剣乙女との出会い
見張り役の小鬼を一撃で仕留めたサリーナは、カイトとレジナルドと軽く拳を合わせ成果を称え合う。速やかに洞窟の入り口に移動し、その死体を茂みの中へ放り込んだ一行は、慎重に中へと入っていく。
先頭を進むのはカイト。狭い洞窟内でも振りやすい短剣を手にしており、出発前から洞窟内に入る可能性を考え準備していたのがわかる。
中央がサリーナ。彼女は弩による物理攻撃の援護と魔法による援護が役目だ。原作ゲームでは初期メンバーの中唯一治癒魔法を使えるため非常に重用される存在である。
カイトも魔法を使えるが、適正が無いため治癒魔法を使えない。その代わりに火、水、風、土と多くの属性にそれなりの適正がある。
純粋な剣士としても魔法剣士にも育成できたため、前世のレジナルドは周回プレイを重なるたびに異なる育成をして楽しんでいた。
サリーナの適正属性は、治癒魔法と光魔法。いずれ聖女と呼ばれるだけあって魔法の才能に秀でており、ゲーム終盤では適正のある属性の魔法は全て使える優秀なヒーラーとなる。
対して最後尾のレジナルド。それぞれの手に短槍を持つ彼の魔法適正は無。つまり火や水といった属性魔法を一切使えないという事にほかならない。
それゆえに誰でも使える『身体能力上昇』の魔法を徹底的に使い込み、彼は純然たる戦士となるべく自己鍛錬を重ねてきた。
そもそもの話、カイトやサリーナをはじめとした原作ゲームの主要キャラクターたちが才能に富んでいるだけで、レジナルドのような適正属性無しの者の方が多い。
誰よりも才能の差を理解するレジナルドだからこそ、努力を怠らずに今日にいたり、主人公の足手まといにならないレベルの戦士となれたのだ。
カイトたちは洞窟内をひと区間ずつ制圧していく。
小鬼たちが騒ぎ仲間を呼ばないよう、カイトとレジナルドが息の合った奇襲で切り込み、サリーナが遠くの小鬼から射殺せば、小鬼たちは仕掛けてある侵入者を告げる警報を鳴らす間もなく倒されてしまう。
カイトとサリーナの戦い方は、さすが主人公たちと言うしかないほど鮮やかだ。そう思っているレジナルドの戦い方も、二人から見れば堅実かつ正確で頼もしいと思えるものである。
「よし、ここもクリアだ」
生き残りがいない事を確認し、カイトが一息つきながらレジナルドにハンドサインを出す。『給水』のサインを見た彼は頷き、隊列の先頭の役目である先の通路への警戒役を変わり、意識を洞窟の先へと向けた。
背嚢から水筒を取り出し、水を口にふくむ彼の元へサリーナが寄っていく。彼女の手にも水筒があり、水分補給しながら小声で話す。
「ここまで順調だね」
「ああ。サリーナは気になるところが無いか?」
「ううん。今のところ無いかな。ボルトもまだまだあるし……」
「よし……この調子で油断せずにやろう。負傷したときは頼むな」
「うん、任せて。レジナルド君、交代するね」
「ありがとう、助かります」
見張り役を交代し、水を飲むレジナルドも同意見だ。
原作ゲームでカイトを操るプレイヤーは、最奥部のボスへ直行するか、各部屋にいる小鬼を退治してから進むかを選ばなくてはならない。
ゲームの仕様はランダムエンカウント方式なのだが、各部屋には小鬼のシンボルエンカウント戦が用意されており、あらかじめ討伐してシンボルを消しておかないと、ボス戦で増援として現れる仕様となっている。レベリングをせず普通にプレイしていれば、多勢に無勢となりカイトたちは敗北してしまうだろう。
そうなれば敗北イベントが発生し、サリーナがひどい目に会ってしまう。凄惨な一枚絵が表示され、暗転しGAME OVERの文字が浮かび上がる。ゲームならロードをすれば良いだけだが、現実はそうもいかず失敗は許されない。
カイトが愚直に突撃しようとするのなら止めるつもりだったが、彼は突入前に宣言した通りに入り口に近いエリアから順番に小鬼の巣を制圧している。であれば、レジナルドがするのは小鬼退治に集中することだけだ。
「それなりに倒したな。えっと……」
「今15だな。そろそろ終わりが見えてきそうではある数か」
「……小鬼の繁殖部屋も無かったから、本当にできたばかりの巣だったね。女の人も一番奥にいるはずだよ」
「そうだな……。よし、いくぞ!」
「おう!(はい!)」
カイトのかけ声に応じ、三人が最奥部に踏み込む。
そこには大柄な小鬼のリーダーと五匹の小鬼がいた。大きな空洞になっている最奥部の片隅に裸の女性たちが転がされており、小鬼たちから距離がある。
それを見たレジナルドは、人質にされないよう女性断ち目掛けて走り、そうしようとしていた三匹の小鬼たちの行く手を遮った。
小鬼たちに向かうカイトの横をサリーナの撃ったボルトが通過していき、一匹の小鬼を射抜き行動不能に陥らせる。
近寄りざま小鬼リーダーの傍に居た小鬼を斬り捨て、カイトが斬りかかるも小鬼リーダーも迎撃をする。唯一剣を持っているだけに、並の小鬼よりも手強い相手だ。
(ボスの見た目は原作通り!)
手にしていた松明で飛びかかってきた小鬼の顔を突き焼き、短槍でまた別の小鬼を倒しながら、レジナルドはカイトと敵対する小鬼リーダーの格好を見てほっとする。
確かに小鬼リーダーは並みの小鬼よりも強いが、カイトの敵ではないと彼は知っていた。またたく間に近づいてきた三匹の小鬼を屠るレジナルドとほぼ同時に、カイトもまた小鬼リーダーを斬り伏せている。
カイトにせよ、レジナルドにせよ、サリーナの援護を必要としない圧勝ぷり。原作ゲームのチュートリアルらしい、真っ当に攻略すれば苦戦しようのない敵だった。
「サリーナ、女の人たちを頼む。レジナルドは俺と確認してまわるぞ」
「おう(うん)」
サリーナが拐われた女性たちを保護しているあいだ、カイトとレジナルドは最後まで油断せず小鬼の全滅を確認してまわる。隠し部屋などがあり、小鬼を見落とすような事があれば、巣が復活してしまうからだ。
原作でもカイトは二度と悲劇が起こらないよう徹底的に探し回る。その中でシルトの居る隠し部屋を見つけるのだが、現実はどうなるのかとレジナルドがドキドキしていると。
「レジナルド! こっちに先があるぞ! 念の為調べてみよう!」
「っ! 今行く!」
「サリーナはここで待っててくれ!」
「わかった。ふたりとも気をつけてね」
小鬼では動かせなさそうな大岩を退かしたら出てきた通路を進んだ先にあったのは小さな地底湖。天井に空いた小さな穴から差し込む一筋の光は幻想的で、地底湖の中央にある隆起した地を照らしている。
そこに突き刺さっている一振りの剣がある。白い刃がとても美しく、その姿は前知識のあるレジナルドすら魅了し、カイトの心を奪う。
彼はふらふらと誘われるように浅い地底湖に足を踏み入れる。レジナルドは主人公と相棒の出会いを記憶に刻み込こもうと、彼の様子をじっと見続けていた。
カイトが剣の柄を握ると同時にまばゆい光が洞窟内を照らす。彼は驚き反射的に目を閉じるも、硬い柄をぎゅっと掴みーーそれが急に柔らかな感触に変わり困惑してしまう。
輝きが失せ、彼が目を開くと、カイトは白髪の少女と手を繋いでいた。シンプルなワンピースを着たすらりとしたプロポーションの彼女は、感情の読めない無機質な眼でカイトを見つめており微動だにしない。
衣服からツインテールに髪を結うリボンにいたるまで『白』で統一された可愛らしくも美しい彼女を見つめることしか出来ないカイトの口から言葉がもれる。
「君は……?」
「シルトはシルト。よろしく、マイマスター」
「よろしく……」
微かに微笑むシルトに彼がオウム返しをする。心あらずであってもカイトの口から出た言葉に変わりなく、剣乙女はそれを『承諾』と受け止めた。
「契約」
故にカイトとシルトの契約が成立する。
武器へと姿を変えた剣乙女を扱えるのは、原則剣乙女と契約した者のみ。契約を解除するまで剣乙女シルトを振るえるのはカイトのみとなった。
天井から差し込む光の中で契約時に生じる銀光に身を包まれるカイトが再び白い剣となった剣乙女シルトを呆然と見上げる様子を、レジナルドは原作における良シーンの通りだと思い内心で感涙しつつ、両腕を組んだまま見守るのだった。