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アデラの家におよばれ

 翌日の朝に村の入口に集合することに決まった後、レジナルドは自警団の詰め所を出る。一度自宅へ戻るべく歩きながら、彼は想定通りに事が進んだと安堵を覚えていた。


(なんとか軌道修正できたか。これで旅立つきっかけがおこる小鬼の巣に二人と行けるようになった。後は油断せず戦うだけだ)


 レジナルドが罪悪感を覚えながらも原作シナリオに寄せようとしたのは、小鬼の巣で重大イベントがあるからに他ならない。


 それは勇者カイトが旅で愛用し続ける成長する剣であり、サリーナに次いで人気のあるヒロインでもある、剣乙女けんおとめの少女シルトとの出会いだ。


 剣乙女とは、己の肉体を武器へと変えることができる種族で、稀有な存在である。外見は人間とほぼ同じで、ぱっと見で見分けることはできず、判別する唯一の方法は、身体のどこかにある剣を模した紋章の有無だけ。


 特筆すべきは武器形態の性能で、名工が鍛えたとされる武器をはるかに凌ぐとされていた。武器形態のシルトもその例に漏れず、圧倒的な性能でカイトの助けとなる。


 それ故に今後の戦いを考えると、このイベントは決して逃すわけにはいかないのだ。そしてついでとばかりに寝取られフラグのひとつをレジナルドは既に折っていた。


 原作で小鬼の巣向かう際、カイトを追いかけるサリーナに付いてきた自警団の男が寝取り男のひとりなのである。


 この時だけのスポット参戦キャラクターになる男は、足手まといではないがカイトたちより弱い設定だ。それなのに小鬼の巣攻略中に、一度でも彼が戦闘不能になると寝取られフラグが成立してしまう。


 小鬼の巣で重症を負った男は一人暮らしで世話のできる親族がいない。カイトの勝手に巻き込まれての大怪我に責任の一端を感じたサリーナは、彼の看護を申し出て、パーティを一時離脱する。


 元々恋い焦がれていたサリーナが、甲斐甲斐しく世話をしてくれるシチュエーション。ひとつ屋根の下、邪魔者はいない。負い目を感じ拒む切れない彼女は、少しずつ男の欲望をその身で受け止めざるをえなくなり……。


 カイトが剣乙女シルトと共にあちこちで仕事をこなし、男の完治を待っているあいだに、すっかり心を奪われてしまうのだ。パーティに合流した彼女の性経験のステータスを閲覧し、様変わりしたパラメーターに愕然としたプレイヤーも多くいただろう。


 以降の旅にサリーナは同行するものの、初めてを捧げた彼女は故郷に残る男に操を立て、カイトに一切なびかなくなるので、サリーナハッピーエンドのエンディングは最序盤で回収不能になる。


 しかしレジナルドが三人目になったため、もうこのフラグは発生しえない。仮に彼が大怪我を負ったとしても、サリーナに看護を頼む気がないのだから。


 そうやってあれこれ考え事をしているうちにレジナルドは自宅にたどり着いた。


「ただいま」

「おかえり、レジナルド! よくやったよぉ!」

「うわっとぉ!?」


 扉を開けて家に入った彼に勢い良く抱きついてきたのは、レジナルドの母親だ。同じ黒髪の彼女は、涙ぐみながらバシバシと愛息子の背中を叩きながら涙声で話し続ける。


「よくアデラちゃんを助けたね。お前が慌てて走り出した時は何事かと思ったけど、本当に間に合って良かった。ありがとう、レジナルド」

「あぁ、うん……」

「なんだい。お前は立派なことをしたんだよ。もっとシャキッとしたらどうだい」

「母さんの勢いに押されただけだって……」


 母親同士仲が良いのを知っているレジナルドは、苦笑いを浮かべながら母親を引きはがす。何か言われるだろうとは思っていたが、こうも大きな反応があるとは思っていなかった。


 レジナルドの母は、小さい頃からアデラを知っている。彼女がアデラの母と会う時は、ほとんどアデラも一緒だった。すくすく育つ幼子と交流を重ねてきた彼女は、アデラに我が子のような親しみを感じている。


 それだけにアデラが小鬼に襲われたと聞いて顔面蒼白となったし、レジナルドが間一髪で救い出したと聞いておおいに安堵したのだ。


「自警団に報告は終わったんだろう? ならアデラちゃんが待ってるから早くお行き」

「まだやることがあるんだ。部屋で明日の準備をしたら行く」

「そうかい。あんまり待たせるんじゃないよ?」

「わかった」


 レジナルドがいつもと変わらない自警団の仕事だと誤解させる言い回しをすれば、母は気づかず家事に戻る。後でバレれた時、大目玉を食らうだろうが、無事に帰ってこれば一度怒られて終わりだろう。


 そもそもカイトとサリーナの危険な旅に同行するつもりなのだ。心配をかけて悪いとは思うが、推しのゴールインを見るまで、レジナルドは傍で見守り続けたかった。


 この日のためにあらかじめ準備してあった小鬼の巣攻略用の武具や道具を点検し終えた彼は、母親に声をかけて自宅を出てアデラの家は向かう。


 夕食にはまだ少し早い時間だが、彼女の家の窓からは調理で生じる白い煙がでており、食欲のそそる良い香りも流れ出ていた。それは空腹の彼にとても効き、思わず口内の唾液が増えてしまい、生唾を飲み込む。


 はやる気持ちを押さえ、レジナルドが扉をノックした。


「戻りました、レジナルドです」


 すぐに扉が開き、彼をアデラの父親が迎え入れてくれる。


「よく来たね、レジナルド君。さぁ、入って」

「おじさん、こんばんわ。お邪魔します」


 アデラの父親は既にほろ酔いらしく顔が赤い。リビングのテーブルに案内されると、飲みかけのグラスや酒のツマミがあった。対面に座ったレジナルドに、彼は未使用のグラスを手渡す。


「もうしばらくかかるみたいだし、飲んで待とうじゃないか。ほら、まずは一杯」

「はい、いただきます。……美味い」


 なみなみと注がれるエールを飲めば、疲れた身体に染み渡るようで思わず言葉がもれる。


「腹も減ったろう? ツマミも遠慮なく食べてくれ」

「アナタ?」

「あ、ほどほどに、な!」


 リビングから見通せるキッチンに立つアデラの母親の冷たい声に父親が慌てる。声がした方をレジナルドが見れば、調理台の前に立つアデラと彼女の母親が並んで料理を作っていた。


「いらっしゃい、レジナルド君」

「ちゃんと来たみたいね。座ってて待っててくれる?」

「お邪魔します。わかったよ」


 一度手を止めて挨拶をするアデラの母親に対し、アデラは手を止めないまま横目でレジナルドを見て調理に戻る。かすかに頬が赤らんだのは、エプロンを付けて調理する姿を見られる気恥ずかしさからなのだが、レジナルドは気づかずに彼女の父との酒盛りを始めた。


 何気なく飲んでいると、彼女たちの後ろ姿を見ていた彼が、不意に涙をこぼしレジナルドは息を呑んだ。


「……レジナルド君のお陰で、俺は妻と娘の並ぶ姿が見れる。何度礼を言っても言い足りない……。本当にありがとう、レジナルド君」

「おじさん……」


 原作ゲームでは、アデラとレジナルドの家を訪れる事が可能であり、残された家族の痛ましい心情を知ることができる。カイトが仇討ちを果たし、村の脅威が無くなっても、亡くした人は帰ってこない。


 物語の本筋にかかわりのない人々ゆえに以降の描写の変化は無いが、きっと立ち直ることは難しいだろうとプレイヤーに思わせるものがあった。


 そんな彼らの平穏を守る事ができた。そう思うと自分がレジナルドに転生した意味があったのだと感じ、彼は自然と笑みを浮かべる。


「君にならお義父さんと呼ばれてもい、あだっ!?」

「ア・ナ・タ? ご飯ができたからテーブルの上をあけてくれるかしら?」

「はい!!」


 妻に軽く足を踏まれた夫が慌ててツマミを片付け始め、あいたスペースに所狭しと料理が並ぶ。見るからに美味そうな料理の数々に、レジナルドは食欲が刺激されてたまらなかった。


 4人で食事を始めれば、見た目以上の美味しさにレジナルドは手が止まらない。成人男性らしい食欲で次から次へと料理が彼の胃の中へおさまっていく様を、アデラは満更でもない表情で見つめながら、黙々と食事をする。


 今日助けられるまでの薄い関係の中、急に抱いた好意のせいか素直になりきれない娘のアシストをすべく、アデラの母が口を開く。


「お料理、気に入ってくれてよかったわ」

「本当に美味しいです。十分すぎるお礼をもらったと思います」

「ふふ、料理の大部分はアデラが作ったの。私は手伝っただけよ」

「そうなんですか? アデラは料理上手ですね」

「大げさね、これくらい普通よ。まぁ、でも、ありがと。そんなに気に入ったならまた作ってあげるわ」

「うん、また機会があったらお願いしたいな。お、これも美味い!」


 内心の喜びが隠しきれないアデラの態度は非常に好意がわかりやすく、長い赤髪の毛先を指先でいじる仕草も可愛らしい。押さずとも手を差し出せばお付き合いできるだろうと思わせる雰囲気がある。


 しかしカイトたちと旅に出るつもりのレジナルドはあえて鈍いフリをする。長く村を離れるのに深い仲になっても寂しがらせるだけだと考え、この村で誰かと幸せになって欲しいと願い、食事を再開するのだった。

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