報いを受ける者、与える者
一話更新
関所の北。二階の階段ホールで、意識を取り戻したアシホルは、身体を動かせないどころか口すらも動かせない状態であると気がつく。
ズキズキと痛む頭に悶えたくとも指先ひとつ動かせないまま彼は助けを待つが、一向に人が来る気配はない。
偶然だが、彼の視線の先には横たわる息子の付き人の兵士が倒れており、背中に『麻痺』と書かれた札が貼られているのが見えたため、動けない原因を察する事が出来た。
一人でも来てくれれば解決する、とわかっただけに、より助けが来ない時間が長く感じてしまう。
そして淡々と時間だけがすぎていけば、当然ながら尿意が来る。尊厳を守るために必死に我慢するのだが、いつまでも我慢できるものではない。
その結果どうなったのか? わざわざ語るまでもないだろう。
(くそっ、くそっ! よくもこのワシに暴行を! その挙げ句、このような辱めを!)
自分だけでなく他の面々のモノも合わせた異臭のただようホールで、アシホルはひたすらに怒りを溜める。
何故ひと一人来ないのかという点に疑問を抱くことなく、ただただ怒る事しかしないところが無能なのだと気付くことがないまま、朝を迎える。
(おかしい……なぜ誰も来ないのだ……)
ここまで誰も来ないと流石のアシホルもおかしいと思い始めるが、原因が全くわからずにいた。
普段の傲慢な立ち居振る舞いにより、助けに行ったとしても関所を守りきれず狼藉者に好き放題された責任を問われかねない。
一般の兵士だけでなく幹部クラスの者すらそのように推測し、やられたフリをして第一発見にならないようにしているのが原因だった。
そんな兵士たちの推測は正しかった。階段を登ってくる複数人の足音を聞いたアシホルは、八つ当たりを込めて責任を取らせてやると考えたのだから。
二階階段前のホールに男たちが立つと、先頭に立つ男が匂いの酷さに顔をしかめる。
「ひどい有様だ。おい」
「はっ」
そのやり取りが何を意味するのか理解出来なかったアシホルは、身をもって理解させられることとなる。
指示を受けた男は水属性の魔法をもちい、大量の水を生み出すとホールを一気に洗い流す。そうすれば当然汚水となるうえ、倒れているアシホルたちの顔面を直撃し、彼らにより屈辱的な思いをさせる。
操られた汚水は同時に『麻痺』の札も剥がし、ひとまとめたなった窓から外に放出される。屋外から兵士たちの叫び声が聞こえたが、この場にそれを気にする者はいない。
「貴様! よくもこのワシを汚物まみれに……!?」
勢いよく立ち上がったアシホルが振り向いた先にいる一団は、関所の者ではなかった。
先頭に立つ男は王家の家紋を刻んだ鎧を着る美男子で、貴族の一員であるアシホルは、彼が第三王子であるとわかる。
その後ろに控える騎士と魔法使いの胸に輝く徽章は王家に仕える近衛部隊を示すものであり、どうしてこの場に来ているのかわからず、アシホルは閉口する他ない。
「マッケス卿。よくも殿下にそのような口を!」
「は、ははぁ!! 大変申し訳ありません! この通り謝罪させていただきますっ!」
憤る騎士の前でアシホルはなりふり構わず平服する。しかし彼を見下ろす一同の視線はとても冷たいままだ。
「謝罪で済むと思っているのか?」
「かまわん。咎人の謝罪など不要だ」
「とが、びと……?」
散々平民を虐げていたにもかかわらず、心底理解しかねるといった表情をするアシホルの前で、第三王子は懐からスクロールを取り出すと、紐をほどく。
「マッケス卿。貴様を王の名の下に拘束する。そのため関所の責任は一時的に私が預かることとなる。貴様の罪、全て洗い出し償わせてやる。……寝ている貴様たちもだ!!」
王直筆の命令書を提示されれば、アシホルはがっくりと項垂れる。昨晩から散々な目にあい続けている彼に反抗しようとする気力は残っていなかった。
第三王子の声が響くと、階下から続々と兵士が上ってくる。その兵士たちはまともが故にアシホルたちから冷遇を受けていた者たちで、彼らは喜んで第三王子の命令に従い、アシホル一派を捕縛する。
アシホル様の命令で〜、と言い訳する汚物まみれの面々を、彼らは顔をしかめながらも地下牢へと連行していった。
先立って無実の罪で捕らわれていた者たちは保護されており、地下牢に閉じこめられるのが相応しい者たちだけで、地下牢内は埋まることとなる。
「しかし殿下、よろしいのですか? ここを襲撃した者たちに追手を向けなくて」
命令を下し終え、趣味の悪い置物で満ちた責任者の執務室から要らぬ物を倉庫に押し込み、ようやく一息ついたところで、騎士が第三王子に問いかける。
「まさか妻を奪還し、関所から逃げ出しているとは思いませんでしたね。てっきり捕らわれているのだろうと思っていましたが」
「そうだな。まさかたった数人でここまでできるとは、正直私も思っていなかったのは確かだ」
魔法使いの言葉に第三王子が苦笑いをする。
元々別の用件で国境近くに赴いていた彼らは、王都から関所の監査に行くよう急に届いた命令書に従い、レジナルドたちの泊まる予定だった村の村長宅を訪れていた。
そんな中、宿屋の女将が家に転がり込んできたのである。大慌ての彼女が口にしたのは驚くべき事で、宿の客が関所の兵士に連れて行かれてしまった、と。その夫と友人が取り戻しに向かったと、涙ながらに話したのだ。
既に日は沈みかけており、夜道の移動が危険だと考えた第三王子一行は、朝一番で関所を訪れた。
彼らの予想では地下牢に捕らわれた気骨ある若者たちを解放し、責任者を更迭するつもりでいたが、実際はこのとおりである。
「元はと言えばマッケス卿が妻を攫ったのが原因だ。罪は罪であるが、わざわざ探し出して罰する必要はないだろう。そもそもマッケス卿を責任者に任命した此方に問題があったのだからな」
任命した大臣の首が飛ぶだろうなぁ、と考えつつ第三王子は笑みを浮かべる。
「殿下……なんと慈悲深い……!」
騎士が感激する一方、魔法使いは淡々と事後処理について言及する。
「では私の方で関所の者から襲撃者の特徴を聞き出し、適当な人相書きと手配書をしておきます。表向きはきちんとしておかねば、後々痛くもない腹を探られる可能性がありますので」
「すまんが頼んだ。さっさと後始末をつけて王都に戻ろう。長らく王都を開けた詫びをしに愛しの婚約者殿の元へ行きたいのでな」
((追手を向けない理由はそれなのでは?))
余計な仕事をしたくない、という王子の本音を聞いた気がしたが、側近たちは口を閉じる事を選ぶ。
後に公布された手配書は、関所を襲ったにもかかわらず、レジナルドたちに似ても似つかぬものであった。
汚物は厳罰だぁ〜!




