後天的剣乙女
一話更新
ボロボロの身体で立ち上がり、素人目にも使い物にならない槍を手にし、なお立ち向かう愛する男の背中に守られるしかないアデラは、自分の無力さが悔しくて仕方がなく、せめてもと思い涙を堪える。
レジナルドのように自警団に入り、戦う手段を習得していれば助けに入れたのに。
カイトやサリーナのように属性魔法に適正があれば、彼の助けになる魔法を学べたのに。
シルトのように剣乙女であったのなら、彼と共に戦えたのに。
なんて無力なのかと思わずにはいられない。
「うう〜、はやく、捕らよ! ワシにこんな狼藉を働いたのだ! はやくせい!」
「はっ! 貴様、よくもやってくれたなぁ!」
「ち、回復が早い……っ!」
のたうち回るアシホルと違い、剣乙女の契約者である兵士長は視力の回復が速く、もうレジナルドの姿をぼんやりとだが見えるようになっていた。
怒りのままに兵士長が赤い剣で斬りかかれば、レジナルドは回避一辺倒にならざるをえない。〈身体能力上昇〉と〈身体操作〉を駆使し、兵士長より俊敏に動くことでなんとか凌ぐ。
しかしそれがいつまでも保つはずもない。激しい動きは体力と魔力を加速度的に消耗していき、レジナルドが動くたびに大量の汗が飛び散っていた。
(アイツを人質にすれば……っ!!)
アシホルの元にたどり着くには、レジナルドと兵士長の傍を通過しなくてはならない。危険だが逃げるためならやる価値はあると思い、一歩を踏み出そうとした時、凄まじい威圧を感じ足を止めた。
それが兵士長の殺気だと気づくのは容易く、アデラの姿が見えていないレジナルドも彼女の動きを察し、大声を上げる。
「アデラ下がって! 大丈夫だから!」
「そんなに女が大切か? ほら、隙が出来たぞ!」
潰れた穂先が半ばから切断され、レジナルドの顔が苦痛にゆがむ。かえって足を引っ張る結果に、アデラは震えながら二歩下がった。
しかし彼女の目はまだ死んでいない。
(怯えるだけなんて駄目! 前にでないで出来ること……! 壊れかけた槍の代わりは)
倒した兵士たちの槍を探すも、落ちているのは兵士長の後方。他に槍の代わりになりそうな物はなく、それでも諦めきれずまわりを見渡すアデラの視界に、幾度も兵士長の剣が映る。
(どうして私は剣乙女じゃないの……? 同じ条件ならレジナルドは絶対に負けないのに。私は、こんなにも彼の力になりたいのに! どうして!!)
何故自分は一度命を救い、もう一度助けに来てくれた男の力になれないのかと、魂が慟哭を上げる。
悔しくて、悲しくて、辛くて、情けなくて、愛しているのに、何もできなくて、無力感に苛まれて、涙がこぼれ落ちて、神に祈って、意味はなくて、それでも祈るしかなくて、力になりたくて、何を捧げても構わないとすら想う。
その想いが、血の涙を流す魂が、本来目覚めるはずのない力を呼び起こす。
「っぅ……あ、え……?」
右手に刺すような痛みと熱を感じたアデラは、反射的に手の甲を見る。そこには渇望して止まなかった剣乙女の紋章が新たに浮かび上がっており、思わず彼女は呆然としてしまう。
非常に稀なケースあり、原作でも語られていないが、後天的に剣乙女の力が覚醒する場合がある。アデラの母親は人間だが、高祖母が剣乙女であり、アデラにも剣乙女の遺伝子が流れている。
血筋、剣乙女になりたいという強い願望、誰かを大切に想う気持ち。それが後天的に剣乙女へと覚醒する条件なのだが、この世を生きる人間でそれを知る者はいない。
そして、アデラの脳内に契約をはじめとした剣乙女の種族本能が芽生え、どうすれば良いのか魂で理解できてしまう。それと同時にどこからともなく。
『これからは剣乙女として生きなさい』
という声をアデラは聞く。
それが誰の言葉なのか、そもそも幻聴なのかすらもわからない。それでも望んだ力を得た彼女は、心からの感謝を捧げると共に、右手の高らかに上げ、声高らかに叫んだ。
「レジナルド!!」
横目でアデラの姿を捉えたレジナルドは、手の甲で輝く紋章に気付きく。何故彼女に? という思いよりも、不思議と彼女の手を取らねばという思いに駆られる。
「馬鹿なっ! 剣乙女!? そんな報告は上がっていない!」
アデラに剣乙女の紋章が無い事は、眠っているうちにメイドが複数人で調べている。もし彼女が剣乙女であれば、アシホルは味見だけでなく手放さないよう地下牢で調教する段取りをしていた。
アデラがただの人間だと思ったから、彼女をアシホルの寝所でのんびり眠らせていたのだ。
「『契約』は許さ、ぬぉっ!?」
レジナルドが半壊した槍を兵士長の顔面へと投げれば、彼は弾くために足を止めてしまう。その隙にレジナルドはアデラの隣へとひとっ飛びで移動する。
アデラの前に立つレジナルドはズタボロだった。
両手のひらの酷い火傷。雷に打たれた胴にいたっては焦げてくらいる。凹んだ軽鎧は蹴りの強さを物語っており、汗だくの顔からと荒い呼吸からは、とてつもない疲弊を感じ取れる。正に満身創痍という言葉が相応しい。
それでもアデラは彼を世界で一番格好良いと感じ、胸を高鳴らせる。ドキドキすればするほど、剣乙女の本能が高ぶるのを感じていた。
言葉をかける時間はない。兵士長が足を止めたのは一瞬で、すぐそこまで迫っている。もっともそんな状況でなくとも、この一言以外は無粋だろう。
「「『契約』」」
輝きと共にアデラの姿がかき消える。代わりに現れたのは、レジナルドの手に最も馴染む柄の太さで、彼の黒髪と同じ黒い槍。
穂先にはアデラの長く赤い髪を連想させるような赤く細いラインが幾重にも入り、柄には燃え盛る炎のような線が走っていた。
『これが剣乙女の契約……』
『凄い。レジナルドと繋がっているのがわかる……』
湧き上がる全能感以上に、目に見えない繋がりを感じる一体感が二人を包み込む。それは同時に、レジナルドが魔力で無理くり動いているという現状を、怪我の度合いを含めてアデラが把握するということでもある。
『無茶ばっかりして……ばか……』
『男は皆、好いた女の前じゃいい格好がしたいんだよ。……さっさと片付けてカイトたちのところに戻ろう』
『ええ!』
心ひとつにし、レジナルドは剣乙女アデラを手に兵士長を迎え撃つ。




