襲撃の顛末
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槍の剣乙女を手にしたレジナルドは、まずもっとも近くに居た男へ穂先を向けた。滑らかな足さばきで唐突に距離を詰められ、慌てた男が牽制で剣を振るうも、彼は容易く避けて男の二の腕を浅く突く。
「いっ!? てーー!?」
レジナルドの攻撃は、腕を動かすに支障のない本当に浅い傷をつけただけ。故に男は威嚇すべく声を上げようとするが、それは不可能であった。
傷口から発火したと男が認識する間もないほど一瞬で全身が炎に包まれ燃え上がる。痛みや熱を感じることなく塵になるまで燃え尽くされたのだ。声をあげることなどできるはずもない。
「「ーーーー」」
その様を見た男たちは、何が起こったのか脳が理解を拒み硬直する。その隙を逃すほどレジナルドは甘くなかった。
「ふっ!」
かすり傷さえ必殺。それがロニから聞いた『炎塵』という新たな能力の説明。であれば彼がとる戦術は、いかに早く男たちに傷をひとつ付けるというものへと変わる。
「ひっ……!?」
「まっ……!?」
命乞いすら許さない迅速の突きが、男たちにかすり傷を付け、瞬く間に塵へと変える。あっという間に三人が屠られた挙げ句、こんな死に方は嫌だと思える光景が繰り広げられ、男たちが冷静さを保てるはずがない。
「助けてくれぇ!」
戦意の折れた男たちがレジナルドに背を向け、逃げようとする。その隙間を縫うように頭目が矢を放つが、やはりレジナルドには当たらなず切り払われてしまう。
ひとり、またひとりとレジナルドの槍が人を炎へと変えていく。頭目の盾となる者がいなくなるのは、時間の問題であった。
(どうしてこうなった……?)
目の前で繰り広げられる悪夢ような光景に、剣乙女を持つ両腕が震える。それでも矢を射ることができるのは、裏組織の頭目がそれなりの場数を踏んでいるからだろう。
手にする剣乙女から伝わる恐れの感情は、頭目と同じもので。しかし同族ゆえに彼女の方が、槍の剣乙女が用いる〈炎塵〉を習得に至る過程を想像出来てしまい、より恐れていた。
剣乙女の成長は、本人が得た経験に大きく影響される。
弓の剣乙女は裏組織に見出されるまで、貧乏のあまり沢山のひもじい思いをしている。食べ物が、飲み物が、お金が欲しい。そんな思いから真っ先に芽生えた力が、魔力が尽きない限り無から矢を創る〈矢創造〉の能力だ。
では〈炎塵〉を習得するにはどんな経験を積まねばならないのか。多くの人を斬り、燃やし、塵に変えるという経験を、能力に至るまでしたのでは? 彼女がそんな想像をするのは容易い。
事実、それに近いことをロニは望まずともしている。アシホルと兵士長の残虐さが、ロニの能力を殺傷力の極めて高いものへ変えたのだ。
「後はお前だけだ」
いつの間にか頭目が引き連れてきた男たちは全て塵となっている。これだけの惨事を起こしたにもかかわらずレジナルドの顔色に変化はない。裏組織で散々悪事を働いてきた自分より、悪漢という言葉が似合うなと頭目は感じてしまう。
「……本当に、全員殺しやがったのか……」
「一人も逃せないからな。次があったら困るんだ。そもそも始めに殺そうとしたのはそっちだろう?」
「ぐ……っ! だ、だが、俺は殺さないほうがいいぜ。なんたってお貴族様がバックいるんだからな!」
一歩を踏み出すレジナルドを牽制するように頭目が叫ぶ。ピタリと足を止めた彼を見て、頭目は引きつった笑みを浮かべつつも、効果があったと安堵した。しかし考える素振りをしたレジナルドがより剣呑な眼差しを向けると、頭目の顔色が青くなる。
「ま、まて! お前、何を考えた!?」
「ますます生かして帰す理由が無くなったと思っただけだが。帰さない方が時間稼ぎにはなるだろう」
当然だよな? と言いたげに笑うレジナルドから『本気』の凄みを感じる。とても冗談を言っているようには見えず、頭目はとにかく口を開くほかない。
「まだ冒険者としか言っていない! 俺はこの町から逃げる! もうお前にかかわらない! それなら大丈夫だろ!?」
「それならここで消した方がよほど安全だな。いつ、どこで、事が露呈するかわかったもんじゃない。俺は自分を害しに来た者を信用するほどお人好しじゃないぞ」
「ぐっ、ううう……っ!」
何を言っても響かないし、気を変えることもない。そう思うに十分すぎるほどレジナルドの態度は冷たい。実力差を理解してしまった彼は、背を向けて逃げ出すことも出来ず、己の死を受け入れるしかないのかと絶望しーー。
「ま、待ってください! お願いします!」
弓へ姿を変えていた剣乙女が、人の姿に戻り頭目の前に出る。両手両膝を床につき、頭を下げるのはシンプルなワンピースを着る長い茶髪の女性。綺麗な身なりを見れば、彼女が悪い扱いを受けていないのがわかる。
「わ、私が貴方たちの物になります! 剣乙女ですから、お役に立つと思います! ですからどうか! どうかこの人だけは……!」
必死に頭を床に擦り付ける様は、心から男を案じているのだとレジナルドはわかってしまう。どちらが悪人かわからないな、と思うも、彼の心は揺るがなかった。
彼女にとって頭目は慕う相手で、相応の理由があるのだろう。裏組織で悪事を働く人間が善性ゼロだとも思わない。
だが自分たちの安全には変えられない。本当に彼らが貴族の元に戻らない保証も無しに、レジナルドは許すとは言えない、いや言ってはならないのだ。
逆を言えば保証さえあれば見逃すということでもある。その意図に気づいたロニは、必死に頭を下げる同族のためにレジナルドへ語りかける。
『あの、レジナルドさん……私の能力に〈戒めの炎〉というものがあります。それを使うので彼女たちを許してあげられませんか?』
〈戒めの炎〉の効果は至ってシンプル。ロニに誓った言葉を違えると、胸の内から炎が吹き出し焼死させるというものだ。
魔法というより呪いに近いもので、レジナルドの原作知識にも無い魔法。他ならぬ使い手が言うのなら、効果に間違いはないだろうと判断できる。
確かにこの魔法は保険になりえる。見逃すことを選択肢に入れても良いとレジナルドが思えるぐらいに。後は感情の問題だろう。
『ロニさんはいいのですか? 俺たちを殺しに来た相手ですよ』
『……思うところが無いと言えば嘘になります。でも彼女は強制されていないのに庇っています。……なら彼女にとって大切な人。まとめて口封じをするのも少し……』
アデラが甲斐甲斐しくロニの世話をするように、剣乙女は同族意識が強い傾向にある。可能であるならロニは同族を殺したくはないと思うようで、それはレジナルドにもしっかり伝わった。
ここで意見を押し通す事も出来るだろう。しかしこの場を切り抜けられたのは彼女の助力があってこそ。であれば彼女の意見を取り入れるべきだと彼は判断し。
『わかりました。今回はロニさんの言う通りにしましょう。彼らが受け入れたら〈戒めの炎〉をお願いします』
『……! ありがとう、ございます……!』
レジナルドは見逃す条件を彼らに突きつけるのだった。




