剣乙女シルト
「おーい、カイト! 戻ってこーい!」
「っ! レジナルド……!」
レジナルドの大声で我に返ったカイトは、剣を掴んだまま大慌てで地底湖から走り出る。剣乙女の希少性は、片田舎の自警団員でしかないカイトでも知っており、彼が取り乱すのも無理がない。
とはいえカイトが知るのは剣乙女が珍しいという程度の浅いものだ。そんな彼に追い打ちをかけるようで申し訳ないのだが、レジナルドはシルトがただの剣乙女ではないと告げる。
「本当に驚いたよ。まさかこんなところに原初の白があって、カイトが契約できるなんて!」
「原初の、白?」
「ずっと前に村に来た冒険者に教えてもらったんだが……」
レジナルドは原作知識の一部を、さも誰かから聞いたことのように話し始めた。
剣乙女という種族は、その名の通り女性ばかりである。そのため他種族ーー殆どの場合、外見が極めて近い人族と男と結婚し、家庭を成し子を育む。
産まれる子の性別は男と女、どちらの可能性もあり、男なら純然たる人族となるが、女であれば生まれつき身体に剣乙女の紋章があれば剣乙女、なければ人族の女性となる。
代を重ねるたびに剣乙女の血は薄くなり、人族の血が濃いほどに剣乙女は生まれにくくなっていく。そのうえで剣乙女の寿命が人族と変わらないのであれば、剣乙女という種はいずれ絶滅してしまうだろう。
しかしそうはならない。それは『原初の剣乙女』という特別な存在がいるからだ。
原初の剣乙女は生を終えるとその身が無にかえる。そして長い時を経て、剣の形でこの世界のどこかに誕生するのである。
生まれ変わった剣乙女に前世の記憶はなく、新たな契約者と契約を結び、彼女たちは生を謳歌する。そんな彼女たちが家庭を成し、子を育めば血の濃い剣乙女が誕生することになる。故に剣乙女という種は決して絶滅はしない。
そんな原初の剣乙女は6人が確認されている。彼女たちの持つ色は、赤、青、緑、茶、白、黒のもっとも澄んだ色であるため、原初の剣乙女たちを『原初の白』のように呼ぶのだ。
「つまり、カイトが契約したのはそういう存在ってことだよ。めちゃくちゃ凄いことなんだけど、同時に危険もあるってことはわかるよな?」
「……ああ、これは、誰にも言ったらダメなヤツだな。どこで目をつけられるかわからねぇ」
「馴れ初めを話さなければ、原初だとはわからないだろう。俺も絶対黙っておく」
慎重に頷くカイトの様子に、レジナルドはほっと胸を撫で下ろす。
(よし! これでカイトはうかつなことを言わなくなるはずだ……! またひとつ寝取られフラグをへし折った、はずだ! たぶん!)
恐ろしいことに『寝取られ勇者の冒険』で寝取られるのはサリーナだけでなく、シルトも寝取られ対象なのだ。
彼女が狙われるのは、シルトが希少性の極めて高い原初の剣乙女だからにほかならない。間男たちはあの手この手でカイトからシルトを引き離そうと画策してくる。
だが彼らのイベントの起こりの大部分は、カイトがぽろっとシルトとの馴れ初めを口にしてしまい、彼らが『シルト=原初の剣乙女』だと知られてしまうことである。故にレジナルドは、あらかじめカイトに釘を刺し、シルトとの馴れ初めを口外しないようにしたのだ。
これで少なくとも『カイトに借金を背負わせてシルトを取り上げる系』と『権力を振りかざしてシルトを取り上げる系』のイベントの起こりは潰しただろうと、レジナルドは考えていた。
「えっと、シルト?」
「武器化してる時は話せないぞ。契約者だけは意思疎通ができるみたいだから、心の中で話しかけてみたらどうだ?」
「レジナルド、剣乙女に詳しい……」
「冒険者に色々聞いたからなぁ。それよりほら、口裏合わせないと」
「お、おう、わかった」
急かされるままカイトは心の中で呼びかける。
『シルト。話は聞いていたか?』
『聞いてた。マイマスターが望むなら私は良い』
『ありがとう。シルトは小鬼の巣で俺とレジナルドが見てけて保護した、ということにしようと思う』
『ん、私は剣に変化して隠れていた。良い?』
『大丈夫だ。ならそれでいこう』
カイトにいつもの笑みが戻り、上手く話がついたようだとレジナルドが思っていると、彼の前でシルトが人の姿に戻る。変化は一瞬なため、まばたきひとつしていなくともレジナルドには変化の瞬間がわからず、その不思議さが剣乙女と会えた実感を与え、感動と興奮で彼は目を輝かせた。
その極めて好意的な反応は、シルトに好ましさを感じさせる。直前の契約者とのやり取りを見ても、レジナルドが契約者の大切な友であるのは明らかだ。であれば悪い気がしようはずもない。
「シルトはシルト。武器化して隠れていた、という設定にする。……よろしく」
「俺はレジナルドだ。もし誰かに聞かれたらそう答えるようにするよ。よろしくな」
「ん、任せた。……レジナルドと呼ぶ。いい?」
「おう、なら俺もシルトって呼ぶな」
レジナルドはシルトが差し出す手と握手し、頷く彼女と笑い合う。近くで見ると彼女の神秘的な美貌は彼に眩しく思え、同時に横に並んで絵になるカイトの容姿の良さを改めて再認識する。
レジナルドはカイトとサリーナのカップリング推しだが、カイトとシルトのカップリングが嫌いな訳では無い。
打ち解けたように見えるレジナルドとシルトの様子にホッとする一方、マイマスターと呼ばれるのがこそばゆいカイトと、それが理解できないシルトのやりとりを、レジナルドは微笑ましく感じていた。
「なら俺もカイトって呼んでくれよ」
「? マスターは、シルトのマスターなの、でマスターと呼ぶ」
「そこは臨機応変にならないのか……。なんか気恥ずかしいというか……」
「ふぅ……。マスターには、シルトのマスターという自覚を、持って欲しい……」
「呆れられた! なんで?!」
とはいえいつまでも洞窟内で話しているわけにはいかない。レジナルドが軽く手を叩けば、話し込むふたりの視線が彼に集まる。
「ま、相互理解はこれからしていけばいいさ。それよりサリーナさんのところに戻ろう」
「お、おう! シルト、今からもう一人仲間も紹介する。大切な幼馴染なんだ」
「ん、わかった」
「サリーナさんにシルトが原初の白だと伝えて、口裏合わせを頼むのか?」
「ああ。やっぱりサリーナにも知っておいてほしい。レジナルドは、反対か?」
カイトは来た道を引き返しながら振り返り、レジナルドが顔を横に振る。
「サリーナさんなら大丈夫だと思う。カイトが話したいなら話せばいいんじゃないかな」
「そうする。シルトも頼むな」
「……4人のひみつ」
秘密は知る人が少ないほうが良いなんてカイトもよくわかっている。それでもサリーナに知ってほしいと思うのは、彼が彼女を大切に思い、隠し事をしたくないと思うからである。
レジナルドは言いたい。ならそれを伝えろよ、と。彼の親友、彼女の知人として幼少期から一緒にいればわかるのだ。二人が両思いだということが。
(選択肢が無いゲームとは違うんだ。告白だってしようと思えばできるはずなのに……いや、余計な事をしたら駄目だ。推しは見守るもの……見守るもの……)
レジナルドは合流したサリーナが、カイトからシルトを紹介され、シルトとの出会いから順番に説明を受けている様子を見ながら思いとどまった。下手に手を出して二人の仲がこじれるような事になれば、レジナルドは自分が許せなくなる。
(二人には二人のペースがある。俺がすべきは寝取り男からのガード……! 今は事態の収拾につとめよう)
主人公とサリーナ、シルトが談笑する時間を少しでも取れるよう、レジナルドは小鬼に連れ去られた女性を保護するために必要な増援を呼びに村へ戻ると告げ、自分が戻るまでの彼女たちの警護を三人に頼み走るのだった。
次回から一話更新17時です




