーズをしたジョルジュ。彼は宰相の息子であり、シャルロットに一目ぼれをする青年。そしてもう一人が、ゲーテベルグ王国の王子、ルーク。いつも笑顔で誰に対しても優しく、朗らかと言った印象の王子様である。
しかし残念ながらアニメ版ではルークの影は薄く、終始シャルロットとジョルジュが両片思いの状態で話が進むのだ。二人の間にルークが入り込む余地などないくらいに甘さで。この糖度もアニメのオリジナルそしておそらく醍醐味と言っていいだろう。
「じゃあ、カザミはどっち派!? ルーク? それともジョルジュ?」
とハナはカザミの手を両手で握りながら、聞いてくる。その両手とカザミを見つめる両目に並々ならぬ力を感じる。
ふむ。別にどちらにも興味はないのだけれど。
「強いて言うなら、ジョルジュかな? ハナには悪いけれど」
とカザミはアゴに人差し指を当てながら答えた。
「えー! なんでぇ!?」
ハナはカザミの手を離し、不満そうに頬を膨らませる。
「なんだか、ルークは優しすぎるって言えばいいのかな。シャルロットのことを見つめる目とかさ。あとシャルロットのことを愛しているんだなって接し方ではあるんだけれど、その愛って言うのが恋愛感情というより、家族愛に近いように思えるというか」
うーん、なんだかうまく言葉にすることができないのだけど。
「あの優しさがいいんじゃない。私に言わせればジョルジュはガツガツし過ぎだよ。それに
下心を感じるっていうかさ。あ、変な意味じゃなくてね」
ジョルジュはシャルロットが預言者じゃなかったら、彼女に見向きもしていないと思う、というのがハナの考えらしい。
「でも恋愛とか、結婚ってそう言うものじゃない?」
相手の性格は大事だけど、やっぱり見た目も肩書きや職業も相手を選ぶうえでは判断材料になるというか。
「それはその通りだよ。でもそれはあくまで現実の話でしょう? フィクションの世界でくらい夢を見たいっていうかさ。それに肩書きが大事って言うのなら、シャルロットはルークに恋しないとおかしいじゃない」
確かにそれは言えているかも。
「そこはシャルロットの愛の力が、現実的な考えを超えたということで」
「まあ、恋愛ものなんだから、愛の力を前面に押し出していいと思うけど。それならジョルジュもそう言うキャラクターにしろよって感じ」
とハナは再び不満そうである。
「おやおや、原作者に物申しますか?」
「ううん、谷津語シオリ先生に不満はないよ? だって、原作ではルークがシャルロットに恋心を抱くシーンも丁寧に描かれているし」
では、なぜルークがシャルロットに恋する描写がアニメでは一切ないのか。決してルークが不人気とかそういう理由ではない。
問題はルークがシャルロットに恋愛感情を抱く時期だった。
預言の乙女は、既刊全二巻の小説で、ルークが恋心を抱くのはなんと二巻目の中盤なのである。そしてアニメはこの二冊の内容を反映して作られているため、原作のまま描くと物語の四分の三辺りで、ジョルジュに恋敵ができることになり、視聴者が混乱してしまうのではないかという懸念から、大胆にルークを恋愛候補から外したらしい。
ちなみに原作はまだ完結していないので、これからルークがシャルロットとジョルジュに対してどういう動きを見せてくるかは不明であり、読者としては楽しみの一つである。つまり、恋愛場面だけにフォーカスすれば物語としてはかなり中途半端なわけだ。
しかし物語の進行を担うシャルロットの予知能力を駆使する話では、二巻目で悪役であるイザベラの悪事を暴き、処刑するというある意味区切りがついたところで終わっているのでちょうどいいともいえる。
そしてアニメを見てもラブストーリーというよりはファンタジーの要素が原作よりも強いと思ったので、そちらの側面を制作側は押し出したのだろう、とカザミは勝手に推測している。
「あ、でも一つ不満があるとすれば……」
ポツリとハナが言った。
「すれば?」
とカザミは続きを促す。
「先生、早く続刊出してー、感じかな」
「だよねえ」
ハナの言葉にカザミは完全な同意を示した。
「預言の乙女」は第一巻が出たのが約三年前、そして第二巻が約二年半前。そして現在、三巻目が出るきざしは全くない。
「そもそも続きって出るんだろうか? このまま、打ち切りとかにならないよね?」
「んー、どうだろう」
とカザミは首を傾げる。
「ハナは今でも続き待ってるの?」
と聞くと、
「そりゃもう、全力で待機中だよ、ルークの恋の行方も気になるしね!」
と彼女は力強くガッツポーズをしながら言った。