祝勝の宴
村に戻ったレジナルドは、自警団長に一連の出来事を報告する共に応援を要請する。口達者な彼の説明は上手く的確で、調査だけの予定だったにもかかわらず突入した事について、拐われた女性がいたのならと、団長は緊急性を認め命令無視を不問とした。
とはいえ、功績があれば何をやっても良いわけではない。レジナルドは団長や仲間の自警団員たちとカイトたちの元へ戻る最中、ありがたいお説教を聞くはめになる。
勿論レジナルドだけでなくカイトとサリーナも同じであり、洞窟で自警団員たちが囚われの女性たちを保護するあいだ、彼らも叱られていた。
その後、村へと戻ったレジナルドたちは一度解散する。保護した女性たちは自警団が身元を確認するため、彼らがこの件に関してできる事はもうなく、一仕事終えた彼らは私服に着替え、酒場にもう一度集まった。ひとつのテーブルを4人で囲み、カイトが手にするジョッキを掲げる。
「任務完了! お疲れ様〜!」
「「お疲れ様〜!」」
「……こう?」
レジナルドとサリーナも酒の入ったジョッキを掲げ、シルトはジュース入りのグラスを見様見真似で掲げる。生まれ変わったばかりの剣乙女は、最低限の知識しかなく慣例や慣習などを知らない。
原作ではその無知さにつけ込んでくるタイプの寝取られフラグもあるため、レジナルドは不思議そうな顔をしているカイトに小声で注意を促す。
「原初の剣乙女は俺達の常識を知らないんだ。だから契約者が色々教える必要もある。シルトから目を離すなよ、カイト」
「そうなのか……わかった。シルト、これれ乾杯といってなーー」
カイトの話をふんふんと頷きながら聞くシルトを横目に、レジナルドはサリーナにも頼み込む。
「サリーナさんもシルトを気にかけてくれますか。女の子同士じゃないと駄目な時もあるはずなので」
「勿論♪ シルトちゃん、放っておけない感じがすると思ってたんだ。幼いっていうか、子供と話してるみたいだったから」
「子供……言い得て妙ですね」
レジナルドが村に走っているあいだに話し込んだお陰か、彼はサリーナがシルトに好意的な印象を持っているように感じた。
原作ゲームでも彼女たちの仲は悪くない。むしろ寝取られフラグが立たず、健全な旅をしている時は、同じ男を支える親友になるパターンすらある。
しかし仲が良いが故に、サリーナの寝取られイベントにシルトが巻き添えをくらって連鎖堕ちするパターンや、その逆もあるので良い事ばかりではないのだが、万一のデメリットよりもカイトとサリーナ、シルトの仲が円満な方が、平時において遥かにメリットの方が大きいだろう。
「それにレジナルド君だって気にかけるつもりでしょう?」
「そのつもりです。せっかく掴んだ友達の幸運をみすみす逃しては損ですからね」
「もう、そんな言い方して……」
「それぐらい剣乙女の力は強大という事ですよ。本当に闘技大会に出場するつもりならシルトの力は大きな助けになりますから」
一月後に王都で開催される闘技大会。それがプロローグである『小鬼の巣殲滅』の次に起こるメインイベントである。
数日前に国内各地に配布されたチラシを見たカイトは、闘技大会に興味を示しているものの参加を迷っていた。村で一番の剣の使い手だが、所詮は片田舎という狭い場所での話でしかなく、わざわざ王都まで行って予選落ちしようものなら目も当てられない。それ故に彼は決断しきれずにいた。
原作の場合、独断で小鬼の巣へ行った事を咎められたカイトは謹慎処分となる。その処分を不服に思った彼は自警団を退団し、仕事の多いであろう王都へ向かい冒険者に転職する。そこで仕事をしながら腕を磨き、闘技大会へと挑戦する、という流れだ。
そして小鬼の巣でサリーナの寝取られフラグが立っていなければ、彼女を含めた三人で村を出る事になるが、もし立っている場合はシルトとの二人旅になる。なお、回復魔法の使い手が現時点ではサリーナだけなので、彼女の不在は闘技大会までのレベリングに大いに影響が出てしまうのは言うまでもないだろう。
(謹慎は無くなった。だが必要なのは村を出るきっかけ……。前に話をした時、カイトは闘技大会にでたそうにしていた。今回の件はきっと最後のひと押しになるはずだ)
レジナルドの予想は正しい。ふたりの会話が耳に入ったカイトが割り込むように会話に加わってきた。
「その闘技大会の件だけどさ。俺、参加しようと思うんだ。そのために村を出て冒険者になろうと思っている」
「冒険者に? ……どうしてそうなるの?」
「順序立てて説明して欲しいな」
「勿論だ。俺はーー」
カイトが語った内容は、レジナルドの推測に限りなく近い。
参加したい気持ちはあったが、実戦不足で自信が無かったこと。今回の件が自信に繋がり、参加したい気持ちが強まったこと。シルトの存在が後押ししてくれたこと。冒険者になるのは魔物と戦い経験を積むためであることを、カイトは真剣に話す。
「だから、俺と一緒に冒険者になってくれないか? 俺たちなら最強の冒険者、とまではいかなくても凄い冒険者になれると思うんだ。だから頼む! ふたりの人生、俺に賭けてくれないか?」
新しい目標がさだまり懸命に語る彼はエネルギーに満ちており、同性のレジナルドから見ても協力してやりたいという気持ちにさせる魅力があった。
彼でさえそうなのだから、カイトに惚れているサリーナはもっとたまらない。彼女の表情はまさに恋する乙女であり、カイトしか目に入っていないのがとてもよくわかる。
「うん……私、カイトと冒険者になる」
「サリーナ、ありがとう。レジナルドは、どうだ?」
うっとりとした声を出し、頬を紅潮させて見つめるサリーナに、満面の笑みを返したカイトが、直ぐ顔を自分の方へ向けてしまうのを見て、レジナルドは咄嗟に口を閉じた。
(すぐ話ふるのかい! その前にサリーナを抱きしめるとかっ、こうっ、なんかあるだろっ!)
あの可愛い表情を見て何故ノーリアクションなのか、と問い詰めたい衝動を抑え、彼女の反応に気づかないフリをしながら仕方が無いという表情を作る。
「俺も冒険者になる。この村に住み続けるよりもあちらこちらに冒険へ出る方が楽しそうだしね」
「そうか! ありがとな!」
喜びのあまり手を固く握ってくるカイトに、レジナルドは口元が引きつりそうになるのをなんとか堪えた。
(俺と握手の前に、サリーナさんだろぉぉ!!)
レジナルドが視線をサリーナの方に向けるが、彼女は惚けたままカイトを見つめたままだ。やきもきする彼の気を知らないカイトに悪気はない。
カイトとサリーナは、物心ついた時から一緒にいる。傍にいるのが当たり前な存在に感じている彼は、大切に思う一方で無意識の内に関係の変化を恐れていた。
素直に愛情を伝えるのが照れくさい。言葉にしなくてもサリーナは察してくれる。そんな『甘え』がずっと通用してきただけに、きっかけがなければ態度が変えられずにいる。
それが間男の付け入る隙になるのだが、カイトはサリーナが心変わりするーーさせられるなんて、全く思っていなかった。
「善は急げだ。明後日には村を出れるように挨拶回りとかの準備を明日しよう!」
「わかったよ。カイトはサリーナさんのご両親にしっかり挨拶しておきなよ。……この意味、わかるよね?」
最後の言葉だけ顔を近づけ、サリーナに聞こえにくいよう小声で話すと、流石のカイトも察して頷く。人生を賭けて欲しいと女性に言ったのだから、男として責任が生じるのは当然のことである。
「ああ、わかってるよ。レジナルドは……」
「俺はいいって。自分の親に話すくらいするさ。明後日、今日と同じ場所、同じ時間に集合ってことでいい?」
「おう! ならそういうことにして続きだ! シルトはジュースだからな」
「ん。……甘くて、美味しい」
その後は和気あいあいと宴会が進むのだった。
明日も17時投稿です。