本当は死んでいたはずの俺と彼女
レジナルドが『寝取られ勇者の冒険』というゲームと同じ世界に転生したと気づいたのは、幼少期にアデラと会った時の事である。
農家の息子に生まれた彼は、母親同士が友人であり歳が近いという理由で引き合わされた。生まれた時から転生前の記憶があったレジナルドは、母からすると非常に聞き分けの良い子だと思う一方、子供らしくないとも感じており、アデラに合わせれば良い刺激になるのでは? という目論見があった。
その結果、幼いアデラの顔を見てレジナルドは、自分が『寝取られ勇者の冒険』の世界で、アデラと共にゲーム最序盤で犠牲になる『レジナルド』ではないかという可能性に気がついたのだ。
調べてみれば未来の勇者カイトと未来の聖女サリーナも同じ村で生活しており、彼は確証に至ると共に感動に打ち震えた。
(嘘だろ……。推しカップルが、目の前に……!)
勇者カイトと聖女サリーナのカップルは、前世のレジナルドが最推しにしていたカップリングなのである。NTRというジャンルに欠片も興味のない彼が、とあるきっかけで存在を知り、ハマり、ゲームをプレイしふたりが結ばれるトゥルーエンドに到達するほどに。
何度サリーナが寝取られようともロードし、フラグをへし折ってはまた寝取られ、ロードしフラグをへし折るという苦行を思い返してレジナルドは気づく。
目の前のふたりは無事結ばれるのだろうか? と。数々の初見殺しNTRを含めた困難を、ふたりで乗り越えていけるのだろうか? と。
そして思ったのだ。
(守護らねば……! 推しを!)
その為にはレジナルドの運命に抗わなくてはならない。
原作のレジナルドはゲームの導入で、大好きな幼馴染を小鬼たちから守れず、目の前で乱暴されるのを見つめながら息絶えるという被害者第一号である。
本来のレジナルドは、顔合わせでアデラに恋心を抱くも、大人しい性格から告白はできず、家業の農業をしながらアデラの薬草摘みに毎回荷物持ちとして同行する。そして小鬼に遭遇するのだ。
男といえ荷物持ちの農民が複数の小鬼に囲まれればどうしようもない。レジナルドは自分が犠牲になってもアデラを逃がそうとするが、小鬼たちの悪知恵に敵わず彼女は捕まり、そしてーー。
『いやっ! いやああぁぁ!!』
『ごめ、ん……ね……ア、デ……ラ…………』
美麗かつ凄惨な一枚絵が画面に表示され、レジナルドの言葉が終わると共に暗転する。そしてこの件がきっかけで物語が動き出すのだ。
(現状、守護る以前の問題だな。まずは自分の運命に抗わなければ)
その日からレジナルドは来る日に向け、原作設定完全無視で準備を始めた。
まず、レジナルドが真っ先に行ったのは、カイトとサリーナと友人関係になる事だ。原作のレジナルドは大人しい性格のせいか内向的で人見知りをし、ふたりとの関係は同じ村で暮らす顔見知り程度でしかない。
幸いな事にレジナルドとカイト、アデラとサリーナは同い年。レジナルドから積極的にふたりに声をかければ、自然と仲良くなることができた。
推したちは幼馴染で幼少期から仲が良い。原作にない尊さを感じ、ときおり尊死しそうだったが、ふたりの邪魔にならないよう程よい距離感を維持し、交流を深める。
その流れでレジナルドはカイトと一緒に村の自警団員に弟子入りをし、戦い方を学ぶことにした。共に汗を流せば絆は深まるうえ、いずれ小鬼と対峙した時にアデラを守れると一挙両得の選択だからだ。
そして生家の農業の手伝いも忘れずにする。畑仕事も修行と思えば辛くない。自警団と実家の往復で忙しく、アデラとの関係は希薄になってしまうが、そこは仕方がないと割り切る他なかった。
彼女の両親は常識的な人たちなので、幼いアデラをひとりで薬草摘みに向かわせる事をせず、しばらくのあいだは安全だろうと考えての選択だ。
レジナルドの母は子供同士の交流が少ないと気にしており、たびたび『アデラちゃんと仲良くして欲しい』と言ってくるが、それも彼が『将来のために今は身体を鍛えたい』と言うと、息子の大きな変化はアデラと会ってからだと気づき。
『将来の(好きな子を守る)ために今は身体を鍛えたい』のだと納得した。口煩くなくなった理由が、あながち間違っていない事を知らないままレジナルドは、好都合とばかりに修練を重ねる。
幸いなことにレジナルドの身体は素質があったようで、カイトと共に修練に励むと、レジナルドはメキメキと腕を上げた。特に槍の才能に秀でているようで、その扱いはカイトよりも優れるほどだ。
剣を持った主人公には敵わないが、村ではカイトに次ぐ若手二番手と呼ばれるほどレジナルドは力を付けていく。
そして彼はカイトの親友というポジションにつき、共に自警団で働くようになった。いざという時のために鍛錬を欠かさず、友と切磋琢磨しながら物語プロローグの起こる時期を待つ日々を送り、今日に至る。
(本当にギリギリだった。母さんからアデラの母が腰を痛めたって聞くのがあと少し遅かったら手遅れになるところだった……)
ゲーム開始直後のイベントという事もあり、ゲーム内時間でどの季節で起こるのか不明なのが大きな不安要素だった。
美しく成長するアデラの姿が、原作スチルそっくりになってきたのでレジナルドは警戒していた。彼女の両親は娘をひとりで薬草摘みに行かせるような性分でないと感じており、事実原作でもレジナルドが同行している。
レジナルドが傍にいなければ代わりの男手が必要になり、そもそも薬草摘みに彼女は行かなくなるのではという期待をしていたが、現実はより危うい方へ傾いた。店で手が離せない父親と、腰を痛めて動かない母親に代わり、ひとりで薬草摘みに向かうという風に。
レジナルドが慌ててアデラの家へ行き、姿が見えないと判明してから彼は必死に走り、なんとか救助することに成功したというのが、一連の流れである。
「アデラ、村についたぞ。そろそろ下りるか?」
「……や。このまま運んで」
「俺はいいが……。恋人に誤解されても責任は取れないからな」
「恋人なんていないわよ! バカっ!」
「あ、そうなのか? なら安心だな」
レジナルドはアデラが村の男衆にモテている事を知っていた。サリーナがずっとカイトにべったりなだけに、特定の異性と一緒にいない彼女の方がチャンスがあると思われており、村を歩いている時に彼は何度もそういったシーンに遭遇している。
ゆえに彼はアデラには恋人が居ると思い込んでいた。レジナルドの驚き方は軽く、恋人がいないとわかっても安心して笑うだけだ。
(私はこんなにドキドキしてるのに、こいつは〜!!)
欠片も意識されていないのがアデラは気に入らない。村の中ですれ違う村人の方が、お姫様抱っこで運ばれ真っ赤になっている彼女の反応を気にしているぐらいだ。
安全な村に入り気が大きくなった彼女は、レジナルドの首に両腕をまわし密着度を高め、豊かな実りを胸板に押し付ける。胸の高鳴りが伝わってしまうのではないかと思うほど思いっきり押し当てるのだが、肝心の柔らかさが皮鎧に阻まれ彼に伝わっていない。
ゆえに、鼻腔をアデラの香りがくすぐるような距離に近づいてもレジナルドはケロッとしていた。それどころか頭が近づいたのをいいことに。
「もう少しで家につくからな」
「〜〜っ♡」
と、アデラに気を遣って耳元で囁く余裕すらあった。意識させるどころかより、自分がドキドキするハメになる自爆っぷりを披露するだけとなった彼女は家につくまで大人しくなり。
「アデラっ!」
「アデラ!! このおバカ!!」
「お父さん、お母さん……ごめんなさい〜」
家に着くと涙を流す両親に思いっきり叱られながらも力いっぱい抱きしめられ、アデラは大泣きする。その光景を目にしたレジナルドは、これまでの努力が報われた気がして、大いに安堵するのだった。