ロニの変心
一話更新
レジナルドは背後のロニが悲鳴を上げる中、自分たちを取り囲む男たちの観察に努める。
武装はまちまちだが、彼らからはきちんと訓練しているとわかる練度がうかがい知れる。衣服は黒で統一されており、生地の質も悪くないことからひとつの組織だとも推測できた。
そしてただ一人話す男の台詞ーーメンツ、ケジメ。これらが該当するのは、デミシの件しか心当たりがなく、彼らが違法道具をあつかう裏組織だと察したレジナルドは、原作にないイベントに歯噛みする他ない。
とはいえ、このまま何もせずに殺される訳にはいかない。彼の後ろには、震えるロニがいる。レジナルドが死ねば彼女も口封じに殺されてしまうのは明らかだった。
「彼女は関係ないだろう。俺に恨みがあるのなら何故巻き込んだ!」
「はっ、冒険者とまっとうにやるわけないだろ。足枷役は必要だ、ははは」
嗤う男はそのままに、レジナルドを囲う男たちがジリジリと距離を詰める。彼もまたロニを庇いながら後ろに下がりつつ、〈身体能力上昇〉の魔法を発動した。
「レジナルドさん、なにが、どうなって……」
「ごめん、説明は後で。……ロニさんだけは、絶対無事に返すから」
武器を手にする男と一対一なら負けはしない実力差はあるとレジナルドは読み取る。ロニという枷が無ければ、男の言う通り容易くはないが、返り討ちに出来ただろう。
(なんとかして武器を奪わなければ……)
ナイフ一本すら無いというのがあまりにも不利すぎる、と思う彼の脳裏を、ロニは剣乙女だという考えがかすめる。しかし、レジナルドはそれを無視する。
ロニにとって『契約』は辛い過去でしかなく、更に彼女は争いを好まない気質だとわかっている。現に彼女は震えるばかりで、戦おうという意思を感じられない。そんな彼女に『契約』を迫るなんて、レジナルドに出来るはずもない。
そして彼の考えはロニの心境そのものだった。
彼女も本能的にわかっている。今、レジナルドには剣乙女の力が必要なのだと。彼の手を取り『契約』をすれば、状況を好転できるとわかっているのに、身体が震えて仕方がなく、歯がカチカチとならせる事しかできないでいる。
(怖い! 怖い! 怖い! 怖い!)
ロニにとって『契約』は、アシホルの元に居た頃の辛い毎日の象徴のようなもの。剣乙女の力を彼らの望むように使えなければ、食事を抜かれるだけでなく厳しい体罰を受けた。
人の尊厳が無い道具のような毎日は、ロニの心を殺すに十分なもので。レジナルドたちとの暮らしで息を吹き返した心は、いまだに過去の傷が癒えていない。
本能を上回る恐怖に支配されてしまった彼女は、レジナルドの枷でしかなかった。
(チャンスは一度きり……!)
圧倒的に有利な状況のせいか、レジナルドは武器を持つ男たちから油断こそ感じないものの、余裕を感じている。警戒されてしまえば武器の奪取は不可能に近い。故に初撃を外すわけにはいかなかった。
武器を持つ男たちは統率されているが、技量にばらつきがある。彼らの中でもっとも距離の詰め方が甘く近い者を選び、レジナルドが鋭く踏み込む。
そこ男は剣を持っており、近づくレジナルドに向けて腕を振り上げる。本来なら無手のレジナルドが一方的に斬り伏せられてしまうだろうが、彼は男が想像もしていない方法で対抗した。
穿いているズボンの革ベルトを速やかに引き抜いた彼は、それを鞭のように使い男の手を鋭く叩いたのである。
「い゛っ!?」
「やろうっ! ぐあっ!?」
ベルトの金属部で甲を打たれれば、たまらず剣から手を離してしまう。落としてしまった剣を咄嗟に拾おうとした男の下がった頭に、レジナルドはダメージを与えるのではなく引き離すための掌底を放つ。
額に掌底をくらった男は思いっきり後ろに吹き飛び、レジナルドが落ちた剣を拾おうとすると、慌てた様子で男の仲間が距離を詰める。慌てたせいで詰め方はバラバラで、彼は剣を拾うフリを止めると、突出した男が釣られて放った攻撃を避けつつ蹴りを見舞う。
それを見て動きを止めてしまった彼らの前で、レジナルドは素早く片手剣を拾う。激しい立ち回りの最中でも彼はロニから意識をそらしておらず、彼女を人質にしようと迫る男へレジナルドが飛びかかった。
「女! こっちに、ぎゃっ!?」
武器を下ろし片腕をロニに伸ばしていた男にレジナルドの蹴りを躱すすべはない。彼が剣で斬りつけなかったのは、彼女の目の前で血しぶきを上げればよりパニックになってしまう可能性があるからだ。
(うまくいった! これでーーっ!?)
決して品質の良い剣とは言えないが、それでも武器は武器だ。このまま男たちを叩きのめし、指示役の男を無力化すれば、この場から逃れられると考えるレジナルドだったが、背筋が粟立ち反射的に手にした剣を指示役の方へ向ける。
周囲の男たちとロニに意識を割いていたため、レジナルドは指示役の男が、物陰に隠れるよう言いつけてい剣乙女を呼び寄せ、契約を発動、綺羅びやかな弓と化した剣乙女を手にする光景を見逃していたのだ。
レジナルドが気付いた時には、既に矢が放たれていた。飛来する矢に咄嗟に反応出来るだけ凄いことで、剣を盾代わりにしたのも英断だと言える。
そうしなければ矢を受けた刀身を破壊する威力が直撃していたのだから。そして彼に避けるという選択肢は無かった。もし避ければロニに命中してしまう軌道で矢が放たれていたのだ。
(せっかくの武器が……っ。その上、剣乙女までいるのか。不味すぎるな)
「おまえら、何をやってやがる。それだけの人数差で囲っておいて武器を取られてるんじゃねえ!」
「「す、すみませんっ!!」」
威圧感に溢れる叱責に男たちが震え上がり、雰囲気が変わる。数的優位からの油断が消えた彼らへ、折れた剣の柄を向かるレジナルドの不屈っぷりを見て、頭目は足枷を用意して正解だったと考える。
同時に足枷が効果を成さなければ下っ端どもでは相手にならないとも感じていた。冒険者に登録したばかりの新人かつまともに仕事をせずにいる男が、よくもこれほどの腕を持っているものだとも。
「それにしてもよく守る。その女を見捨てればもっと楽に戦えるだろうに」
「守ると約束した……それだけだ!」
「くくっ、そうかい。ならやってみるがいい」
言い切るレジナルドの瞳に嘘はない、と感じた頭目は敵ながら面白い奴だと笑みを浮かべる。同時に馬鹿な男だとも。
しかし宣言の通りレジナルドが命が尽きるまでロニを守ろうとすると確信を持ったのは、頭目だけではなかった。彼の背中を見ているようで見えていなかったロニもまた、レジナルドの本気を感じ取っていた。
彼女が思い返すのは、ボロボロになってもアデラを取り戻そうとあがくレジナルドの姿。剣乙女の剣に槍が斬られても、手が焼けても、重い一撃を受けても、立ち向かい続けた姿を、ロニは知っている。
このままロニが何もせず、打開策が無くても彼はきっと死ぬ間際まで抗うだろうという確信があった。そう思うと、恐怖に支配されていた彼女の心に僅かだが勇気という名の火が灯る。
(怖い、怖い、怖い、怖い……けど、レジナルドさんの、力になれる、なら……っ!)
まだ敵の前にひとりで立てない。でも身を任せるだけで良いのなら。剣乙女を使ってどうにかなるのならと、ロニはレジナルドの背に手を伸ばす。
(アデラさん、私に勇気をください……!)
『契約』に必要なのは、剣乙女の意思。憧れのアデラを思い浮かべ、彼女のようにレジナルドの槍になりたいと願うロニの思いが形となる。
「ロニさん!? 無理だけは……っ!」
「なっ、まさか!?」
ただの無力な女だと思っていた頭目が焦り、レジナルドは彼女を心配する。どこまでも優しく、案じてくれるのが嬉しくて、ロニは小さく微笑んで言葉を発した。
「『契約』!!」
かつては剣と化した剣乙女は、新たな契約の最も望む槍へと姿を変えるのだった。




