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俺の推したち

 無事に戻った娘との一幕を邪魔するのは無粋だと考え帰ろうとしたレジナルドだが、アデラ一家にお礼がしたいと引き止められた。しかし彼が、森の入口にまで小鬼が出てきている現状を自警団に報告しに行くと言えば、魔物の危険性を知る一家は引き止めるのを止める。


「ならお礼に晩御飯をご馳走するから、報告が終わったらもう一度家に来てよ」

「あら、それはいいわね。レジナルド君のお母さんには私から言っておくわ」

「……そういう事でしたら。ありがたくご馳走になります」


 泣き終えたアデラが父親の腕の中から、泣いて腫れぼったくなってしまった顔を見せないようにしながら話せば、レジナルドは頷くほかない。好意を無下にするのも悪く感じるし、アデラの母親も賛成している。夕食一回のお礼ならちょうど良い落とし所だと考え、彼は提案を受け入れ頭を下げた。


「絶対来てよ。……待ってるから」

「わかった。アデラはゆっくり休めよ」

「……うん。またね」


 しおらしい彼女に背を向けてレジナルドが駆け出す。背中越しに彼女たち一家がやいのやいの言いながら家に入っていくのを感じ、彼は走る速度を上げる。


 決して広くない村という事もあり、早くも噂が広まったのだろう。村のおばさま方から向けられる眼差しが生暖かく感じるが、レジナルドは無視して自警団の詰め所に駆け込んだ。


 詰め所の中は整然としており、シンプルな造りをしている。自警団の仕事は村の出入り口での見張りと、村の中の治安維持で、詰め所には村の中を担当する当番と団長が待機しており、建物内に居る者たちの視線が集まった。


「お疲れ様です!」

「あ、レジナルドだ。今日は休みだろ。どうしたんだ?」


 レジナルドの挨拶に真っ先に反応したのが彼の推しであり原作主人公のカイトだ。金髪を短く切りそろえる彼は、ゲーム主人公に相応しい整った顔立ちをしている。


 カイトは突然現れた親友レジナルドを見て明らかに機嫌を良くし、彼を手招く。完全に心を許した推しの笑みに尊さを感じるレジナルドは、それを表に出すことなく歩み寄る。


「村の仲間が魔物に襲われた。偶然通りかかった俺が助けたからその報告だ」

「本当か!? 無事で良かった……親父、じゃなかった。団長、聴取をお願いします!」

「わかった。サリーナくん、聴取の最中に誰か来たら対応を頼む」

「はい、わかりました」


 カイトに呼ばれて立ち上がったのは、彼が歳をとったらこんな感じになるのだろうと思わせる男性で、カイトの父親であり自警団の団長を勤めるデリックだ。


 聴取に使う道具一式を彼が準備するあいだに、カイトも聴取用にテーブルや椅子を並べ直す。そのあいだレジナルドはもうひとりの推しのサリーナに話しかけた。


「サリーナさん、迷惑かけます」

「ううん、気にしないで。レジナルド君のお陰で人が助かったんだもん。これぐらい任せて」

「ありがとう。よろしくお願いします」

「はい♪」


 にっこりとサリーナの人柄が出る優しい笑みに、レジナルドは尊いと心の中で喝采する。


 原作メインヒロインのサリーナは、腰あたりまで伸ばした銀髪とその髪を一部結ったリボンがトレードマークで、聖女と呼ばれるに相応しい慈愛の心に満ちた女性である。


 可愛らしさ容姿は村一番と評され、バランスの良いスタイルと合わさりどこか神秘的な雰囲気を感じさせるが、中身は幼馴染カイトが大好きな優しい娘だ。実際に話してみて、レジナルドはますます彼女が推せる存在だと認識し直すほど良い子だと感じていた。


 原作ではカイトと同様にかかわりのない彼女だが、今のレジナルドは思い人の親友ポジションなため、会えば話をする幼馴染枠におさまったうえ、同じ自警団に勤める同僚という推し活ベストポジションにおさまっている。


 サリーナから見たレジナルドの認識もほとんど同じで、大好きなカイトの親友、幼馴染、同僚という印象だ。そこに自分に異性の魅力を感じていない稀有な人が付け加わり、総じて信頼できる友人という判定をしていた。


 原作が原作だけに、メインヒロインであるサリーナを狙う男は多い。ゲーム最序盤のこの村でさえ寝取られフラグは存在しており、彼女も口説かれた経験は数え切れないほどある。


 ゆえにレジナルドの視線や態度、なによりカイトと一緒にいる時に感じる温かな眼差しから彼が無害だとサリーナは判断したのだ。


 そうして話しているうちに聴取の準備が終わり、レジナルドはカイトとデリックの対面に座ると、あらかじめ考えていた通りに話す。


 原作の展開の話などできるはずもないので、ひとりで薬草摘みに行ったアデラが心配になって探しに行った先で小鬼たちと戦った、と。


「なるほど……そうなると、このままにはできん」


 虚実を告げたのは行動理由だけで、他に起こった事をありのままに話したため、聴取を終えたデリックはレジナルドの証言を信用に値すると判断した。


 となれば、次の問題ーー小鬼をどうするのか、が浮上する。


「森の中に巣ができたのかもしれないな」

「もしそうなら放っておくとあっという間に増える。巣が小さいうちに探して叩かないと!」


 一匹二匹なら群れからはぐれた野良小鬼の可能性もあるが、連携の取れた三匹一グループなら同じ巣からでてきた群れの可能性が高い。


 多くの魔物は同属同種で繁殖するのだが、小鬼は同属同種に加え異種族との交配し繁殖する力がある。そのため時に爆発的な早さで増加し、大集団で村を襲撃する危険性のある魔物なのだ。


 カイトの言う通り小鬼の巣が森の中にあるのなら早々に討つべきなのだが、デリックはすぐに頷かなかった。


「わかっているが落ち着けカイト。森の中に隠れている群れの規模によっては我々自警団の手に余る。下手に刺激して村が標的になったらどうするんだ」

「それは……」

「お前が強いのは知っている。だがお前だけじゃ村を守りきれない。俺は町の冒険者ギルドに小鬼退治を依頼し、自警団はそのあいだ村を守り続けるのがベストだと思うぞ」

「……はい」


 諭すように語るデリックの言葉にカイトは言い返す事ができず黙ってしまう。原作と同じ主張をのべる彼の言葉は至極真っ当であり、原作のカイトも同じように言い返す事ができなかった。


 故に彼はデリックに無断で村を飛び出し、レジナルドとアデラの仇討ちへ向かったのだ。追いかけてきたサリーナと彼女を心配して付いてきた自警団のひとりを合わせた三人で小鬼の巣に乗り込むのだが、仇討ちという強い理由のない今、カイトが巣への突入を強行する理由はない。


「団長、俺もカイトの意見に賛成です。もし巣の駆除が無理でも、巣の位置を探したり群れの規模を調べたりすべきだと思います」

「調査、か……」

「はい。冒険者ギルドに『森の中にある所在不明の小鬼の巣を駆除』する依頼を出すのと『森の中で発見した小鬼の巣の駆除』では依頼料が大きく変わります。村の経費も有限です。調査して小さな群れなら依頼を出すまでもないでしょう。今後のためにご一考願います」

「……確かに。レジナルドの意見も一理ある」


 有事の際に使う村の共同費用は決して多くない。万が一もっと凶悪な魔物が発生した時、討伐を依頼する費用が無いという状況を避けたいのは当たり前の心理である。


 では危険な森の調査に誰を行かせるのか。検討の余地が生まれたところで、原作で小鬼の巣が三人で滅ぼせる小規模なものと知るレジナルドは声を上げた。


「案を出したのは俺です。団長が許してくださるなら俺が行きます」

「レジナルドが行くなら俺も行くぜ! いいだろ? レジナルド」

「もちろん。というか最初からアテにしてた」

「へへっ、おう! 俺に任せとけ!」


 にかっと笑うカイトとレジナルドは軽く拳を突き合わせる。彼の性格を考えれば立候補するだろうと思っていたが、その通りになり安堵する。


 危険に巻き込むかたちになって悪いと思うが、原作の展開を考えると、カイトには是が非でも小鬼の巣になっている洞窟に来てもらわなくてはならない。


「カイトとレジナルド君が行くなら私も行きます。村の外での活動は三人一組から。そういう決まりでしたよね」

「相手は小鬼だ。サリーナは止めた方が良い」

「命の危険なら皆一緒でしょ。私が一番あなたたちとの連携が上手いんだから、少しでも成功率を上げるなら私が行くべきよ」

「そりゃそうだけどさ……」


 カイトの力になりたいサリーナと、サリーナを女の尊厳の危険から遠ざけたいカイトの、互いを思い合うがゆえの言い合いに、レジナルドは難しい顔で取り繕うも内心は『尊い! ありがとうございます!』という思いでいっぱいである。


 結局、優しいだけでなく芯の通ったサリーナに説き伏せられ、カイトは彼女の同行に同意する。彼らが言い合っているあいだにデリックも考えを改めており、自警団の若手の中でも特に優秀な三人一組ならば任せても良いと思い始めていた。


「話はまとまったな。安全を優先すると約束するのならレジナルドたちにこの件を任せる。どうだ?」

「俺たちに任せてください」

「ばっちり解決してみせるぜ!」


 レジナルドとカイトが力強い返事し、サリーナもはっきりと頷く。こうして原作通り、カイトたちは小鬼退治へと向かう事が決まったのだった。

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